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ウォームアップ②

ギイィンッ!!


カインの盾とミーナの短刀が火花を散らす。


(チャンスだっ!)


フルールは一瞬ミーナに気を取られて蔓の制御を手放した。悠仁は動きが止まった蔓の射程範囲外へと退く。


「夜天を揺蕩う辰星よ 其の妖光は全てを見通し 何人も深い眠りへ誘う」


一瞬の隙を突いてアリスが詠唱を完成させる。


「フェイント」


一瞬にして悠仁の周りに鶸色の煙が漂う。無意識に行われる呼吸は微量だがそれを体内へと取り込んでしまう。


「うっ…」


(くそ…。急に眠気が…。)


「ガストッ!」


ステラの声がしたと思ったら、悠仁の体に衝撃が走る。朦朧としていた意識では何が起こったのかわからないが、どうやら空中に飛ばされたらしい。


「ナイスアシストッ!」


ミーナの元気な声が聞こえる。どうやら悠仁を襲った衝撃はアシストだったらしい。悠仁は地面に体を強かに打ち付けて転がる。その痛みでなんとか覚醒した。


「つつ…」


「いいところだったのにぃ!」


「私がこちら側にいるんだから、そう簡単にアタッカーに攻撃はさせない。」


少し口を尖らせるアリスに、余裕な表情でステラが応える。肝心の悠仁は味方の攻撃でダメージをくらっているのだが。


「余所見してるとー?」


ミーナの悪戯心のこもった声が聞こえる。ギリギリと音が聞こえるくらいの力で弦を引き絞っている。


「あぶないよっと!ペネトレイションッ」


ミーナが一本の矢を放つ。東雲色の弾道を描くその矢はミーナのスキル効果ではなく、矢自体に効果があることが分かる。


「あっ!!」


アリスが声を上げる。


「ふっ!!」


しかしその声が苦痛を帯びる前にフルールが矢を叩き落とす。と、思われたが。


パシンッ!


フルールが凄まじい速度でアリスを射抜こうとしていた矢を短剣で叩き落とす。しかし、小気味いい音がして、フルールが弾いたはずの矢が三方向に分かれてアリスを襲う。


「そんなっ!…とでも言うと思いましたか?」


フルールは口元に不敵な笑みを湛えて、3本に分裂した矢を全て叩き落とす。が、味方のことを分かっているのはフルールだけではない。


「あんたが叩き落とせることは、分かってるって!」


その矢を追うようにミーナが接近してきていた。


弓は捨て、短刀のみを装備し軽量化を図っている。矢を弾くことに全力を注ぎ、硬直したフルールの脇を通り抜けて鋭い斬撃をアリスに与えようとする。


「させるかぁぁあ!!」


そしてその更に後ろには大剣を振り下ろすカインの姿。


「かかったな。」


そんなカインを、悠仁が作り出した5本の氷槍が襲い掛かろうとしている。皆が皆、味方の行動を読んだ結果起きた混戦。ついに決着がつくと思ったその瞬間。


ビーーーーーーーッッ!!


けたたましい音量のブザーが室内に鳴り響いた。ブザーの音に掻き消されるように氷の槍は全て消え去る。物理攻撃も、対象との間にクッションがあるようにふわりと受け止められて威力を失ってしまった。


「あーーーーー!!今決まったと思ったのにぃっ!!」


ミーナが悔しそうな声を上げる。


「馬鹿言え、今のは攻撃が届く前に俺がお前を無力化してたっての。」


カインがその声に被せる。


「私のほうが早く攻撃が届いてたわよ。…それにしても、予想はしてたけど、まさかあの矢を全て叩き落とせるってどうかしてるわよ。」


「あはは…、ちょっと力みすぎて次の行動が遅れましたけどねぇ…。」


褒められているが反省点のあるフルールは苦笑いだ。


ブザーの後の言い合いは、勝敗を決めるためではなく、互いの成長を確かめ合うためのものだった。誰の口調にも、ワイバーン戦の影はもうない。体はちゃんと、前を向き始めている。


決着こそブザーに流されたが、悠仁の頭の中ではもう反省会が始まっていた。


(5本同時。……あれが今の限界か。アイシクルパイルの系譜には、確か多連斉射型の上位があったはずだ。『アイシクルヴォルト』——文献さえあれば詠唱は組めそうなんだよな。ついでに雷の精密型……『フルグロス』だったか。点で落とせる雷。あれも欲しい)


覚えたい魔法が増えるのは、旅の予定が増えるのと同じ音がする。


「次はわたし、盾の魔法を増やしたいなって思ってるんです。プロテクションだと大きいのが一枚きりだから……小さい盾がいくつも浮かんで、勝手にみんなを守ってくれるやつ。『ルーメンハルト』っていうらしくて。」


「うぇっ。それ覚えられたら、私の矢が全滅なんだけど!?」


「ふふっ。だから覚えるんですよ?」


「俺の攻撃は見事にアリスに読まれていたしなぁ…。不意を突けると思ったんだが…。」


「えへへ、悠仁さんの考えることはお見通しです。それよりも、まさかステラさんが悠仁さんに攻撃魔法を当てて吹き飛ばすなんて思っていませんでした。」


「……緊急事態だったから。」


ステラは悪びれもなくいうが、悠仁は少なくないダメージを受けている。


「結構痛かったけどな。それでどうだ?模擬戦の成果は。」


「はい、十分だと思います。これなら戦闘も問題なさそうです!…って自分では思っているんですけど、皆さんはどう思いましたか?」


それぞれフルールに対して色々な評価はあるだろうが、その視線は全て悠仁に向けられる。


「…十分じゃないか?これならすぐにでも戦闘で活躍できるだろう。」


「よかったぁ…。」


フルールは悠仁の言葉に安堵していた。


「よし、ってことで…。ついに街を離れる目途が立ったな。」


悠仁は全員に視線を合わせる。


「…実を言うと、領主から色々話を聞いている。ハーダリアは現在も非人道的な実験を繰り返しているらしい。その目的は依然として不明だが、犠牲者は増える一方だ…。俺はただの力ない冒険者だけど、これを許しておくことはできない。一刻も早くハーダリアを止めないと…。」


悠仁は地面に視線を落とす。


「なぁに、色々あったけどよ、やっとここまできたんじゃねぇか。あとは…あとは…どこだっけ?」


「そこはかっこよく決めなさいよ…。残るはコレスタニアよ。」


残るはコレスタニア。セダの南に位置する大国だ。やや閉鎖的な統治が為されているため、コレスタニアについて聞く情報は断片的過ぎて全体像を思い描くのが難しい。



「……コレスタニアなら、少しだけ心当たりがある。」


ステラが小さく手を挙げた。


「灰の図書館の、コレスタニア分館。本館で聞いたことがあるの。魔法工学の国だから、文献の量は本館に次ぐって。閉鎖的な国では、『知って、動かない』人たちの持ってる情報が、一番正確だったりするから。」


「なるほどな。着いたらまず図書館か。…そういえば、カプランドで貰った紹介状、まだ収納の奥で眠ってるな。」


「……大事に持ってて。あれは、いつか、もっと深いところで要る気がするから。」


「深いところ、ね…。わかった、御守り代わりにしておくよ。」


「あと、これは商会で聞いた噂だけど。」


ステラは少しだけ声を落とした。


「コレスタニア方面で、『黒地図』というクランの名前を聞くことがあるって。地図にない場所を、金で売るクランだとか。……本当かどうかは、わからない。ただ、閉鎖的な国でそういう商売が成り立つなら、それだけ『地図にないもの』がある、ということだから。」


「……胡散臭いな。覚えておくよ。」



「そうだ。今週中にここを発つ。コレスタニアも大国だから大聖堂があると思うが、ここでしかできないこともあるだろう。スキル習得を含めてやれることはやっておいてくれ。」


悠仁の言葉に全員が頷く。


「それじゃあ、解散。各々自由行動だ。…アリス、ちょっといいか?」


「はい、物資の調達についてですね。」


「そうだ。ここにリストがある。今から…。」


そういって悠仁はアリスと旅立つにあたって必要な物資の相談を始める。


「じゃ、こっちも準備しますか。ステラ、ちょっといい?」


「……ん。」


ミーナがステラを呼びつける。


「んじゃ俺たちも準備するか。お前の装備も少し手直しする必要があるだろ。」


「そうねぇ。これじゃちょっと余所行きじゃないわね。」


フルールは自分の装備の裾を持って呟く。遠目から見ると気にならないが、近くで見るとかなり傷ついているのが分かる。修繕をしたとしても耐久度は大きく減るだろう。


「退院祝いだ。俺が買ってやるよ。」


「ほんとっ!?じゃあねぇ…」


数日後に迫った旅立ちに備えて、各々準備を進めた。


こうして、長かったカシュカント滞在の終わりが見え始めた。怪我と、喪失と、答えの出ない謎をいくつも抱えたままではあるが、六人はまた同じ方角を向いている。それが何よりの準備だった。

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