第三幕②
――ジュネプロ村 古木の斜面
それは、告発の歌では、なかった。
悠仁は、身構えていた。王位継承の闇。第一王子の死の真相。読まれなかった遺言。歌われるのは、そういう「事実」の歌だと思っていた。検閲局が20年恐れ続けたのだから、よほどの爆弾なのだと。
違った。
『——ゆりかごのうた を おぼえているか』
『——おさない王子は ふたりならんで』
『——おなじ乳母の ひざのうえ』
それは、二人の王子の歌だった。
病弱な兄と、健やかな弟。同じ乳母に育てられ、同じ庭で育った二人。兄は歌が上手く、弟は駆けっこが速かった。兄が寝込むたび、弟は庭の花を折って窓に届けた。兄は弟のために、眠りの歌を作った。『おまえがねむれない夜は わたしのうたを思い出せ』——と。
歌は、続く。
長じて、玉座が二人の間に置かれた。周りに人が増えた。兄の派、弟の派。囁く者、焚きつける者、両方の耳に別々のことを注ぐ者。兄と弟が直接言葉を交わす機会は、年々、細っていった。
そして、兄は病で死んだ。
——ほんとうに、病で。
『……そう。病だったの。』
歌の合間に、リリカは静かに言った。
『わたしたち宮廷詩人は、しっていたの。ずっとおそばにいたから。お兄さまのご病気が、もう長くなかったこと。お兄さまがさいごの冬、弟ぎみのために、遺言の歌をつくっておられたこと。……「玉座はおまえに。わたしのぶんまで、よい王であれ」って。』
『でも、その歌が読まれるまえに、お兄さまは亡くなって。まわりの人間たちが、うごいたの。「第一王子は毒を盛られた」「弟ぎみの派閥のしわざだ」って。……うその影で、あたらしい王さまを縛るために。影のある王は、あやつりやすいから。』
『わたしたちは、それがゆるせなかった。だから、うたおうとしたの。ほんとうのことを。お兄さまの遺言の歌を。ふたりの王子の、ほんとうの物語を。——あたらしい王さまの、潔白を。』
悠仁は、全身から力が抜けていくのを感じた。
「……じゃあ、あんたたちは。」
『えぇ。』
『わたしたちは——王さまを、守ろうとして、うたったのよ。』
隣でステラが小さく息を呑み、アリスの杖の光が一拍だけ揺れた。誰もが同じ計算をしていた。20年の静寂と、31の墓と、音撃筒6門と——それらの根っこに置かれていたものの、あまりの軽さを。
そして、怯えた側近たちは、その歌を「継承の闇を暴く歌」だと思い込んだ。歌の中身を確かめもせずに。歌とは検閲できないもの、歌とは燃え広がるもの、歌とは怖いもの——だから、歌い手ごと、消した。
即位したばかりの若い王は、何も知らされなかった。ただ「不穏な動きがあり、処理した」とだけ聞かされた。王が詳細を問うた時には、詩人棟は空で、名簿は灰で、誰も何も語らなかった。
この国の静けさは、そこから始まった。
歌はそのくだりを、責める調子では歌わなかった。事実の順に、静かに並べただけだった。並べられた事実は、どんな糾弾よりも重かった。
「……なんだよ、それ。」
カインが、呻いた。
「じゃあ何か。31人は、王様の無実を歌おうとして……無実の歌だと知られないまま、消されたってのか。それで国は、存在しない『継承の闇』を隠すために、20年、歌を禁じ続けてきたってのか。守るものなんか、最初から、何もなかったのに……。」
『そうよ。』
リリカの声は、恐ろしいほど、凪いでいた。
『ばかみたいでしょう。……ええ、ばかみたいなの。悲劇っていうのはね、旅のひとたち。だいたい、ばかみたいなのよ。』
ドンナルーチェは、両手で顔を覆っていた。
堤防の下に埋まっていたのは、爆弾ではなかった。守り歌だった。彼女が20年、命を懸けて堰き止めてきた「危険な歌」は——王への、祝福だった。




