ステラの帳面・その二十六 無音の宿の欄
――カンタヴィア 宿「白鳩亭」
『宿代。白鳩亭、六名、二食つき。相場よりやや高い。理由、飯がうまい。うまい理由は、調査中。調査費、宿代に含む。含めてしまえば、調査は道楽ではなく、業務である。』
調査のため台所の隅で帳面を付けていると、ミーナが竈の前にしゃがんでいた。手の上に、灰。竈の火蜥蜴——ブラゼルナが、のそりと首を伸ばす。
「ぬくこ、ごはんだよー……あ、ステラ。声、大きかった?」
「……この国の基準で、やや。」
「むずかしいなぁ、この国。」——と言う声が、もう半分の大きさになっている。適応の速さは、隊で一番である。適応の速さを測る単位は、ないので、当帳面では「ミーナ」を単位として運用している。本日の私、〇・三ミーナ。
火蜥蜴の雇用条件を、帳面の隅で検討した。餌、灰。餌代、ゼロ。仕事、火起こし。労働時間、不明(寝ているのか働いているのか、外見から判別できない)。理想的すぎるので裏を疑ったが、裏は、なかった。世の中には、裏のない良い話が、たまに、ある。たまに、しか、ないから、あった時に書いておく。ミーナの差し入れる灰の出どころは、うちの竈である。帳簿上、寄付。寄付先、蜥蜴。当帳面初の記載である。初の記載の欄は、字が、少し楽しそうになる。筆の癖である。直さない。
『私事の欄。声の小さい国の帳面は、頁をめくる音まで、小さくなる。気のせいではない。手が、覚えるのである。以上。』




