胡蝶の夢①
「ふぅ…」
意図せず漏れる溜め息。最近疲れが取れない。理由はわかってる、HOPEへの連続ログインのせいだ。仮想世界といえど仕様として脳は常に動いている。いくら体を動かしていないとはいえ、3日程の連続ログインを行っていれば限界が来る。
「ゲーム内で寝られるって言っても、疲れは取れないよなぁ…」
悠仁は首と肩をコキコキと鳴らしながら愚痴を吐く。
(だけどまぁ…)
以前に比べて連続ログイン時間が伸びている悠仁達だったが、ここ最近は特に長い。それには理由があった。
(やれることはやらないと…)
現在HOPEの中ではフルールが意識を失っている。回復魔法を専門にするアリスを中心に解決策を探し、試せることは試しているのだが成果は芳しくない。依頼を出し、回復魔法に詳しい他のプレイヤーにも診てもらったが、総じて返事は「起きるまで待つしかない」とのことだった。
ヴー…
携帯電話が振動する。悠仁がその画面に目を向けると、アリスからのメッセージが入っていた。
『悠仁さん!フルールさんの容態に変化がありました!』
「なんだってっ!?」
何も変化がなくヤキモキしていた悠仁にもたらされた急報。目の前に相手がいないにも関わらず大きな声を出しながら立ち上がった悠仁は、外出用の上着を着て家を出た。
玄関の鍵を閉める手が、もどかしいくらいに震えていた。悪い報せなら、アリスはあんな書き方をしない。そう自分に言い聞かせながら、悠仁は施設までの道を急いだ。
――セダ領 カシュカント 大聖堂
「ようこそYuji様。本日も…」
「悪いっ!」
ログイン直後、受付嬢が発する言葉を振り切って走り出す。受付の後ろ、治療室のドアを勢いよく開けた。
「どうなったっ!!」
治療室に響き渡る悠仁の大声、それに反応して数名の医療スタッフが顔をしかめながら振り向いた。
「…っと、すみません。」
ここに運ばれてくるのは自分達で治療できない状態になった冒険者や、やむを得ずここで継続的な治療を受けている者達だ。現実世界の病院で大きな声を出すのとさして変わりはない。悠仁は謝罪の会釈をして部屋の少し奥に見える仲間の下へ向かう。
「すまない、遅れた…。それでフルールは…っ!」
仲間の背中で見えなかったが、近づいた悠仁の目に映ったのはベッドで体を起こしているフルールの姿だった。
「フ、フルール。」
「…?あ、Yujiさん。」
少し呆けていたようだが、悠仁に気が付くとフルールは少し力のない笑顔をこちらに向けてきた。
「よかった…。目をさましたのか…。」
「はい、お騒がせしてすみません。」
「いや、無事ならいいんだ。それで…。」
悠仁は傍にいたステラに視線を向ける。
「……ん。フルールが意識を失ってからの話は、一通り。始めは少し混乱してる様子だったけど、今はしっかり理解してるみたい。」
ステラが冷静に説明してくれる。
「あー…よかったぁ…。」
ステラの反対側にいたアリスもへろへろと体の力が抜け、ベッドの上にいるフルールに乗っかる。
「こんなに長期間意識を失うなんて面目ないです…。」
「いや、そんなことはいい。大丈夫ならそれで。」
フルールは普通の冒険者ではない。ゲーム内NPCなのだ。緊急時には何が起こるかわからない。それがこうやって無事で済んだのだ。それ以上の幸運はなかった。
「そ、そういえば。結構な時間治療を受けてたって聞いたんですけど…。」
急にフルールが慌てだす。
「ん、あぁ。3週間程度だな。」
「ち、治療費ってどうなってますか…。」
あぁ、と悠仁は納得した。自分の状態を聞いたのだから、大体どのような治療がされるかは想像できる。そしてそれによってかかる費用というのも。詳細は聞いていないが、使った薬品などをちらっと見た感じ金貨3桁はくだらないだろう。
「治療費のことは心配いらない。今回のことに責任を感じた領主が払ってくれるそうだ。」
「そうでしたか…。よかったぁ…。」
貯蓄自体はそれなりにある。それこそ全員分合わせれば白金貨数枚分ならあるだろうが、このレベルまでくると怪我の程度も上がってくるため、治療費も跳ね上がってくる。
「そういうことで、治療費の心配なんてしなくていいから治るまでゆっくり休んでてくれ。セダの領主だ。金には困ってないだろうからな。」
これだけ貿易や商売が盛んな街ならば入ってくる税金も桁違いだろう。それこそ1か月で白金貨3桁は固い。
「そうさせてもらいます。実を言うとマナの流れが少し不安定で…。」
「あれだけの魔法を満身創痍の状態で使ったんだ、不安定にもなるさ。」
6小節の魔法。しかもエレメンタリストが使うものであるなら万全の悠仁が使っても命に関わるだろう。
「そういえばカインは?」
悠仁が辺りを見回してもカインの姿はない。フルールの状態を一番心配していたのはカインだったのだが、何かあったのだろうか。
「……カインなら、フルールが目を覚ます少し前にログアウトしちゃったの。たぶん、向こうで寝てるんだと思う。」
一番フルールの傍にいて、メンバーの出入りに一番詳しいであろうステラが教えてくれる。フルールが意識を失っている間、アリスとステラはフルールの身辺の世話、ミーナと悠仁、カインは街での情報収集や食事などの雑務を担っていた。特にアリスとステラは医師からの診察結果などを聞いたり、目で状態を把握するために長時間のログインをしていた。
三週間という時間は、待つ側の生活も静かに削っていた。誰もそれを口にしなかったのは、削られているのが自分達の時間でよかったと、全員がどこかで思っていたからだろう。
「そっか。」
フルールが少し残念そうな声を出す。
「連絡してあるしすぐに来るさ。それよりもフルール、腹とか減ってないか?…っとこの場合食事って…。」
病み上がりで食事をとっていいのか判断がつかなかった悠仁はアリスに目配せするが、様子からするにアリスもわからないらしい。今さっき目が覚めたばかりなのだ、医師にそんなことを聞くことはなかっただろう。悠仁が近くの医師に聞こうと辺りを見回すと目があった白衣の男性が口だけ動かして伝えてくる。
(少しなら)
どうやらこちらの会話は聞こえていたらしい。悠仁は軽く会釈をするとフルールに向き直る。
「少しなら大丈夫みたいだな。何か食べたいものでもあるか?」
「そうですね、それでしたら我儘を言わせてもらって、6番街通りと第3商業地区通用路の交差点に美味しいサンドウィッチ屋があるみたいなんです。そこのサンドウィッチが食べたいですー。」
「よしわかった。いくつか種類もあるだろうし買ってくるよ。」
「……それなら、私も行こうかな。久しく、外を歩いてないし。」
そういってステラが立ち上がる。
「私も生活用品をしばらく買ってなかったですし行きたいです。あ、でも…」
目が覚めたばかりのフルールを一人にすることを躊躇ったのだろう。アリスが困った表情を浮かべた。
「私に構わず行ってきてください。まだ動けそうにないですし。ミーナさんも是非。」
「そう?じゃあ私もついていこうかな。」
「んじゃあ行ってくる。ここからだと遠いから少し時間がかかるだろうから、疲れたら寝ててくれ。」
「はい、お願いします。」
悠仁達がフルールに軽く手を振り歩き出すと後ろから声がかかる。
「あの、Yujiさん?」
フルールに呼び止められる。悠仁が足を止めると、他のメンバーも足を止めるが、悠仁は後から行くと他のメンバーを先に行かせる。
「どうした?」
「呼び止めてしまってすみません。ちょっと伝えたいことがありまして…。意識を失っていた時の事なんですけど…。」
そういって話し始めたフルールの話は、悠仁を驚かせた。




