早馬の追い越した道
――ジュネプロ=カンタヴィア街道 帰路
村の炊き出しの湯気に見送られて、一行は山を下りた。
行きと同じ道である。同じ九十九折、同じ杜松の茂み、同じ岩燕。ただ、歩く六人の中身だけが、行きとは別人のようだった。誰もあまり喋らなかった。疲れではない。大きなことの後の、あの、言葉が追いつくのを待つ沈黙だった。
カインだけが時々、思い出したように杜松の実を噛んだ。
「……お前、まだ持ってたのか。」
「炭焼きの婆さんの袋、まだ半分ある。……なんかよ、これ噛んでると、落ち着くんだよな。」
「山の人の知恵ですから。」
アリスが微笑んだ。行きにこの道で教わった小さな習慣が、帰り道にはもう、一行のものになっている。旅とはそういうものの積み重ねなのかもしれなかった。
その夜は、街道沿いの宿場に泊まった。
声の小さい国の宿は、労り方も静かである。何も聞かず、何も言わず、ただ夕食の後に、女将が温めた葡萄湯を六つ、黙って卓に置いていった。湯気の向こうで目が「お疲れさま」と言っていた。それだけのことが、妙に染みた。
葡萄湯は甘く、底に香辛料が一粒沈んでいた。六つの椀の減りは、それぞれの速さだった。フルールは一息に、ステラは頁をめくる間隔で、悠仁は最後まで手の中で冷まさなかった。誰も今夜は谷の話をせず、それでいて全員が、同じ数日のことを考えているのが分かった。
異変は、翌朝に来た。
出立の支度をしていると、街道の向こうから蹄の音が近づいてきた。一頭。速い。宿場の前で急停止したその馬の鞍には、見覚えのある紋があった。
「……あの紋。」
アリスが目を細めた。
「スクリヴァーナからの帰りに、私たちを追い越していった早馬と、同じ紋です。」
使者は宿の女将に二言三言、それから真っ直ぐに一行のところへ来た。若い男で、埃と汗で灰色になっていたが、目だけは職務の色をしていた。そして——両手には、何も持っていなかった。
「――パーチの隊の、皆様とお見受けします。王宮よりの、先触れにございます。」
使者は書面を出さなかった。空の両手を体の脇に付けたまま一礼し、抑えた声で、口上だけを述べた。
「玉座の間にて、沙汰あり。速やかに登城されたし。……仔細は、王都にて。以上にございます。」
「……沙汰、ですって。」
「褒美とは、言わなかったな。」
「罪状とも、言っていないわ。」
「どちらとも取れるように告げるのが、この国の作法よ。」
ステラが冷静に言い、それから使者に顔を向けた。
「一つだけ。……書面は、ないの。」
「仰せの通り、口上のみにございます。」
使者はそれだけ言うと、疲れも見せずに一礼し、次の宿場へと馬を進めていった。任務は伝えるまで、である。書面の国は、届ける足まで律儀にできていた。
「……書面の国が、書面を寄越さなかった。」
悠仁は呟いた。紙に書けば記録に残る。記録に残さずに呼ぶということが、この国で何を意味するのか——それはまだ、分からない。ただ、懐に何も入っていないのに、名簿を運んだ時と似た重さが胸に残った。重さは、目方では決まらない。この国で学んだことの、多分いちばん実用的なやつだった。
「行くしか、ないんでしょうね。」
「あぁ。……ま、なんだ。」
悠仁は歩き出しながら、努めて軽く言った。
「歌を取り戻した国の王様が、どんな顔で座ってるのか。……見てみたい気は、してたんだ。」
カンタヴィアの尖塔が見えてきたのは、その日の夕暮れである。街は行きと同じ姿で建っていた。ただ、市場の雑踏のどこかで、誰かが小さく、鼻歌を歌っていた。行きには、なかった音だった。




