原因と結果
――悠仁が原因不明の失神により倒れた翌日
「あのー、課長。すみません。今日は有給をいただけますか?」
『どうした急に、お前が休むなんてめずらしい。』
「すみません、昨日から少し体調が優れなくて…。」
『んー…。まぁまだ忙しくないから構わないが、明日には来られそうか?』
「はい、明日には。今日は一日寝て過ごそうと思っています。」
『分かった。じゃあ今日は休め。石橋には何をさせるか決まってたか?』
「ええ、はい。私のデスクの……」
悠仁は今日やろうと思っていた仕事を課長に伝える。
『……わかった。じゃあ石橋にはこれを指示して、終わったらこっちから何か指示を出しておく。』
「すみません、お手数をおかけします。」
『いやいい、なんだかんだ石橋もお前のおかげでモノになり始めてきてるからな。本人には口が裂けても言えんがな。』
(あの課長が人のことを褒めるなんて意外だ。何か家でいい事でもあったのだろうか)
「そういっていただけると幸いです。ではお忙しいと思いますのでこれで。」
『ああ、ゆっくり休め。』
プツッと電話が切れる。
受話器越しの課長は、思ったよりあっさりと引き下がった。2年間ろくに休みを取らなかった貯金が、こういう時に効くらしい。ベッドの縁に腰掛けたまま、悠仁は平日の午前の静かな部屋を見回す。カーテン越しの光の中で埃がゆっくり回っていて、病欠の嘘が部屋の静けさのせいで少しだけ本当らしく見えた。
「さて、体調が悪いなんていうのは嘘なんだが。」
悠仁は少し遅めに起きてから会社に電話して休みの連絡をした。それも昨日のことが気になるからである。
「受付の人、調べてくれるって言ってたが、今日には分かってるのか?」
ひとまずTシャツパン一の状態から、外出ができる程度の服装に着替える。財布と携帯だけ手に持ち玄関を開ける。
「さて、カインに今日は早めに入ってるって事だけ伝えるか。」
手早く一言だけメッセージを送ると、秒で返事が返ってくる。
「あいつ本当に仕事してるのか?」
悠仁は携帯をズボンのポケットに捻じ込み、会社の近くにあるいつもの店へ行くのだった。
平日の昼間の街は、いつもと人の流れが違う。スーツの波が消えた歩道を、ベビーカーと年寄りの自転車がゆっくり流れていく。自分が働いている時間にも世界はこの速さで回っていたのかと、サボりの後ろめたさより先に感心してしまった。
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――会社近くの店
「お帰りなさいませ青木様、現在ブースには空きがあるのですぐに利用することが出来ます。」
「はい、どこでも構いません。」
「承知いたしました。ではこちらに手を入れてください。」
入店処理?をこなす。
「…それと青木様。」
「はい、どうしましたか?」
「昨日の件でお話があるので、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
「ええ、構いません。」
「では手短に。」
そういうと、受付嬢は昨日のことについて話し始める。
「結論から申しますと、昨日のことは原因不明で、青木様が意識を失った原因になったことも、どういった方法でなされたのかは分かりませんでした。」
「なるほど、しかしよく短い時間で調べることができましたね。」
「はい、その辺りはHOPEを管理しているマザーAIに全ての記録が残っておりますので。続けてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。」
「詳しい原因がわからないのは大変申し訳ないのですが、一つだけ。青木様に正規の手段では無い方法で習得されたスキルが二つあることが確認されました。」
「スキル…?」
(そういえばあいつ、確か技能とかスキルとかって…)
「はい、まず一つが装飾品製作師の…、レベル8ですね。」
「はぁ…」
悠仁はゲーム内はおろか、現実世界でもアクセサリーなんて作ったことはない。
「それともう一つ。」
「なんでしょうか。」
「デリヴォラという記録されていないスキルが一つ習得されています。」
「デリ…なんですって?」
「デリヴォラです。記録にはそう記されています。」
受付嬢は記録が書かれているだろう紙を見ながら悠仁に告げる。
「正直どういった効果があるか、こちらでも分かりかねます。スキルというのは基本的にシステムで予め決められているものを大聖堂にて習得することがありますが、これはデータ上存在しないスキルです。」
「はぁ…」
「よって使用をした際の責任は一切持てませんので、お気をつけください。」
「お気をつけくださいって、そもそも正規の手段で習得されているもので無ければ、なんか、こう、記録の抹消とか、取り消しとかってできないんですか?」
「このゲームではシステム側から色々と干渉することは原則禁止されております。青木様の今回のスキルに関しても同様で、これらを取り消すことはできないという回答も上から回ってきております。」
「そういうもんなんですね。」
(ロールバックは最終手段であるってどこかで聞いたことがあるしな。)
「よってスキルは抹消されません、というか抹消できないのと、それによって青木様が収益を得てもこちらは何も干渉いたしませんのでご安心ください。ですがくれぐれも正体不明のスキルに関しては使用を控えるか、使用をしても弊社も責任を取れないことをご理解ください。」
「はい、分かりました。」
「では昨日の件の調査結果は以上になります。本日はこのまま利用されていきますか?」
「はい、お願いします。」
「では、下のポッドへどうぞ。」
手で促され、階下へ続く階段へのドアへ足を運ぶ。途中で携帯を開き、辞書機能で例のスキル名について調べる。
「デ、リ、ヴォ、ラ、っと。どれどれ。」
辞書には、該当する単語が一つも見つからなかった。思いつく綴りをいくつか試してみても、英語にもそれらしい言葉は引っかからない。
Delivora。データに存在しない上に、意味すら引けないスキルである。
検索結果の空白を、悠仁はしばらく眺めた。何でも調べれば出てくるこの時代に、意味の引けない言葉というのはそれだけで少し不気味だ。誰かが作った言葉なのか、それともどこか遠くにある言葉なのか。階段を降りる自分の足音だけが、狭い通路に規則正しく響いていた。
「強化系なのかどうかすらも分からない、ねぇ。何をされるのか。ま、一回使ったくらいじゃ死にはしないだろう。」
そう思いながらいつものポッドへ入り込み、ログイン処理を進めていく。ポッド内が液体で満たされて視界が暗転する。
(さて、どうなるのか…)
意識が途切れる頃には、もう街の喧騒が聞こえていた。




