ステラの帳面・その二十二 歩数の欄
――カシュカント クランハウス
『カイン、療養、八日目。脚、治った、と当人は言う。医師の言、走るのは、まだ早い。本日の実測、歩いた分、六百。走った分、六百強。実測の根拠は、後述する。当人には、根拠から先に突きつけた。』
超過の発覚現場に、私は居合わせた。廊下の端で、当人が満足そうに膝を撫でていたのである。
「……歩数。」
「げ。帳面。」
呼ばれ方が、名前から帳面に変わって、久しい。訂正は、しない。職名で呼ばれるのは、仕事をしている証拠である。
「医師の言、走るのは、まだ早い。あんたの今日、走った分だけで、六百強。」
「なんで分かんだよ!?」
「歩幅と、廊下の往復と、椅子の軋んだ回数。」
軋み、本日、二十六回。往復にして十三。一往復あたりの歩数は、廊下の長さから出る。掛け算である。歩きと走りの切り分けは、軋みの間隔が受け持つ。歩いて戻る往復と、走って戻る往復では、椅子の鳴る間が、違う。掛け算に驚く男の顔は、資料価値が、高い。
観念したカインは、ミーナに椅子へ連行された(連行係は立候補制である。立候補、即日、定員)。連行されながら、「でもよ、数字が増えてくのは、いいな」と言った。増えていく数字の帳面は、たしかに、いい。回復の欄は、当帳面で唯一、超過が出ても叱りながら嬉しい欄である。嬉しさは、記載しない。叱りの効き目が、目減りする。走った分は没収の上、明日から少しずつ解禁するよう医師に掛け合った。結果、成功。私の交渉が花押以外に勝った、記念すべき日である。
フルールの欄は、本日も、白いままである。眠っている者の歩数は、零。零の欄を、当帳面は消さない。目を覚ました日に、まとめて書くと、決めているからである。
『私事の欄。脚が治った日の頁に、丸を付けた。帳面に丸を付ける趣味は、なかった。なかったが、付けた。以上。』




