幕間②
――翌日 カシュカント 領主の居城
悠仁とアリスは衛兵に案内されて、前にも来たことのある応接室にやってきた。
「では、私はこれで。」
「あ、はいありがとうございます。」
衛兵はアリスの返事にお辞儀で応え、再び持ち場へ帰って行った。
「さてと、何の用なんだか。」
悠仁は小さな声で呟きながらドアを3回ノックする。
「入ってくれ。」
中からは領主の声がした。どうやら今度は待っていてくれたらしい。
「失礼します。」
礼儀として挨拶をしながら悠仁とアリスは部屋へ入った。窓の閉められた部屋の中には領主が一人、椅子に座っているだけだった。
「急に呼び出して申し訳なかったな。座ってくれ。」
そういう言葉の端々には少し力がなかった。一応これまでのことで申し訳なさは感じてくれているらしい。これで今までのような高慢な態度で臨まれたら、悠仁だってそろそろ怒り出す頃合いだ。
「はい、失礼します。」
領主の対面に悠仁が座り、その横にアリスが座る。
「それで、今回はどのような用件で?」
「あぁ、連絡したいことがあってな。2つある。ゆっくり聞いてくれ。」
「わかりました。」
悠仁が了承すると、領主は話を始める。
「一つ目は、君たちが倒したワイバーンについてだ。」
「はぁ、何かあったのですか?」
今更何を知ろうとも変わらないのだが。と悠仁は思ったがわざわざ呼び出すのだから何か特別なことがあったのかもしれない。悠仁は領主の次の言葉を待つ。
「まず、勝手ながらワイバーンを解体させてもらった。あれだけの大きさをもつ魔物が死んでいるとなると、その屍肉を食らって他の魔物が凶暴化しかねなかったからな。それで、その過程で手に入ったものを我が城の倉庫へ保管してある。所有権は全て君たちにある故、時間をかけてもいいから倉庫から必要なものをもって行ってくれ。」
「なるほど、わかりました。ご配慮感謝いたします。」
渡したいものとはこれのことだったのか、と悠仁は納得した。確かに収納を持っていない現地の人間からすれば簡単に送ることのできないものだった。もし収納に入れずにワイバーンの素材を送ろうものなら、馬車が何台あっても足りないだろう。
「それと、これは君たちのものだと思うんだが、間違いないか?見たところによると貴重品だと思ったうちの兵が持ってきたのだ。」
そういって領主はテーブルの上に何かを置いた。
「えっと…」
アリスが置かれたものに顔を近づける。
「ん?そんなもの俺たちは…。」
「悠仁さん、これ…。」
目の前に置かれたのは握り拳よりも一回り小さい紫色をした玉だった。透明感があって、一見ガラス製だと思ってしまう。そんなものを持ち込んだ覚えのなかった悠仁は、所有物ではないことを伝えようとしたが、アリスの言葉で喉元まで出かかっていたセリフを飲み込んだ。
「どうした?」
「これは…。あの人たちと同じにおい…、いえ、気配というか…。」
「あの人たち?誰のことだ?」
「私たちにβ、γ、δと名乗った人たちのです…。」
「なんだって!?」
悠仁は思わず大きな声を出して立ち上がってしまった。それをみた領主は驚いた表情をしたまま固まっている。その時、外から声がかかる。
「領主様、いかがなさいましたか?」
ドアの前に控えていた衛兵が急な声に反応して声をかけてきた。領主は表情を戻して答えた。
「いや、なんでもない気にしないでくれ。用があったらこちらから呼ぶ。」
「そうですか、わかりました。」
領主はふぅとため息をついてこちらを向く。
「そんなに驚くようなものなのか?これは。」
「…価値のあるものかどうかはわかりませんが、少し因縁のある相手の所有物だったので…。」
(何故だ…。何故こんなものがここに…。)
(――紫は、こちら側のものじゃない。)
ふいに、ヴァリエスタの外れで聞いた、錆びた声が耳の奥で蘇る。荷車のガラクタ屋——錆び舌のドーラ。あの時は、このローブのことだと思っていた。目の前の小さな紫の玉は、何も語らずに鈍く光っている。
これが何に使うものかは悠仁にはわからないが、アリスの言うように本当にあのレッドキャップ討伐の時に出てきた者たちの所有物であるなら、色々考えなくてはならないことがある。
(そもそも、今回の件だっておかしな話なんだ。)
ワイバーンは、その存在を確認されていることから、未確認の生物というわけではない。しかし、おいそれとその辺りにいないのもまた事実だ。それが、悠仁達がセダに来たタイミングでやって来た。これは本当に偶然なのだろうか。
(もし…もし、あいつらが関係しているのであれば…。)
悠仁はレッドキャップとの戦闘を思い出す。とどめを刺したと思った時に突然やって来た3人組。あいつらがレッドキャップに何かをした途端、レッドキャップは復活して悠仁は命を落とすことになった。その人物たちが関係しているとなると、今回のワイバーン出現は、偶然とは考えにくくなる。どうやったのかは知らないが、悠仁達がここに来ることを知ってワイバーンを差し向けた、そんな考えが脳裏をよぎる。
(そうだ…、あまりにもタイミングがよすぎる…。単なる偶然で片付けていい範囲を超えている…。)
これまであった数々の事件。それらはどれをとっても平凡な冒険者が体験しないようなものだ。一つでも経験すれば、命にかかわるようなことが悠仁達には何度も起きていた。
(つまりこれらは…)
何者かの手によって起こされたことで、それらは全て悠仁達を標的にしているということだ。
(しかしなんのために…。)
悠仁は現実世界で別段目立ったところのある人物ではない。金を持っている訳ではないし、高い地位にあるわけでもない。それはゲーム内だって同じことだ。他の冒険者より特殊な経験はしているものの、大々的な活動をしたわけでもなければ、有名なクランを率いているわけでもない。
(…わからない…。わからないが…。)
結局のところ理由は本人たちにしかわからない。悠仁は思考を中断して顔を上げた。
「すみません、少し考え事をしてしまいました。それで、2つ目というのは?」
「あぁ、そのことだが…。」
領主は懐に手を伸ばして一枚の紙を取り出す。上質紙だ。
「これを渡しておこうと思ってな。」
しっかりと蝋で綴じられた紙を開いて悠仁達に提示する。
「これは…。」
どこかで見たことのある紙だったので、悠仁はまじまじとそれを見つめる。
「これって!?」
アリスが声を上げる。悠仁が丁寧に文字を読み取っていくと、アリスの声の原因がわかった。
「これは、私たちが最初に提示した協力を求める書類…、ですよね?ですがここに書かれているのは…。」
「そうだ、ここにはゼットフォード領主の署名がされている。」
この書類にサインをするということは、ハーダリアを叩く時に国が協力をするということだ。なぜこのようなものがあるのか。
「恐らく『なんでこれがここに』と思っているんだろう。質問される前に答えよう。」
セダは一瞬窓の外に視線を向けてから、再び悠仁の方を向いて口を開く。
「簡単に言えば謝罪だ。今回は私の行いでそちらの仲間に怪我があったと認めざるを得ない状況だったからな。私にできることを考えた結果だ。受け取ってくれ。」
これは言わば国同士の取り決め。セダから一方的に提案したとなればゼットフォードは何らかの条件を提示したはずだ。それでここに書類があるということは、ゼットフォードの要求をのんだということだろう。
「……。ありがとうございます。受け取らせていただきます。」
なんと返したら良いかわからなかったが、悠仁は余計なことは言わず素直にそれを受け取る。
「…まだしばらくいるのか?」
「そうですね。仲間の状態次第ですが…。」
「そうか。組合には私から口利きしておく。何か必要なものがあれば職員に言うといい。それと、私への謁見はアポなしで構わない。もちろん用事があるときには応対できないが、できる限り対応しよう。」
領主への優先的な謁見ができるということは、情報収集や契約時に大きなアドバンテージをもつ。
「ありがとうございます。」
「…いやいい。そろそろ仲間のところへ行ってやるといい。」
そういう領主はなぜか少し寂しそうな顔をしている。窓の外を見つめるその横顔からは、細かな気持ちは読み取れない。
「はい、それでは。」
悠仁とアリスは席を立ち、ドアへ向かう。その背中に力ない声がかかる。
「…フルール、といったか。早く良くなることを願っている。」
悠仁は領主が言葉を言い終わるのを待ってドアを開けた。
城を出ると、日はまだ高かった。懐にはゼットフォードの署名。頭の中には、答えの出ない紫。もらったものの大きさと、増えた疑問の重さが釣り合わないまま、悠仁は仲間の待つ方角へ足を向けた。




