申告代行屋
――コレスタニア国境 関所前の宿場
関所を抜けた最初の宿場で、悠仁達はこの国ならではの商売を見た。
申告代行屋である。
宿場の軒先に、小さな机と看板。『持ち込み品の申告書類、代行作成。歌集・詩集の判定、相談無料』。机の主は眼鏡の初老の男で、客の荷を検めてはすらすらと書類を仕立てていく。
机の上の道具は、みごとに使い込まれていた。文鎮代わりの丸石、指の形に凹んだ吸取器、そして判定に迷った時だけ取り出すらしい、紐で綴じた手製の判例集。表紙は手擦れで題が消えかけ、頁の角の膨らみだけが、よく引く場所を教えていた。
「……需要、あるんですね、この商売。」
「ありますとも。」
代行屋は、手を止めずに、答えた。
「旅のお方。『朗唱を目的とした文書』の判定が、素人にできますかな。たとえば——恋文は、どうです。」
「恋文?あれは、その、私信でしょう。」
「韻を、踏んでいたら?」
代行屋は、眼鏡を、光らせた。
「韻文の恋文は、判例上、『詩』です。詩は申告対象。未申告で見つかれば、没収の上、始末書。……去年、それで婚約者への文を没収された若者がおりましてな。私が『韻は偶然の一致』とする嘆願書を書いて、取り戻しました。手数料、銅貨40枚。彼の人生で最良の銅貨40枚だったと、今でも礼を言われます。」
聞けば、この男、元は検閲局の下級書記だという。定年ののち、「検閲の内側を知る者」として、旅人と法の間の通訳を始めた。国はこれを、黙認している。
順番を待つ客は、旅人ばかりではなかった。土地の者らしい老婆が、孫からの文を膝に載せて座っていた。読んでもらいに来たのか、検めてもらいに来たのか。多分、両方なのだろう。この国では、その二つが同じ意味になる場合がある。
「……国も、ですか。取り締まらずに?」
「取り締まる理由が、ありません。私のやっているのは、法を破らせない商売です。……それにね、お若いの。」
代行屋は、少しだけ、声を落とした。
「検閲局で三十年、書類を検めて、分かったことがある。言葉を検める仕事のいちばんの毒は、言葉が嫌いになることです。私はそうなる前に、辞めた。いまは言葉を、通す側の仕事をしている。……同じ書類仕事でもね、心の目減りが、まるで違う。」
ステラが、その言葉を、帳面に書きつけた。代行屋は、その手元を覗き込んで、にやりと笑った。
「お嬢さん、その帳面——国内では、表紙に『私的記録』と書いておきなさい。無料の助言です。私的記録は、検閲対象外。……この国で暮らす知恵の、いちばん最初の一頁ですよ。」
申告代行屋(商売)
コレスタニア国境の宿場に多く見られる代書業の一種。静謐法の申告書類の作成代行と、持ち込み品の「朗唱性判定」の助言を行う。従事者の多くは検閲局の退職者で、手数料の相場は書類一件につき銅貨30〜50枚。




