写本の道
――ジュネプロ=スクリヴァーナ街道
夜明け前に天幕で選択肢を並べ終えると、悠仁とアリスとステラの三人は、夜明けと同時に馬で村を発った。カインとミーナとフルールは、村に残る。目指すは記録の街スクリヴァーナ。古木と三十一人について、書かれたものを探すためである。
道は山を下りながら、二度、川を渡る。一度目は吊り橋で、二度目は渡し舟だった。ステラは歩きながら、道そのものを帳面に描き取っていた。九十九折の数、渡しの位置、崖が道へせり出す場所。
「……あんた、地図まで作るの?」
「道は、一度目は風景で、二度目は情報よ。」
ステラは手を止めずに答えた。
「帰りも通るなら、なおさら。急いで通ることに、ならないとも限らないし。」
その言葉を、後に全員が思い出すことになるのだが、この時はまだ、誰も知らない。
二度目の渡しを越えると、水車の音がした。
川沿いに、小さな里があった。家々の軒先に、白いものが幾枚も干されている。布ではない。紙だった。漉きあげたばかりの紙が、板に貼られて日を浴びている。晒し場の柵に沿って、紙の白が川下までずっと続いていた。
里には、紙の音があった。風が干し板の間を抜けるたび、乾きかけの紙が一斉に、さら、と鳴る。布とも葉とも違う、乾いた軽い音だった。アリスは目を閉じて、しばらくそれを聞いていた。ここはもう、囁きの国の内側だった。
「紙漉きの里ですね。」
アリスが目を細めた。
「スクリヴァーナが近い証拠です。記録の街は、紙を食べて生きる街ですから。」
里の入り口の作業場で、女主人が漉き舟から簀桁を引き上げていた。腕は細いのに、水を含んだ簀桁を引く動きには一切の無駄がなかった。アリスが柔らかく話しかけ、四半刻後には三人とも作業場の中にいた。この人の物腰は、大陸のどこでも同じ速さで戸を開けさせる。
「うちの紙はね、灰入りなんだよ。」
女主人は自慢げに、漉き上がったばかりの一枚を透かして見せた。
「漉く時に、選んだ木の灰をほんの少し混ぜる。そうすると虫が食わない。百年経っても食わない。……灰の図書館の書架が、なんであんなに保つと思う?あそこに納める紙は、代々、うちの筋の紙なのさ。」
「灰の図書館に、納めてるんですか。」
悠仁が思わず身を乗り出した。これから訪ねる場所の名が、こんな川沿いの作業場から出てきたからだ。
「もう五代ね。年に二度、荷を出す。……あんたたち、分館へ行くのかい。だったら、覚えときな。」
女主人は声を落とした。
「あそこの書記たちは、書いたものしか信じない。口で百を語るより、紙切れ一枚を出しな。それと――奥の間の御方には、嘘だけはつかないことだ。あの人は、書かれなかったことまで読む人だから。」
三人は礼を言い、女主人は「宣伝しといておくれ」と笑って、漉きたての小さな紙を一枚ずつ持たせてくれた。乾くと絹のように滑らかで、ステラは早速それを帳面に挟み、紙の目方と相場を書き付けた。
午後の日が傾く頃、丘の上に街が見えた。
石造りの街並みの真ん中に、ひときわ高い、窓の少ない建物。あれが灰の図書館の分館だろう。街全体が、どこか紙の匂いがした。乾いた、静かな、時間の積もる匂いだった。
「……書いたものしか信じない街、か。」
悠仁は呟いて、懐の紙に触れた。
三十一人の名前は、果たして、書かれているのか。書かれているとして――誰が、何のために、書いたのか。




