フードの商人
「はー、にしても場所が変わって街並みや売られているものが変わるのは当たり前のことではあるんだが、こうも見事に変わってると感心というより感動するな。」
バザールに出展している露店には色とりどりの装飾品や回復アイテム、食料に香辛料、挙句の果てには良くわからないドロップ品…?まで並んでいる。
(なんだあのうねうねしたやつは…どうみても禍々しいものだろ…)
店主の怪しさも相まって、より一層怪しいものに見える。
それでも足を止めて眺める客がいるのだから、市場というのは懐が深い。怪しいものは怪しいまま堂々と売られ、買う側の目利きが試される。露店の手数料が安いというのは、こういう玉石混交も込みの話なのだろう。
「なぁおっさん!いいだろ、少しまけてくれよ!」
「いやお兄さん…、さすがに銀貨2枚のものを銅貨50枚にしろっていうのが無理な話でしょう…」
「そこをなんとか!」
カインは果物の値引き交渉をしているようだ。確かに瑞々しい洋ナシのような果物は、傍目から見てもおいしそうだ。他のメンバーを探すために視線を回すと、赤い髪が見えた。
「こうするなら?」
「それですと、素材と、加工代金も含めて金貨2枚ってところですね。」
「えぇ!そんなにするの!?」
「ただの装飾品なだけならそこまでしませんが、風の精霊の加護が入っている宝石となりますと少しお高くなりますね…、これでも加工代金はそこそこ値引いてるんですよ?」
「そっかぁ、なるほどねぇ…、じゃあ…」
ミーナはナイフに装飾を施す算段を立てているようだ。
「…」
「お、可愛らしいお客さんだね、ポーションに興味が?」
「…」
「お、お嬢さん…?」
「…」
「…」
Aliceはマナポーションを見ているようだが、集中しすぎて店主の声が聞こえてないようだ。手に持っている商品を見る限り、等級が高いものだろう。Aliceのマナポイントの総量を考えると、ヴァリエスタで手に入るものは回復量的に見て少し難ありといったところだったから、まぁ妥当だろう。少し店主が気の毒だが…。
三人三様の買い物姿は、見ているだけで面白い。値切るカイン、算段するミーナ、世界に入り込むAlice。買い物ほど人柄の出る行為もそうそうない。悠仁は少し離れた場所からそれを眺めて、それから自分の獲物を探しに歩き出した。
「さて、と。俺も折角だから少し見ようか…」
本当に様々な種類の商品が並んでいる。
悠仁が周りを見渡すと、何も商品が並んで無い中で、看板だけを敷き布の上に置いてある露店を見つけた。
(なんだあれ。完売か?)
近づいて看板に書かれている文字を見てみると
(技術売ります。)
技術売りますとはなんなのか。看板の向こうには紫色のフード付きのローブを纏った人物が座っている。
この暑いのにしっかりとフードを被りこみ、表情はおろか性別までも分からない。
「…あの。」
「…?」
(しまった、つい声をかけちまった。)
「あ、いえ、ここに書かれてる技術売りますってどういうことなのかなって…。」
「…お客さん、興味が…?」
「まぁ…」
「…お兄さんにランダムでスキルの知識を提供するよ…。」
「は、はぁ…、具体的にはどんな感じで…?マンツーマンで指導とかしてもらえるって感じですか…?」
「…ここから先は買ってもらわないと教えられないね。」
フードの向こうから聞こえる中性的な声が、暗に購入しろと推してくる。
「ちなみにいくらですか…?」
「金貨で1枚。」
(手持ちぎりぎりだな…)
「ちなみに…、覚えられるスキルのレベルってどのくらいなんですか?」
「それもランダムだね、まぁものすごい高レベルって言うのは無いと思ってもらって良い。」
「なるほど…」
どうするか、悠仁は悩んだ。この世界にはこれを覚えておけば絶対勝てる!なんていう都合のいいスキルや能力というのは存在しない。もちろん優劣はあるだろうが。
(スキルを金貨1枚で教えてもらえるって言うのは、時間も考慮するとどうなんだろう…)
悠仁はしばらく思案していたが、物は試しということで購入をすることにする。
金貨1枚は、四人で丸一日狩りをしてようやく届くかどうかの額だ。それでも足が離れなかったのは、値段の張り方より、この売り手の静けさが妙に気になったからかもしれない。売る気があるのかないのか分からない商人ほど、なぜか信じたくなる。我ながら悪い癖だとは思う。
「…じゃあお願いします。」
「毎度、じゃあ金を…」
「あ、そうでしたね、はいこれです。」
「…確かに、じゃあこれ。」
そういうと、何の革で装丁されているか分からない古めかしい本を渡される。
(いや、本で勉強とか1人でもできるじゃん…)
「あぁ、あと。これ。あんたが初めての客だからおまけだ。」
同じような大きさの本を投げられる。厚さは先ほどよりもないようだ。
「どうも…。」
「じゃあ私はこれで。あぁ、くれぐれも自分で読むんだよ。」
(こんなの誰も読みたがらないだろ…)
メイジとして失格かもしれない発言をしてしまったが、悠仁は買った本を小脇に抱えて、仲間を探そうと露店に背を向けて歩き出そうとする。
「あ、そういえば。あなたの名前を聞いても…」
フードの人物に視線を戻したと思ったら、そこはもう何も無いただの地面だった。
「…は?」
近くにいるだろう仲間を探すために一瞬目を離した隙に、フードの人物はいなくなっていた。立ち去る足音すら、聞いた覚えがない。
「なんだったんだ…?」
脇に抱えた本がフードの人物が居たことの証明になっているが、その姿はもう見えなかった。
(ま、いいか。にしても技術書…?何が書いてあるんだ?)
この日差しの中では白いページは反射してまぶしいだろう。そう考えた悠仁は路地の日陰に入り本を開く。
「なんだこれ?」
そこには日本語でもアルファベットでもなく。ルーン文字が並んでいる。
「俺ルーン文字なんて読めないぞ?っていうか翻訳機能が正しく機能して無いのか、それともルーン文字は翻訳対象に入ってないのか?」
一通りざっと見てみても、どのページもルーン文字で埋まっていた。ところどころ空白のページもある。
紙は古いのにインクの黒は妙に深く、文字列を目で追っていると、読めないはずの並びがどこか文章の呼吸をしているように見えてくる。意味は分からない。分からないのに、目が離しにくい。
「もしかしてこっちも同じか…?」
2冊目の本に目を通すと、こちらも同様だった。
「くそ、ぼったくられたか…。」
悠仁が本を閉じ、路地裏から出ようとすると、地面がこんにゃくのようにやわらかくなる。
「…へ…?」
思わず倒れこんでしまう。
(地面がやわらかく…?いや、これは…)
地面が柔らかくなったなんて事が起きるはずも無く、単に悠仁の平衡感覚が失われた結果だ。
(う…なんだこれ…)
目の前がぐわんぐわんと回っている。とてもじゃないが立つことはおろか、吐き気で声をあげることもできない。
「うぅ…」
口から苦悶の声が零れる。気持ち悪さと視界のせいで、段々と意識が遠のいていく。
(やばい…)
そう思ったときには視界は暗転し、悠仁は意識を失った。
ルーン文字(文字)
ゲルマン人がゲルマン諸語の表記に用いた古い文字体系であり、北欧での魔法話のせいもあり、魔法を使うときにはこのルーン文字を見ることは昨今少なくない。HOPEの中では自動翻訳機能が働くので、文字単体で理解できないということは非常にめずらしい。




