↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
387/394

届く婉曲の夜

――カンタヴィア 代筆屋の店 謁見前夜


王への謁見の前夜、悠仁は、あの代筆屋を、再訪した。


謁見での口上を、見てもらうためである。ハーダリアの署名の件。ジュネプロ村の件。伝えるべきことは多く、そして相手は、この国の王だった。


店は、閉め支度の刻限だった。それでも老人は何も言わずに灯りを一つ増やし、机の上を客のために空けた。祭壇の折れた羽根ペンに灯が入って、影が伸びた。前に来た時と同じ場所に、同じ角度で、それはあった。


老代筆屋は悠仁の書いた口上の下書きを一読して——黙って、赤インクの筆を取った。


「……全部、書き直しですか。」


「いいえ。九割は、そのままです。」


老人は、二箇所だけ、直した。


一箇所目。『31人の詩人が殺されました』→『31人の詩人が、まだ、正式に弔われていません』。


「事実は同じです。ですがね、お若いの。前者は、王を責める文です。後者は、王にできることを示す文です。責められた人間は、守りを固める。できることを示された人間は……動ける。」


二箇所目。『真実を公表すべきです』→『真実を、陛下がどう扱われるか、私どもは口を挟みません。ただ、真実そのものは、お渡しします』。


「……こっちは、弱くなりすぎませんか。」


「逆です。これが、いちばん強い。」


老人は、赤筆を置いて、言った。


「決定権を、相手に全部渡す。これはね、相手を信じている、という宣言なんです。……人はね、信じられると、信じられた通りの人間に、少しだけ、なろうとする。王様でもね。……言葉で人を動かす技の、いちばん奥の手は、動かそうとしないことです。」


「……あんた、何者なんですか、ほんとに。」


「ただの、字ぃ書き屋ですよ。」


老人は、直した口上を、丁寧に畳んで、渡した。


「……ただね、この国で五十年、字ぃ書き屋をやるとね。言葉の通れる道と、通れない道が、地図みたいに、見えてくるんです。あなたの言葉は、いい言葉だ。いい言葉こそ、いい道を、通してやらないと。」


代金は、銅貨40枚。悠仁は、銀貨を置いて、釣りを断ろうとして——断れなかった。老人が、几帳面に、銅貨60枚の釣りを、数えて返したからである。


「言葉の値段を、まけたり吹っかけたりしないのも、この商売の掟でしてね。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。