葡萄畑の犬
――カンタヴィア街道 葡萄畑の村
首都への道中、一行は春摘みの葡萄畑の村で一晩の宿を借りた。この国の畑には、春に若房を間引く「春摘み」の季節がある。
宿代の代わりに、畑仕事を手伝う。旅の常道である。そして、コレスタニアの葡萄畑で、彼らは、この国の畑の「番人」に出会った。
灰色の、大きな犬である。
畑の畝の間を、のっそりと歩く犬たち。吠えない。まったく、吠えない。だが、鳥が実を狙って降りると、犬は無言で、そこにいる。ただ、いる。それだけで、鳥は、諦めて飛び去った。
畑仕事の手伝いに入った一行の間を、灰色の犬たちは一頭ずつ検分して回った。悠仁の前で立ち止まり、カインの匂いを長めに嗅ぎ、フェリスの前では、犬と一匹はしばらく無言で向かい合った。どちらも鳴かないまま何かの話がまとまったらしく、以後フェリスは畝の間で堂々と昼寝をするようになった。
「……見事なもんだな。吠えない番犬か。」
「モルソっていうんです、この犬。」
村の娘が、教えてくれた。
「この国の犬は、みんな、吠えないように躾けられて……というのは、半分で。モルソは、もともと吠えない犬種なんです。昔々、静謐法より、ずっと前から、この土地にいる犬で。吠える代わりに——立ち方で、語るんです。」
娘の解説は、犬好きのミーナを、夢中にさせた。尻尾が上で耳が前なら「警戒」。前脚を揃えて座れば「異常なし」。そして、伏せて動かない時は——「悲しいことがあった」。
「悲しいこと?」
「はい。モルソはね、家の人が死ぬと、三日、伏せるんです。畑の隅で。……うちの祖父の時も、そうでした。誰も教えないのに、あの子たち、分かるんです。」
夕食の席で、村の古老が、その続きを、話してくれた。
「……この国が歌を失くした20年、いちばん割を食ったのは、実は、モルソかもしれん。」
「犬が、ですか?」
「昔はな、収穫の歌があった。畑仕事の歌が。モルソどもは、歌が始まると、畝の間を、嬉しそうに走り回ったもんじゃ。……歌が消えてからは、あやつらの走る合図も、消えた。人間の決めた静けさに、いちばん律儀に付き合うてきたのは、あの犬どもよ。」
「……なぁ、爺さん。もし——もしもの話だ。いつか、歌が戻ったら。」
杯を置いて、古老はしばらく黙った。
「……走るかのう。」
畑の方を見る目が、少しだけ、遠くなった。
「走るじゃろうなぁ。あやつらは二十年、律儀に待っとる側じゃからな。歌の方は忘れても、走り方の方は、忘れとらんはずじゃ。……わしらより、よっぽど、諦めが悪い。」
モルソ(環境生物)
コレスタニア原産の大型犬種。ほとんど吠えず、姿勢と立ち位置で意思を伝える。葡萄畑の鳥害・獣害対策に古くから飼われ、「畑の静かな番人」と呼ばれる。家人の死に際して数日伏せる習性が知られ、土地の弔いの風景の一部となっている。




