枢密院
――カンタヴィア 王宮 枢密院議場 三日後
議場は、紛糾していた。この国の流儀で——つまり、囁きで。
「……20年前の件の『改葬』など、前例がありません。」
「第7条の撤廃は時期尚早。国論が割れます。」
「そもそも当時の記録が存在しない。存在しない事件を、どう慰霊するのです。」
枢密院の重臣たちは、誰も声を荒らげなかった。荒らげないまま、完璧な理屈を、次々と積み上げていった。記録がない。前例がない。証拠がない。だから、なかったことにするのが、最も穏当である——20年前と、寸分違わぬ理屈の積み方だった。
傍聴席の悠仁達に、口を挟む権利はない。外国人の冒険者は、この議場では置物であることが入場の条件だった。ただ、置物の位置からはよく見えた。理屈を積み上げる重臣たちの半分が、積みながら、目だけは誰とも合わせずにいることが。
「記録なら、ある。」
王が、静かに言った。
「本日は、証人を呼んである。……入られよ。」
議場の扉が開いた。
老人が一人、杖を突いて、入ってきた。古びた、しかし丁寧に手入れされた書記官の正装。裾は擦り切れ、袖は時代遅れで、それでも老人は20年前と同じ結び方で襟紐を結んでいた。
「……元・王宮書記官、バルドにございます。」
重臣の何人かが、幽霊を見る顔をした。名前を覚えている者が、まだいるのだ。
「陛下より、証言の許しを賜りました。……ですが議場の皆様。わしの証言には、一つだけ、作法の問題がございます。」
老人は、悪童の目で、議場を見回した。
「——書面が、ございません。」
「書面のない証言など……。」
「えぇ、えぇ。この国では、紙にないものは、ないのと同じ。ようく、存じております。20年前、わしの書いた紙が灰になった朝から、骨身に沁みて存じております。」
バルドは杖をこつんと床に突いた。
「じゃによって本日は、紙のかわりに、この老いぼれの頭を、議場に提出いたす。……検分は、ご自由に。」
そして、暗唱が、始まった。
「——治世元年、霜の月、第九夜。王宮詩人棟より、以下の31名、西の谷へ移送。以後、消息を絶つ。筆頭、宮廷楽師長メリッサ。竪琴。俸給、金貨にて年40。家族、母一人……。」
日付。名前。役職。俸給。家族。移送を執行した部隊の所属。指揮官の名。命令書の発行元。焼却された物品の目録と、その帳尻の合わない灰の量。
数字と固有名詞の、20年分の奔流だった。
一切の感情を挟まず、一切の解釈を加えず、書記官の文体そのままに、老人は「書けなかった公文書」を頭の中から一枚ずつ、取り出しては読み上げていった。議場は、水を打ったようになった。反対していた重臣たちの顔から、順に、血の気が引いていく。記録がない、と言った口の前で、記録そのものが生きて立って喋っている。
悠仁は暗唱の間、バルドの姿勢だけを見ていた。老人は一度も杖に体重を預けなかった。書記官の正装は20年前の型で、痩せた体には少し大きく、それでも背筋だけは、若い頃の寸法のままだった。
暗唱は、一刻に及んだ。
「——以上。治世元年より本年に至る、関連記録、全部。……ご静聴、痛み入る。」
バルドは、深々と一礼した。
顔を上げた老人の目がちらりと傍聴席の悠仁達を探し——見つけて、いたずらっぽく細くなった。
やりきったわい、と。その目は、言っていた。




