夜駆け
――スクリヴァーナ=ジュネプロ街道 夜
夜の街道を、三騎と一台が駆けた。
悠仁、アリス、ステラ。バルドは黒地図の荷馬車に乗せてもらった。メルロが「年寄りを鞍上で一晩揺らしたら、着く前に証人が閉館するぞ」と言い、自分たちの機材ごと荷馬車で追走を買って出たのだ。測量屋の夜駆けは思いのほか速かった。道の凹凸を全部覚えている、というのがメルロの弁だった。なにしろ来る時に測ったからな、と。
夜の街道は、昼と別の生き物だった。月光が石を青くし、蹄の音が丘に跳ね返って二重に聞こえる。替え馬の継ぎ目で一度だけ短い休止を取り、アリスが馬たちに軽い癒しをかけた。馬に使う分のマナを惜しまない回復術士を、駅逓の番人が黙って二度見していた。
「悠仁さん、村までは!」
「このままなら夜明け過ぎ!間に合うかは……向こうの『今晩』が何時かによる!」
馬腹を蹴りながら、悠仁は頭の中で盤面を並べ直していた。
検閲局は作戦を今晩に繰り上げた。理由は「対象の活性化」と「協力者の接触」。つまりドンナルーチェは、悠仁達が村で何をしていたか、ほぼ正確に把握している。把握した上で、悠仁達の不在の隙に事を終わらせることを選んだ。
(……あの人らしい、と言えばらしいのか。)
正面から冒険者と衝突すれば、騒ぎになる。騒ぎは、静けさの敵だ。だから騒ぎの種が留守の間に、静かに手早く終わらせる。合理的で隙がなくて——そしてあの谷の白い石を思い出すたび、その合理の底に沈んでいるものを考えてしまう。
鞍の上で、悠仁は胸元の名簿の角が肋に当たるのを感じ続けていた。31人分の名前が、骨に当たっている。そう思うと、不思議と眠気は来なかった。
「……ステラ!バルドさんの様子は!」
並走する荷馬車を振り返って怒鳴ると、幌の間からステラが顔を出した。
「……寝てる!」
「寝てる!?」
「『戦の前に眠れるのが、生き残る年寄りじゃ』……って!」
大物なのか、ただの年寄りの図太さなのか。多分、両方だった。
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――ジュネプロ村 同刻
同じ夜、村では、カインが天幕の外に立っていた。
空気が変わったのは、日暮れからだった。討伐隊の兵たちの動きが、明らかに「待機」から「準備」に変わった。音撃筒の位置が直され、魔石の予備が運ばれ、そして——伝令の早馬が夕刻に一騎、着いていた。
村は、それを見ていた。見て、いつものように目を伏せた。ただ、伏せ方がいつもと違った。夕餉の煙が早めに絶え、家々の灯が一つ、また一つと消えていく。嵐の前に鎧戸を打ち付ける手つきで、村は今夜を「なかったこと」にする支度をしていた。
「……カイン。」
音もなく、ミーナが隣に降り立った。屋根の上からの物見の帰りだ。
「筒、6門とも古木に照準。魔石は満充填。それと、村長の家の前に兵が4人。……ティノたちの家の、見張りよ。」
「作戦は明日の夜のはずだろうが。」
「早まったのよ。どう見てもね。」
「悠仁たちは。」
「まだ。」
カインは、革籠手をぎしりと鳴らした。
「……フルールは。」
「古木のところ。『あの人に、今夜は逃げてって言ってくる』って。」
「……逃げねぇだろうな、あの声の人は。」
「うん。……逃げないと思う。」
二人はしばらく、夜の斜面の古木を見上げていた。今夜も、風が変われば歌が来る。歌が来れば、筒が火を噴く。それまでに悠仁が戻るか。戻ったとして、何ができるか。
「なぁ、ミーナ。」
「なによ。」
「俺たちのマスターは、こういう時、間に合う男だったか?」
ミーナは少し考えて、それからにっと笑った。
「間に合わなかったこと、あった?」




