胡蝶の夢②
「私、寝ている間に夢を見たんです。」
「夢?」
大変な話かと思ったら夢を見たという報告を聞いて悠仁は少し拍子抜けしてしまった。というよりも、夢を見た報告なんてされたことがない。NPCでも夢を見るんだな、という悠仁の考えを置き去りにして話は進んでいく。
「なんていうか…、言葉にするのは難しいんですけど…。」
「無理するな。ゆっくりでいい。」
フルールは眉間に皺を寄せて、自分の知っている言葉を上手く紡いで説明を始める。
「夢って…、そもそもが夢じゃないですか。現実ではないことを見る、別にそこに疑問はないんです。しかも夢って起きたら夢ってわかって、段々と記憶から消えていく。そんなものですよね」
「あぁそうだな。夢っていうのは大体そんなもんだ。」
フルールの言葉に不自然さを感じるが、まだ頭が働き切っていないのだろう。悠仁は特に指摘することなく話を聞く姿勢をとる。
「もしかしたら、Yujiさん達が話をしていることが夢に出てきただけなのかもしれないんですけど、私もYujiさんたちの世界に行ったような気がして…。」
フルールは少し口元を綻ばせる。
「どういうことだ?」
「えと…。なんか見ていたものが夢っていうのが実感できなくて…。まるで本当に経験していたような…。」
フルールもどう説明していいか悩んでいるようだ。
「そういった夢もあるみたいだぞ。明晰夢とかいうらしい。内容をはっきりと覚えていて、しかも夢の内容を自分でコントロールできるとか。」
「そんなものがあるんですね。…でもそれは夢って感じじゃなくて…。」
フルールはどうにも腑に落ちないようだ。
「…そうだな。具体的にはどんな夢を見たんだ?」
「えっと。そうですね…。サクラが咲いていました、とてもたくさん。まるで空をピンク色の絵の具で塗りつぶしたように。サクラってヴァリエスタの街から北西にある花です。それでおかしな話なんですけど笑わないでくださいね。」
「あぁ、大丈夫だ。」
「…みんな軍人でもないのに同じ服を着ているんです。あっ、男女の差はありましたよ。女性は私が着ている装備の裾みたいなものを履いていました。上着は…そんなに差はなかったです。それで武器はもっていないけど、みんな楽しそうに笑っていました。それで私も同じような服を着ているんです。」
「ほぉ…。」
悠仁も頭の中でその光景を思い浮かべてみる。
(桜の下で同じような服を着た男女が笑っている。しかも少し軍服に似ている…どこかで…)
悠仁もそんな場面を知っている気がする。
「しかも私、昔ヴァリエスタのほうに来たことはあまりなくて、サクラっていうのも文献で知っていただけなんです。だから記憶の追体験って感じではなくて…その…。…とても幸せそうでした…。」
フルールは胸に両手を重ねて置いて、大事な思い出を心にしまうような、そんな素振りを見せる。
「それって…」
「悠仁さーん。」
頭の中に朧気に浮かんだイメージを口に出そうとしたとき、後ろからアリスの声が聞こえる。そういえば待たせていたのを忘れていた。
「あっ、すみません。長々と。」
「いやいい。確かに不思議な話だ。帰ってきたらもう少し詳しく聞かせてくれ。」
「わかりました。うまく説明できるように整理しておきますね。」
「あぁ、任せる。じゃあ行ってくる。」
「はい、行ってらっしゃい。」
言いかけた言葉は霧散し、悠仁の意識からは消えていった。
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――サンドウィッチ屋「一挟入魂」
「ひゃー、混んでるわねぇ。」
ミーナがサンドウィッチ屋の列に驚く。
「ちょうどお昼時だからねぇ。アリスさんは何買うか決めた?」
「えっとどうしよう…。」
「ほらほら早くしないと順番が来ちゃうわよー?」
「もうっ、焦らせないでっ!」
アリスとミーナがきゃっきゃとはしゃいでいる。フルールが無事に目を覚ましたと聞いてから少し雰囲気が明るくなった気がするのは、勘違いではないだろう。
「一応カインの分も買っておくか…。」
いつ帰ってくるかわからないが、きっとフルールの話を聞いたら飯も食わずに飛んでくるだろう。安心した後に急に腹が減る経験は、誰でもしたことがあるはずだ。
「…よかったです。無事に目が覚めて。」
悠仁の横に並んでいるステラが話しかけてくる。
「あぁ。これからどうなるかわからないが、とにかくいい方向に進んでくれた。これもステラがしっかり面倒を見ていたお陰だ。」
「……そんな。特に何もできずに、座っていただけ。」
「…アリスと一緒に昏睡状態のプレイヤーについての情報を集めたり、覚醒についての情報を集めていたのは知ってるぞ。」
「……陰でやってることを知られるのは、どうにも恥ずかしいね。」
ステラは目を閉じて空を仰ぐ。
「あの街でステラが仲間になってくれてよかったよ。…ステラの想像していた旅路とは少し違うかもしれないのが申し訳ないけどな。」
「そんなことない。冒険というのは、平坦ではつまらないの。色々なことがあってこそ、思い出は磨かれて光を放つんだよ。……まぁ、こんな経験をするとは思ってなかったけど。」
「ま、そうだろうな。…あ、そういえばさっきフルールから不思議な話を聞いてな。」
「不思議な話?」
「あぁ、なんでも…。」
悠仁はフルールから聞いた話をステラにも聞かせる。
「そんなことが……。NPCでも夢を見るという話は、聞いたことがある。それが私たちと同じような機序で見ているものなのか、機械的にそういった話をするようにプログラムされているのかまでは、知らないけど……。」
「そうか。」
NPCが夢の話をするのは、別段珍しいことではなかったようだ。
「……それにしても、なんだか学校の入学式みたい。しかも、絵に描いたような。」
「…!」
悠仁は自分の思考が急にクリアになったような気がした。
「そうだ、春の学校…。」
悠仁も遥か昔にそんな経験をした気がする。残念ながら自分の入学式の日は桜はもう散っていて雨も降っていたのだが、一般的な入学式のイメージとはそういったものだろう。
(ただなんで…。)
経験したことないことが夢の中に出てくることは珍しいことではない。しかし、現実世界でありそうなことがそんなにはっきりと夢に出てくるなんてことがあり得るのだろうか。
「……?悠仁?どうかした?」
悠仁はステラの呼びかけに気付いていない。
(ゲーム内の住人であそこまでコミュニケーションが取れること自体が珍しい話なんだ。夢が少し不自然でも、おかしなことはないか…?どこかで現実世界の話を聞いただけかもしれないし…。)
「……大丈夫?」
ステラに肩を叩かれてようやく思考が止まった。
「…ん、あぁ。すまん、何でもない。昔の話だけどな…」
そういって悠仁は自分の高校生の頃の話をステラに聞かせた。ステラが聞き上手なため、悠仁がペラペラと話しているうちにあっという間に受付の順番がやって来た。そして、各々好きなものを注文して、当たり前のように悠仁が荷物を持った。
「それじゃあ帰ろうか。」
「はいっ。そういえば悠仁さん。さっきステラさんと何を話していたんですか?随分真剣に話をしていましたけど…。」
「ん?あぁ、えーっと…。何を話していたんだっけ?」
悠仁はステラとの話を思い出すが、上手く思い出すことができない。
「ちょっと悠仁しっかりしてよー?フルールの次は認知症で悠仁の世話をすることになるのはごめんよ?」
「ほっとけっ。でも、忘れてるってことは普通の世間話だったんだろ、気にしないでくれ。」
「そうですか。」
悠仁を囲むようにして全員で大聖堂へと向かう。悠仁の頭からは、フルールの話が不自然なくらいすっかり抜けてしまっていたことに、誰も気付いていなかった。
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病室の戸は、半分だけ開いていた。
先客がいた。カインである。連絡を見て飛んできたのだろう、椅子にも座らず寝台の横に突っ立ったまま、何か言っては頭を掻き、また何か言っては頭を掻いている。
「——だからよ、その、なんだ。……心配、したんだぞ。三週間ぶんだ。」
「はい。」
「三週間ぶんってのは、その……一日ぶんの、三十……いや、二十一倍で……。」
「ふふ。算数、合ってます。」
フルールが笑うと、大男は真っ赤になって黙った。戸口の五人は顔を見合わせて、誰からともなく、そっと数歩下がった。サンドウィッチの包みからはいい匂いがしていたが、もう少しだけ、冷めてもいい気がした。
たっぷり間を置いてから、ミーナが包みを掲げて入っていく。
「はいカイン、あんたの分。並んで買ってきたのよ、感謝しなさいよね。」
「お、おう。」
大男は包みを受け取って、それから、寝台へ向き直った。
「……フルール。あー……その。おかえり。」
「はい。——ただいま、です。」




