閑話6 悠仁と古書店の一刻
――スクリヴァーナ 古書店「三番書架」
図書館の帰り道に、その店はあった。間口一間、奥行きだけが妙に深い、古書店。
棚の分類の癖が、独特だった。詠唱書の隣に料理帖、戦記の隣に子守唄集。聞けば「一緒に読まれるべき順」なのだという。棚の並びそのものが、店主の書いた長い長い書評だった。
「いらっしゃい。……ほう。図書館帰りの顔だね。」
「分かるんですか。」
「分かるとも。借りて読んだ本を、今度は欲しくなってる顔だ。うちはそういう客で食ってる。」
店主の言う通りだった。悠仁は、書架の間を、ゆっくり歩いた。『小節詠唱大全』の第三巻だけが三冊もある棚。『詠唱前の呼吸』の隣に、なぜか楽譜。そして、奥の棚で、悠仁の手が、止まった。
『温度という刃』。カルデラ著。
「……これ。」
「お目が高い。異端のカルデラだ。学会に無視された天才……というのは売り文句で、実際はまあ、口の悪すぎた男だな。序文からして『諸君の火魔法は温い。物理的にも、発想も』だ。」
頁をめくる。インシニレイトの温度理論。悠仁が我流で組み上げてきた考えと同じ骨格が、六十年前の活字で、そこにあった。先人がいた。無視された先人が。
「……いくらですか。」
「銀貨40枚。」
魔導書の中で、じいさんが『高いのう!?』と叫んだ。悠仁は、財布と、ひと晩、相談した。翌朝買いに行くと、店主は本を紙で包みながら、こともなげに言った。
「ひと晩おいて戻ってくる客には、二割引きと決めとる。ひと晩は、本気の長さだからね。」
その夜から、悠仁の野営の荷物は、本一冊分だけ、重くなった。誰もそのことを揶揄しなかった。ステラだけが、一度、心底うらやましそうな目をした。




