無事…?
「……ん!……!」
遠くから、声が聞こえる。
(なんだ、俺は疲れてるんだ、少し寝かせてくれ…)
耳元で叫び声とともに、身体が揺さぶられる感覚がする。
(一体なんなんだ、そもそも今日って日曜日だったよな…、なんで休日に起こされてるんだ俺。)
「さん!……iさん!」
(なんかこの声聞いたことあるな…、っていうか俺1人暮らしなのに誰が起こしてるんだ…。ってかあちぃな。)
「う…」
「あ!大丈夫です声がしました!」
「Alice…?」
(なんでAliceが俺の部屋に…?)
「おい!大丈夫かYuji!」
(なんだカイン、お前リアルでもそんな鎧着てるのかよ、職質されるぞ。っていうか住所なんて教えてなかったはずだが…)
「生きてるならいい加減起きなさい!」
「ぐぼっ!!」
視界が揺れる。無重力感と同時に、見覚えのある景色に記憶が戻ってくる。
「あぁ!Yujiさん!」
ずしゃああああああああ!っと路地裏を転がる。
「ってぇ…。いや、痛くない…。あれ?ここは?」
「おいYuji!大丈夫かよ!」
「あ?どうしたカイン、何があった?」
「Yujiさんが…ひっく…路地裏でぇ…倒れてて…わたし…わたし…」
Aliceが涙でぐちゃぐちゃになった顔を隠す。
「あれ、もしかして俺何かした?」
「あんた、路地裏で倒れてたのよ。」
「倒れてた?」
(倒れていた…?何でだ…?)
「お前記憶無いのか?」
「えーっと。」
記憶の糸を手繰り寄せる。
(確か皆がバザールで露店めぐりをしてたから自分もと思って…その後は…)
「あぁ、そうだ!あの後…」
悠仁は、見知らぬ人物が技術を売っているという名目の看板を立てて露店を開いていたこと、本を買ったが読めなかったこと、読んだ後に気を失ったことを話した。
「本ってあれのこと?」
ミーナが指差した先には、既に灰になり本の原型を保っていない物体が落ちている。
「………あぁ…恐らくな…」
金貨1枚が灰になっているのを見て溜息がでる。
風が吹けば散ってしまう、ただの灰だった。金貨1枚で買ったものが何だったのか、結局分からずじまいである。ただ、あの頁を思い出そうとすると、頭の芯がまだ少しだけ重かった。
「まぁ、とりあえずお前が何も無くてよかったぜ、怪我とかしてねぇのか?」
「あぁ、それは大丈夫みたいだ。」
「よかった…よかったよぅ…」
Aliceは相変わらず泣きじゃくっている。
「…心配かけたな、すまなかった。」
神官帽の上からAliceの頭を撫でる。
「あんた、今日はログアウトしたほうがいいわよ。ここは大きな街だから大聖堂もあるし。」
「私も…そう思います…。」
嗚咽交じりにAliceも賛同する。
「ま、帰ってシャワーも浴びたいし、俺も一旦ログアウトしようと思ってる。」
「私達二人だけっていうのもアレだし、私達も一旦落ちようかな?Aliceもそうする?」
こくんとAliceは頷く。
「じゃあひとまず大聖堂に行こうか。」
ここの大聖堂は丘の上にあるわけでは無いらしく、階段を登る必要は無いようだ。ただ街が広いので、そこそこの距離を歩く必要がある。
「にしてもびっくりしたぜ、お前がいねぇと思ったらAliceちゃんが血相を変えて飛んでくるんだからよ。」
「そうだったのか。」
「んで焦りすぎてて要領を得なかったからついていったら、お前が道に寝てんだもんな。変な冗談かと思ったぜ。」
「それで私はAliceの走ってる姿をみて着いていったってわけ。」
それぞれの事情は分かった。
「その、なんだ。随分心配かけちゃったみたいだな。すまない。」
悠仁は3人に頭を下げる。
「いえ、なんとも無かったならそれでいいんです。私はそれだけでもう…。」
Aliceはまた泣き出しそうになっている。
「あぁ、すまなかったな。特にAlice、見つけてくれてありがとう。Aliceがいなかったら一晩中あそこで倒れてたかもしれない。」
もう一度お礼の意味を込めて頭に手をのせる。
「はいぃ…」
(まだ声が震えてるな、そりゃメンバーが倒れてたら心配するよな。申し訳ないことをした)
安心させるために少し長めに撫でる。
「あ、あの…そろそろ…」
「あ、あぁ、すまない。なんだか撫でやすくてな。」
「いえ、私としてはいつでも別に構わないといいますか、なんといいますか…」
「…?そうか。」
「あいつやべーよな…」
「えぇ…殺してやりたいわ…」
少し離れたところで、カインとミーナがこそこそと話している。
「…?何やってんだそこの二人、早く行くぞ。」
「はいはい、ま、なんともなくてよかったと思ってるのは私も同じだし。」
「そうだな、今日は大目にみとくか。」
(何の話してんだこいつら。)
4人は大聖堂に向かって歩き出す。程なくして大聖堂に着く。
道すがら、三人はそれとなく悠仁を真ん中に挟んで歩いた。誰も口には出さないが、並び方が今日の事件のすべてを物語っている。守られる位置というのは面映ゆいもので、悠仁は歩幅を少し大きくして平気なところを見せた。効果があったかどうかは分からない。
「造りはどこでもあんまり変わらないんだな。」
「まぁ変える必要も無いしね、ここでもヴァリエスタと同じ機能が使えるからスキル認定試験も受けられるわ。」
「へぇ、それは助かる。」
各々ログアウト処理を受付で進める。
「んじゃ嬢ちゃんたちは気をつけて帰ってくれよな。あとYuji、リアルではぶっ倒れてても誰も助けらんねぇから気をつけろよ。」
「わかってるよ、迷惑かけたな。じゃあAliceもミーナも気をつけて帰ってくれ。もしログインできるなら明日の夕方って事で。」
「はい、おやすみなさい。」
「んじゃねー。」
「さて、俺も。」
4人はそれぞれポッドに入りログアウトをする。視界が暗転したと思ったら、もう現実世界のポッドの中だった。
「ふぃー、今日は大変だったわ…。みんなに迷惑かけたみたいだし、今度お詫びとお礼をしなきゃな。」
悠仁は荷物をまとめて上階へ上がる。
「お疲れ様でした青木様。本日の利用を終了する場合にはここに腕を通してください。」
「そうでしたね、はい。」
悠仁は受付嬢の前にある機械に腕を通す。
「あの…、ちょっとつかぬ事を聞いてもいいですか?」
「はい、いかがしましたか?あ、その前に。ゲーム内での換金処理が為されて無いようですが、本日はよろしいですか?」
「あ、はい、大丈夫です。」
「承知しました。話の腰を折ってしまってすみません、どういったご用件でしょう。」
「実は…」
ゲーム内であったことを手短に伝える。
「…なるほど、それは災難でしたね。」
「まぁ何か物がなくなっていたり、外傷があったりしなかったのでいいんですけど、気になったので。」
「そうですね、原則ゲーム内のことについてこちらからお話しすることは禁止されているのですが、事情が事情ですのでこちらでも調べてみます。何か分かりましたらお伝えしますね。」
「すみません、仕事が増えて大変でしょうに…」
「いえ、幸いここの店は大してお客様も来ないので大丈夫ですよ。ではお気をつけてお帰りください。」
「はい、ありがとうございます。」
そういって悠仁は黒服の間を通って店の外へ出る。
夜風が火照った頭に心地よかった。ゲームの中で気を失うというのは、思えば初めての経験だ。体は何ともないのに、あの視界の回る感覚だけは妙に生々しく残っている。現実の夜道の確かさが、今日はいつもよりありがたかった。
(明日はちょっと早めにログインしてみるかな。)
そう心に決めながら、悠仁は帰路に着くのであった。




