勝ったのに
――カンタヴィア 聖堂 バルドの葬送
葬送は、聖堂で行われた。
参列は、驚くほど多かった。王宮の書記たち。大書庫の司書たち。スクリヴァーナから駆けつけた代書人の一団。灰の図書館の分館からは、あの受付の女性が、灰色の正装で立っていた。図書館は動かない。だが、居候の葬式に立つのは、掟に触れないらしかった。
棺には、羽根ペンが一本、納められた。あの机の、真新しく削られたままのペンだった。誰の発案かは聞きそびれたが、分館の受付の女性が棺の前で長く立っていたので、悠仁は多分そうなのだろうと思っている。
そして、聖堂の外に——暁の巡礼団が、いた。
輪になって、声のない祈りを捧げていた。リロの手が、ゆっくりと、言葉をこぼしていく。20人の手が、それに和していく。弔われるべき人が弔われる日のために大陸中を歩いてきた人たちの手が、今日は一人の書記官のために動いていた。
「……なぁ、フルール。あの祈り、なんて言ってるか、分かるか。」
「……はい。今日は、少しだけ。」
フルールは、目を細めて、リロの手を読んだ。
「『よく、はこびました』……って。」
「運んだ?」
「多分……『言葉を』、だと思います。」
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葬送の帰り道、悠仁は一人で、聖堂の裏手の坂に座っていた。
眼下に、白い都。あの夜から、都は少しずつ変わり始めている。第7条撤廃の布告はまだ先だが、この国の耳のよさは、布告を待たない。市場の木札に、小さな音符の落書きが増えた。子どもの石蹴りに、掛け声が戻りつつあった。
坂の石は、昼の熱を残していた。悠仁は葬送の間からずっと、胸の中で何かを数えようとして、数え損ね続けていた。得たものを数えれば失ったものが顔を出し、失ったものを数えれば、それを数える資格が自分にあるのかと問う声がする。
勝った、のだと思う。
署名は取れた。歌は最後まで聞かれた。31人は改葬される。ティノは村にいる。法は一本、変わる。敵は一人も殺していないし、味方は一人も欠けて——
——欠けて、いないか?
「……悠仁さん。」
アリスが、隣に座った。何も聞かずに、ただ、隣に。
「……なぁ、アリス。俺たちは、勝ったんだよな。」
「はい。」
「署名も取れた。村も救った。法も変わる。文句のつけようがない。……なのに、なんでかな。」
悠仁は、膝の上で、自分の両手を見た。
「バルドさんは、もういない。リリカさんも、もういない。……あの二人がいたから全部が動いたのに、全部が動き終わった世界に、あの二人だけが、いないんだ。」
「……。」
「勝ったのに——勝ってない。」
初めて口にする種類の言葉だった。レッドキャップの夜とも、ワイバーンの朝とも違う。誰の失策でもなく、誰の裏切りでもなく、ただ、正しく戦って、正しく終わって、それでも手の中に残る、この、欠けた感じ。
「……悠仁さん。私、思うんですけど。」
アリスは、都を見下ろしたまま、ゆっくりと言葉を選んだ。
「勝った、って全部残ることじゃなくて……『何を残すか、選べた』ってことじゃないでしょうか。」
「選べた……。」
「バルドさんは、31人の名前を残して、ご自分は行かれました。リリカさんは、歌を私たちに残して、終わられました。……お二人とも、残すものを、ご自分で選べたんです。20年間、それすら許されなかったのに。最後は、選べた。……それは、私たちが勝ち取ったものの、一部だと思います。」
「……。」
「だから、その……『勝ったのに勝ってない』って気持ちは。」
アリスは、そこで初めて悠仁の顔を見て、少し泣きそうに、笑った。
「多分、ずっと、持っててください。それを忘れた時のほうが、私、怖いです。」
坂の下から、夕暮れの風が上がってきた。
風の中に、歌はもう、なかった。その代わり、市場の雑踏の、囁きよりほんの少しだけ大きな人の声が、都の底から薄く、確かに、立ち上り始めていた。




