閲覧銅貨50枚
――スクリヴァーナ 灰の図書館分館 閉館間際
谷への出立前夜、悠仁は、一人で、分館に寄った。バルドの荷物のことで、受付の女性に、確認が一件。用事は、すぐに済んだ。
閉館間際の分館は、昼と匂いが違った。人の出入りの絶えた書庫は、紙の匂いの上に灯りの油の匂いが薄く乗る。書架の間では銀糸のヴィオラが今夜の巣張りを始めていて、警備係の勤務は、これからが本番らしかった。
済んだ後、ふと、聞いてみた。前から、気になっていたことを。
「……あの。閲覧料の銅貨50枚って、どういう計算なんですか。本館も、カプランドも、ここも、同じ50枚。物価の違う街で、同じ値段。……商売としては、変でしょう。」
受付の女性は、帳場の手を止めて、少し、考えた。この質問を受けるのが、初めてではない顔だった。
「……公式の回答は、『創立以来の伝統』です。」
「非公式の回答は?」
「一日、働けば、誰でも払える額——を、各地の銅貨で言い直すと、50枚になる。そういう順番です。」
女性は、帳場の銅貨の箱を、開けてみせた。すり減った銅貨。欠けた銅貨。何百人の手を経た、小さな貨幣たち。
「銀貨1枚にすれば、帳簿は楽になります。でも、銀貨は、貯めないと持てないお金。銅貨50枚は、今日働けば持てるお金。図書館の敷居は、後者に合わせる——というのが、うちの創立者の決めた、唯一の商売上の掟だそうです。」
「……知は、待つ。でも、敷居は低く、ですか。」
「えぇ。待ってる側が、扉を重くしてどうします。」
女性は箱の中から一枚、ひときわ古い銅貨をつまみ上げた。
「……これ、先の冬の閲覧者の払った一枚です。近くの農家の子。十かそこらの男の子でした。麦の落ち穂拾いの手間賃を、握りしめて。『冒険者になるための本』はどこか、と。」
「……!それは……。」
「靴の紐が、切れかけてました。何度も、結び直した痕のある。」
女性は、銅貨を、箱に戻して、微笑んだ。
「五十枚の敷居は、ああいう日のために、あるんです。……三百年、変えない理由としては、十分でしょう?」




