砂時計の街角
――カンタヴィア 職人街
謁見待ちの日々、悠仁は、カンタヴィアの職人街を歩いた。
音の都でないことは、工房街の風景を、独特なものにしていた。鍛冶の槌音がない(金属加工は郊外の指定区画のみ)。木工の鋸音は、布で覆った作業場の中。そして、その代わりに、この街で栄えている工芸が、あった。
砂時計である。
職人街の一角、砂時計工房が、七軒、並んでいた。大小の硝子の器。流れる砂の、白、金、薄紅。この国で、砂時計は、時計塔の鐘の代わりだった。鐘は、鳴るから。
工房の並びは、硝子の店先がどこも西向きに切られていた。夕方の光が斜めに入ると、七軒分の砂時計が一斉に琥珀色に灯る。職人街に灯りの祭りはないが、この一刻だけは、通りがかりの誰もが少し歩を緩めた。
「——旅のお方、うちの砂は、いい砂ですよ。」
老職人が、店先で、小さな砂時計をひっくり返して見せた。砂の落ちる音すら、しない。極限まで丸く磨かれた砂は、硝子の中を、絹のように流れた。
「コスタルーナの浜の砂を、三年、水で磨いて、この滑らかさを出します。砂時計というのはね、お客さん、音を立てずに時を計る、唯一の道具なんです。この国で、どれだけ大事にされてきたか、分かるでしょう。」
店の棚には、大小の砂時計に混じって、料理用の小さなもの、祈りの長さのもの、それに「言い合いの時計」なる品があった。夫婦喧嘩の際にこれを流し、砂が落ちる間だけ交互に喋る取り決めの道具だという。静かな国は、喧嘩の道具まで静かだった。
工房の奥の棚に、ひときわ大きな、古い砂時計があった。砂は、入っていない。空の、硝子だけ。
「……あれは?」
「あぁ。……あれはね、弔いの時計です。」
老職人の声が、少しだけ、変わった。
「この国の古い習わしでね。人が死ぬと、その人の生きた年の数だけ、砂を量って、あの形の砂時計に入れて、葬式で、一度だけ、流すんです。その人の時間が、ぜんぶ流れきるのを、皆で、黙って見送る。……六十年生きた人なら、六十杯分の砂。流れきるのに、半日かかることもある。」
「……いい弔いですね。」
「えぇ。……あの空のは、二十年前に作って、まだ、砂を入れられていないやつでしてね。」
老人は、それ以上、言わなかった。量ることを許されなかった誰かの時間が、あの空の硝子の中に、二十年、溜まっているのだった。
「……いつか、砂の入る日は、来ますか。」
つい、そう聞いていた。老職人は空の硝子を布で拭いて、棚の元の位置へ、静かに戻した。
「注文は、二十年前から、預かったままです。……砂はいつでも量れるように、してありますよ。」
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――カンタヴィア 宿「白鳩亭」 台所
白鳩亭の女将は、無口だが、飯の量が多い。
そして白鳩亭の台所には、主が二人いる。一人は女将。もう一人は、竈の隅で丸くなっている、手のひらほどの火蜥蜴——ブラゼルナだ。
体温が熾火ほどある、竈の火種の生き物。イグナロートの魔法が普及した今でも、古い宿の台所には、たいていこの子がいる。「魔法より機嫌がいいからね」というのが、年寄りたちの言い分だ。餌は灰。仕事は、朝いちばんに竈へ潜って、火を起こすこと。あとは一日、あたたかい場所で寝ている。
「この街じゃね、嫁入り道具に、実家の竈のブラゼルナの子を一匹、持たせるんですよ。」と、通いの下女が教えてくれた。「火の通った竈を持たせる、って言ってね。新しい家の最初の飯が、実家の火で炊ける。……いいでしょう?」
ミーナは、その晩からこの火蜥蜴に「ぬくこ」と勝手な名前をつけて、毎晩、灰を差し入れるようになった。
ところで、その通いの下女は、夕方になると決まってこう言って帰っていく。
「それじゃ、鐘が三つ鳴る前に、戻りますんで。」
ある日ミーナが、ふと聞いた。「ねぇ、鐘って、どこの?この街、鐘、鳴らないでしょ。」
下女は、きょとん、とした。
「……そういえば、そうですねぇ。あたしが生まれた時には、もう、言うだけの言葉でしたよ。おっかさんも言ってたし、おっかさんのおっかさんも言ってた。……鐘?さぁ。どこの鐘なんでしょうね。」
静謐法より古いのか、静謐法が黙らせた鐘なのか、誰に聞いても、分からなかった。言葉だけが、鐘より長生きをしている。
白鳩亭の飯は、うまい。理由は、まだ誰も知らない。ミーナが夜食のたびに台所へ通ううちに、それを知る夜が来るのだが——それは、もう少しあとの話である。
弔いの砂時計(風習)
コレスタニアの伝統的な葬送具。故人の享年と同数の「砂杯」を大型の砂時計に納め、葬儀で一度だけ流しきる。砂の流下は「その人の時間の見送り」とされ、参列者は流れきるまで沈黙で立ち会う。




