ノーラの鈴
――ジュネプロ村 村長の家の裏
姉弟の話を聞いた翌日から、ミーナは時々村長の家の裏に顔を出した。
ノーラは、警戒を解いていなかった。大人への警戒は、この11歳の、生きる技術だった。だからミーナは、話しかけなかった。代わりに裏庭の隅に座って、黙々と手仕事をした。旅装の革紐の編み直し。矢羽根の調整。……子供というものは、大人の「話しかけてこない手仕事」に、いちばん弱い。
裏庭には、薪割り台と、洗濯の張り綱と、子どもの背丈に合わせて低く打たれた釘が二本あった。村長の家の誰かが、姉弟のために打ち直した釘だ。預かる、という言葉の中身は、こういう釘の高さに出る。ミーナは手仕事をしながら、そういうものを一つずつ見ていた。
三日目、ノーラの方から、寄ってきた。
「……それ、なに、してるの。」
「んー?矢羽根の交換。……やってみる?」
四日目には、ティノも来た。五日目、ノーラは手仕事の手を止めずにぽつりと言った。
「……あのね。おねえさん。あたし、ほんとはね、怒ってるの。」
「ん。誰に。」
「……わかんない。ぜんぶに。」
11歳は、革紐を、きつく、編んだ。
「とうさんとかあさんが病気で死んで、ティノとふたりになって、村長さんちは優しいけど、でも、あたしがしっかりしなきゃで……そこに、へんな歌まで来て、ティノが狙われてるかもしれなくて。……なんであたしばっかり、って、思っちゃうの。思っちゃう自分も、やなの。」
ミーナは、手を止めなかった。止めずに、答えた。
「……怒りなさい怒りなさい。あんたのそれは、正しい怒りよ。」
「……いいの?」
「いいの。あのね、ノーラ。しっかりした子ってのはね、怒っちゃいけない子、って意味じゃないの。……大人の世界でもね、それを取り違えてる奴が、いーっぱいいるんだけどね。」
ミーナは編み上がった革紐の端に小さな金具を付けて、ノーラに渡した。腕輪だった。
「はい。怒りの置き場。むかついたら、これをぎゅーって握る。私の師匠(嘘。今考えた)直伝の技よ。」
ノーラは、腕輪を、はめた。そして、ぎゅっと、握ってみた。
「……おねえさんも、怒ってるの?ぎゅってするくらい。」
「そりゃもう。世界の理不尽、ぜーんぶに。」
「……ふふ。」
11歳が、この村に来て初めて、年相応に、笑った。
——後日。夜の歌の一件が終わり、村を発つ日。ノーラは、腕輪をはめた手で、ミーナの袖を引いて、言った。
「おねえさん。あたし、決めた。おっきくなったら、冒険者になる。……で、あたしみたいな子のところに行って、腕輪、配るの。」
「……上等。」
ミーナは、11歳の頭を、ぐしゃりと撫でた。
「その頃には、師匠の技ってことに、しといたげる。」




