スクロール
――アリーシャ 大聖堂
「おかえりなさい、Yuji様。本日も良い冒険を。」
受付嬢がいつもの台詞を投げかけてくる。ついでに頼みごとをすることにする。
「はい、それと、手紙の書置きをお願いします。」
「承知しました。内容はいかがしましょうか。」
カイン、Alice、ミーナ向けに、中央広場のバザールで露店めぐりをしているという旨の書置きをしてもらい、聖堂を出る。
「さて、昨日はまともに見て回れなかったからな。色々回ってみよう。」
悠仁は大聖堂を背に中央広場まで進み、昨日見て回れなかったバザールを見て回る。
バザールは時間を問わず盛況で、にぎやかな声に包まれている。
それでも朝の市場には朝の音がある。敷物を広げる音、木箱を下ろす音、値札代わりの木札を掛ける音。開店したての露店が並ぶ通りは、幕の上がった直後の舞台に似ていた。
「アクセサリーを中心に…ええと…。はー、スクロールまで売ってるのか。」
スクロールが沢山並んでいる露店があった。店主はというと、敷物の奥にちょこんと座った、随分と小柄な人物である。星をあしらった大きな魔女帽子に、灰がかった藤色…モーブグレーのローブ。つばの下から、銀白の長い髪がこぼれている。
帽子が大きいのか、本人が小さいのか。客が前に立っているというのに、気付いているのかいないのか、ぴくりとも動かない。
露店の敷物の上は不思議と整然としていて、雑多に見えるスクロールの束も、よく見れば太さと封の色で几帳面に区分けされている。売り物の並べ方に、店主の頭の中が出る店だった。
「すみません、少しよろしいですか?」
「…………どうぞ。」
たっぷりと間を置いてから、店主がゆっくりと顔を上げる。思ったよりも、随分と幼い顔立ちの女性だ。眠たげな半眼がこちらを見上げてくる。やる気があるのか無いのか、判断に困る店主である。
「スクロールについて聞きたいのですが、色々お聞きしていいですか?」
「……色々。…………まぁ、いいよ。何が知りたいの。」
「ありがとうございます。まずは相場についてお聞きしたいです。」
「……相場は、ほんとに、まちまち。……例えば。」
生け花の花瓶のようなものに雑多に差し込んであるスクロールから、ごそごそと目的のものを探し出す。小さな手が、迷いなく1本を引き抜いた。
「……これ。火球のスクロール。ファイヤーボールを仕込んである。……私の作成スキルレベルで、この程度の魔法なら、銀貨5枚ほど。」
「ふんふん、ちなみに店主さんのスキルレベルは…?というかスクロールを作るときのスキルってなんですか?」
「……こういう魔法道具には、色々あるけど。ポーションやスクロールみたいに種類が多いものは、個別にスキルが設定されてる。……だから、スクロール作成師のスキルになる。」
「なるほど。」
「……で、私のスキルレベルは、22。」
「かなり高レベルですね…。このスキルはレベルが上がると、どのようなことができるんですか?」
「……より多い小節の魔法を仕込めたり、めずらしい魔法を仕込めたり。インクや羊皮紙も、質の高いものが必要になるけど。……例えば、離脱のスクロール。下位のものは、自分にしか効力が無い。上位になると、半径3メートルほどの距離なら、パーティーメンバーを巻き込んで、ダンジョンと設定されている区域の外に脱出できる。……非常に、高価だけどね。下位の物なら、ここにあるよ。」
そういって古めかしい羊皮紙を見せてくれる。店主の着ているローブと同じ、灰がかった藤色のシーリングスタンプで封がしてある。
「ちなみにそれはおいくらするんですか?」
「……これは、金貨5枚。上位だと、金貨30枚は下らないと思う。」
「はー、とてもじゃないけど手が届かないですね。」
金貨30枚などみたことすらない。
「……高レベル冒険者の、必需品だから。この辺りのダンジョンでも、最下層は、かなり危険なモンスターが闊歩してるし。」
「なるほど、回復系のスクロールもあるんですか?」
「……もちろん。ライトヒールから始まって……これとか、ヒール。……私のレベルくらいで、ぎりぎり作ることのできる、ヒーリングサークルとかも、ある。」
「結構あるんですね、発動までの時間はどのくらいですか?」
「……即時。といっても、スキル名を発言することが、必要だけど。……そもそもスクロールは、本来必要なはずの詠唱と消費MPを、既に仕込んであるというものだから。開いた後に、スキル名さえ言えれば、誰でも使える。」
「そうなんですね…、大変勉強になりました。では折角なので、このライトヒールのスクロールをいただけますか?」
「……まいど。銀貨8枚。」
少しパーティー用にプールしてある資金から取り出し、銀貨10枚を店主に手渡す。
「……2枚、多いけど。」
「ええ、情報料です。情報の有無で生死を分けることは少なくありません。特にスクロールの知識なんてなかなか手に入るものでは無いので、情報料としてお受け取りください。」
「…………ふぅん。」
店主は手のひらの銀貨をしばらく眺めてから、素直にしまい込んだ。
値切られることはあっても、上乗せされることは滅多にないのだろう。銀貨2枚を眺めるその数秒には、値踏みとも照れともつかない間があった。
「……あなた、勉強熱心だね。そういうメンバーがいると、冒険も、安心できそう。」
「いやー、これでレベルも高ければいうことなしなんですけどね。」
「……情報量が多い冒険者は、その辺の高レベルの冒険者よりも、しぶとく生きて帰ってこられるよ。」
「これは一本とられましたね。」
「……ん。これ、私のプレイヤーカード。……よければ、交換しない?」
「いいんですか?見ず知らずの私みたいな男と交換なんかして。」
「……銀貨2枚分は、信用した。……何かわからないことがあったら、聞いて。」
「そういうことでしたら。」
悠仁は収納からプレイヤーカードを取り出し、まるで名刺交換のように丁寧に交換をする。
「……Yuji。レベルは17……本当に、この辺の適正レベルだね。」
「はい、実は昨日ヴァリエスタから来まして。」
「……そう。今は、心躍る冒険の最中、って顔してる。……私にも、そんなときが、あった……ような気がする。」
店主は懐かしむように、帽子のつばを少し上げて空を見上げる。悠仁は交換したプレイヤーカードを見る。
「ええと、ステラさんは…レベル28…。そこそこやりこんでるんですね。」
「……素材回収について行ったりしていたら、いつの間にか。……幸い、他にすることも無かったし。だから、上位職への試験も受けてない。」
「他の街に旅をしたんですか?」
「……ん。Yujiの来たヴァリエスタから始まって、ここアリーシャ。トリトン、ミゼルウッズ、城塞都市のスウェリオムや、カプランドも行った。」
「聞いたことのない街の名前ばかりですね。近いんですか?」
「……カプランドなら、ここの隣。ミゼルウッズは、カプランドから行ける街で、アルテミラの森の更に大きい森が、すぐ傍にある。……一応、設定では、エルフはそこの森出身、とか。」
「なるほど…、とても参考になります。」
「……私は、ここが大好きで。……つい、戻ってきちゃった。」
「ここが?」
「……ん。一番最初のヴァリエスタも、感動したけど。……ここのバザール、綺麗じゃない?」
「綺麗、ですか。」
「……人が、こんなに沢山。皆、冒険をしている人ばかり。……目を見て。キラキラして、まるで宝石のよう。……それを相手に商売をしている冒険者もいる。皆の思いと、出会いがたくさんあって……」
ステラは少し目を細める。眠たげな半眼の奥に、その時、確かに小さな光が灯っていた。
「……こういうの、嫌いじゃない。ここのことは、全部、知ってるはずなのに……ここだけは、飽きないんだよね。」
そう語るステラの目は、さっきまでの気だるげな目と同じものとは思えないほど、キラキラと輝いていた。
帽子のつばの影の中で、その光は長くは続かなかった。語り終えると目はまた眠たげな半眼へ戻っていき、けれど完全に元通りというわけでもない。熾火のような何かが、奥のほうにまだ残って見えた。
「…そうですね、ステラさんの気持ちはよく分かります。」
悠仁も周りを見渡す。冒険で疲れている者、これから冒険に出かけるような者、店主と喧々諤々と話している者、パーティーの募集をかけている者。酔いつぶれている者。たくさんの冒険者の姿がそこにあった。
その一人一人に、今日までの道のりと今夜の宿がある。そう思って見渡すと、見慣れたはずの市場の雑踏が急に厚みを持って見えた。目の前の小さな店主は、この厚みを毎日ここで眺めているのだ。
「……だから、私はここが好き。……また冒険をしてみたい、って気持ちも、あるけどね。」
「…そうですね、やっぱり気の置けない仲間との冒険は楽しいですよね。」
「…………そうだね。本当に、その通りだと思う。」
「あのー、すみません。」
つい話し込んでいると、他の客が来たようだ。
「……はぁい、ただいま。……じゃあYuji、またお話、しよ。私は、この街の酒場『砂の薔薇』にいるから。」
「はい、こちらこそ。では。」
悠仁はステラと別れ、購入したスクロールを収納へしまう。
歩き出してから、ずいぶん長話をしていたことに気付く。初対面の相手とあれだけ喋ったのは、この世界ではAliceの一件以来だ。灰がかった藤色の封蝋を指でなぞると、まだかすかに蝋の匂いがした。
「さて、みんなが来るまでもう少しありそうだな。」
そう呟き、露店めぐりを再開するのだった。
スクロール(消費アイテム)
魔法が仕込んである巻物のこと。素材は様々である。開かないように麻の紐で結んであることが多いが、高位のスクロールはしっかりと蝋で封がしてある。詠唱とMP消費を省略することができ、魔法適性職以外も使用することができる。あらゆる魔法をスクロール化することができるとされている。
スクロール作成師(生産スキル)
スクロールを作成できるようになるスキル。レベルの上昇に伴って種類や高位の魔法のスクロールの作成が可能になる。他に魔具製作師というスキルもあるが、ポーションとスクロールは例外である。




