幕間①
――セダ領領主との話し合いから1週間後 セダ領 カシュカント 冒険者統括組合5F クランハウス
「動きはどうだ?」
悠仁は、右脚をこうでもないああでもないと動かしているカインに声をかける。
「ん?あぁ、とりあえず大丈夫…だと思うぜ。動きは問題ないっていうかなんていうか…。」
ワイバーンとの戦闘でカインの右脚は体から離れた。早急な治療によって何とか接合することができたが、一度千切れた脚が完全に元通りになるなんてことはなく、そこには違和感が残ることは間違いない。
「どうした?何か違和感があるのか?」
接合をして1週間。現実世界なら集中治療室に入っていてもおかしくない期間だが、HOPEの世界ではこれが可能だ。しかし、違和感が大きいうちに次の冒険に出かけるのは流石に危険だ。
(仕方ない…。安全第一。カインの脚の違和感がなくなるまではここで…。)
悠仁がカインの脚を考慮した予定を立てようと目を閉じる。
「んー、違和感っていうか…。まだ誰も見せてなかったんだけどよ、見せたほうがはえぇからちょっと見てくれ。」
「ん?おぉ。」
悠仁が閉じていた目を開けるとカインは室内にも拘わらず大剣を取り出していた。
「おいおいおい。室内で振り回すのはやめてくれよ。」
ゲーム内ではあるが当然物は壊れるし、壊れたものは修理費用を要求される。高価な骨董品なんかを置いているわけではないが、カインが一度剣を振り回せば室内にある大抵のものは壊れる。
「大丈夫大丈夫。振り回すわけじゃなくてちょっと走るだけだ。」
「走るって…。」
いくらある程度広いからって走るのはどうかと思ったが、単純に走るだけなら大きな問題はないだろう。
「まぁいい。それじゃその見せたいものっていうものを見せてくれ。」
「おうよ。いくぜ…。」
カインが腰を低くして疾走の姿勢に入る。何を見せるのかと思ったら、それは自然に目に入ってきた。
(……?光?)
カインの鎧から光が漏れている。それだけでも驚きなのに、場所が右脚であるからさらに驚きである。
「むんっっ!!」
腹の底から捻りだすような声を上げてカインが消える。
(は?消え?)
ゴォォッ!!
次の瞬間、悠仁は顔面に空気の塊が叩きつけられて、姿勢を崩す。何も予想をしていなかった衝撃にそのまま尻餅をついてしまった。
「どうだ?」
「どうだって…。」
尻餅をついた悠仁の後ろから声がかかる。同時に聞こえてきた複数のコップが落ちる音はこの際置いておこう。ミーナに怒られる未来もとりあえずは横にどかす。何を言っていいかわからない。消える前の姿勢からして、そしてカインの言葉からして走ったのだろう。速度だけで言えばフルールのそれに並ぶレベルだ。それを重量のある鎧を着た状態で行えるというのは、人外じみている。
「とても病み上がりには見えないな。」
「おう、俺もそう思っているところだ。」
悠仁は様式美として、立ち上がった後に床についた尻を手で払う。
「で?何があった?」
「どうも治療のせいらしい。」
「どうして治療をしただけでそんなことになるんだ…。」
マイナスを0に戻すのが治療であって、医師だって決してプラスにしようとしたわけではないだろう。
「おかしいなと思って聖堂に行ったら、ステータス確認を勧められてな。受付の人の様子も少し変だったんだけど、これを見てくれ。」
カインがステータスが書かれた証明書を悠仁に差し出してくる。
「フォートレス、31ってお前ファイターよりもフォートレスのほうがレベル上がってんじゃねぇか。」
「一応上位職だからもっと上がるのが遅いと思ってたけどな。ギリギリの戦闘が多かったからかもしれないな。」
なるべく命がけの戦闘は避けて安全第一、が悠仁の方針だがなかなかうまく行っていない。そのせいで今回のカインのように命がけの戦闘が頻発してしまっている。常に自分たちよりも強い相手を倒しているとこうなるのかと複雑な気分になりながらそのまま視線を下ろしていくと。
「……。ん?え?お前MGC(魔法適正)こんなに高かったっけ?」
どう考えてもファイター、フォートレスの特性に合わないような数値が記載されていることに気が付く。
「流石に気付くか。そうだ、前にステータスの確認をした時は俺の魔法適正の値は20にいかないくらいだった。」
悠仁もそのように記憶しているが、目の前にある数値は。
「MGC(魔法適正)120…。」
フォートレスは所謂ガチガチの近接職で、その身体能力と強固な精神力を生かした物理的な防御がウリだ。どう考えてもMGCの上昇なんてありえないと思っていた。サブ職があれば少しは関係あるが、カインにはそれがない。
「俺も不思議に思って聖堂の医者に聞いたんだけどよ。なんでも治療に使った魔法糸が原因みたいだってよ。」
「お前…。ついに人じゃなくなったか…。」
「その冗談は冗談になってないからやめろ。」
「ま、それは置いといて。デメリットはないのか?」
「デメリットって言ったら脚が体から離れたことくらいだな。」
「そりゃ大きなデメリットだ…ってそういうことを言ってるんじゃないのはわかんだろ。」
とんでもないことをあっけらかんと言うカインに少々申し訳なさを感じるが、それを出すとまた怒られるだろうと悠仁は何でもない表情をしながら返事を待つ。
「わかってるって。とりあえず今のところデメリットはなさそうだ。」
「それならいい。何かあったらすぐ言えよ。」
「ただいま帰りましたー。」
「帰ったわよー。」
むさ苦しい部屋に爽やかな女性の声が響く。
「おかえり、どうだった?」
「んー、変化なしって感じ。悪化もしてないけど、良くもなってないって。あ、これ市場で売ってたから買ってきたわよ。はいっ。」
ミーナが紙袋から質のよさそうなガラッシュの果実を一つ悠仁に投げてくる。
「おっ…と。サンキューな。」
「いえいえ、後はしまっておくわね。」
ミーナは紙袋を抱えなおして台所へ向かった。
「あ、そっちは…。」
悠仁が何かを言いかけた時には遅い。
「…ちょっと、これ何?」
ミーナは床に散らばっている皿やカップだったものに目を落とす。
「いやー、それは…。」
「あー、それカインがやった。」
カインが誤魔化そうと言葉を口にしたが、それを遮るように悠仁が口を挟んだ。
「ちょっ!お前!」
「観念しろ。どうせ今か後かの違いなんだ。」
「カーイーンー?」
散らばっているカップの中には共用の物だけでなく、ミーナが愛用していたものが含まれていた。
「あのー、ミーナさん?いえミーナ様。これには深いわけが…。」
「その話は向こうの部屋で聞かせてもらおうかしら?アリス、申し訳ないけどこれ、お願いできる?」
「あ、はい。わかりました。」
ミーナはカウンターの上に紙袋を置き、カインの首根っこを掴んで引きずっていく。
「ちょ、自分で!自分で歩くからっ!」
「いいからそのまま引きずられてなさい。」
ゴリゴリと木の床と鎧が擦れる音を残してミーナとカインは奥の部屋へ消えていった。
「カイン…。頑張れ…。」
「あはは…。元気そうでよかったです…。…さてと。」
苦笑いを浮かべたアリスが歩き出して紙袋を持つ。
「あ、俺も手伝うよ。」
「ありがとうございます。お願いできますか?」
「高いところに置くものもあるだろうからな。任せてくれ。」
そういって悠仁とアリスは並んで作業を開始した。
「ステラは聖堂か?」
「はい、しばらく様子を見てから帰ってくるそうです。」
「そうか。様子は…ってさっきミーナが言ってたか。」
「はい、行くたびに一応医師が説明してくれるんですが、特に変わりなしと…。」
「そうか…。」
アリスとミーナはただ買い物に行ったわけではない。主目的は聖堂へ行くことだ。聖堂では今フルールが治療を受けている。
「早く、目を覚ましてほしいな。」
「そうですね…。」
二人の間に少し重い空気が流れる。
ワイバーンとの戦闘の後、集中的に治療を受けたのはカインだけではない。ラースサイレンスという強力な魔法を使った後に、意識を失って倒れてしまったフルールも治療室で治療を受けていた。そしてカインがすぐに意識を取り戻したのに対して、フルールは未だに目を覚まさずにいた。体には特に異常がないというのが医師の診断で、これ以上手の尽くしようがないとのことで、悠仁達は待つしかない状態だ。
「急いでも仕方ない。フルールにはあの窮地を救ってもらったんだ。少しくらい長く休んでもバチは当たらないってもんだよな。」
「そうですね。…そうだ、あのラースサイレンスってエレメンタリストしか使えない魔法の中でもかなり上位の魔法らしいですよ。何でも、ウンディーネがたまたまいた湖で自殺をした女性の恨みを魔法としたものだとか。聖堂に行ったときに図書室で調べたら、持ち出し不可の書架にあった本にひっそりと書いてありました。」
「とんでもない魔法だな…。」
「人の感情をよく理解して、共感するウンディーネだからこその魔法らしくて、使用者は死んでしまった女性の死ぬ間際の苦しみを受けながら魔法の発動をするとか…。」
「うげ…。ストレートに言っちゃえば溺れ死んでしまった人の状況を再現するってことだろ…?つまり使っている時は溺れてるのと同じってことか…?」
「そうみたいですね…。」
「よく知ってた上に、よく使おうと…ってあの時は選んでる暇なんてなかったか。」
その苦しみがあると分かっていても、あの状況を打破する方法があるのであれば悠仁だって同じことをしていただろう。
「一回死ぬような体験をするってことですからね…。フルールさんはよくやってくれたって思います。」
「そりゃ1週間どころか1か月休んでも誰も文句なんて言わないな。」
「これを機にゆっくり休んでほしいですね…。あ、これで最後です。」
話をしながら手を動かしていたらあっという間に荷物の整理は終わった。悠仁は頭と同じ高さにある棚の扉を閉じる。
「よし、これでおしまいだな。…そうだ。実は領主から呼ばれてたんだけど、一緒に来てくれるか?」
「大丈夫ですけど、どうしたんですか?」
「なんか渡したいものがあるとか何とかで、ここまで送ってくれればいいんだけどそういうわけにもいかないものらしくてな。多かったら困るから一緒に来てほしいんだ。」
「わかりました。今からですか?」
「時間はかからないらしいから、こっちの時間があるときに来てくれればいいって。アリス今から時間あるか?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
アリスは紙袋を丁寧に畳んで収納へしまい込む。
「それじゃあミーナさん達に…。」
「だからあんたはっ!!」
「「……。」」
外へ出るので二人に声をかけようとした瞬間に聞こえるミーナの怒りのこもった声。実はカインがミーナのカップを壊すのは今回が初めてではない。お詫びとしてカインが新しいカップを買ったことで事は収まったのだが、2回目ともなるとそうはいかないだろう。
「これは…長引きそうだな…。」
「書置きを残しておきましょうか…。」
アリスと悠仁は書置きを残すことにした。
「……これでよしっと。じゃあ行くか。」
「はい、よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく。」
アリスは歩きだした悠仁の後ろを、つかず離れずの距離を保ちながらついていった。
廊下に出ると、奥の部屋からはまだ説教の声が漏れていた。カインの脚が治り、ミーナの小言が戻り、買い物の荷が棚に収まっていく。フルールの眠りを除けば、クランハウスには日常が一つずつ帰ってきていた。




