領主からの招待②
おおよそはじめにこちらに知らされていた人数だった。杜撰ではあるものの、一応兵は準備していたようだった。
「何があったんですか。」
「現在調査中だ。区画は既に立ち入りを禁止している。辺りは腐臭もすごかったので既に遺体も搬送済みだ。そして不可解な点はいくつもある。」
「不可解…。」
セダは懐から紙を取り出してそれに目を通しながら答える。
「戦闘の跡があったのだが、周りの様子からほぼ一方的に虐殺されたことが分かっている。周りには魔法の痕跡も残されていなかった。どうやってあそこに兵を集めたのかわからないが…、足跡から犯行に及んだのは1人で間違いないことも報告されている。」
「1人で98人を…。」
「あぁそうだ。しかも大規模な攻撃を行ったわけではなく一人一人をしっかりと手にかけていったことが遺体の状況から明らかになっている。しかも短時間で、薬物なども使わず…少なくともこちらが確認できるようなものを使わずにな。」
平均、それ以下程度とは言え、一応は大国セダの兵役に就いている者たちだ。それが98人も集まっていればそれなりの対応はできたはずだし、明らかに一方的、ということはないはずだろう。カインくらいの冒険者が広い場所で補助魔法付きの本気で戦えば鎧に傷がつく程度で済むだろうが、街中となるとそういうわけにもいかないだろう。
「つまりそちらに集合できなかったはずなのだ。それなのになぜうちの兵のことを知っていたか気になったのだが、少し話が一致したことがあってな。」
「一致したこととは?」
「あぁ、実は遺体の装備は全て外されていたのだ。ひとつ残らずな。」
「装備を?」
「あぁ、ただそちらの話を聞いて行方が分かった。どのようにしてそこまで運んだのかはわからないがな。」
その装備を何に使ったかはなんとなく想像がつく。しかし問題はそんなことではない。
「……ひとつ、勘定が合いません。私たちのところに現れた兵は、50人ほどでした。装備は、98人分だったんですよね。」
「そうだ。そこも不可解な点のひとつでな。残りの48人分は、いまも見つかっていない。……まだ使われていないのか、それとも別の場所で既に使われたのか。それすらも、わからん。」
48人分の、持ち主のいない装備がどこかにある。その事実が、部屋の空気をまたひとつ重くした。
「誰がそんなことを…。何のために…。」
「今のままでは全てが憶測にすぎない。何についても判断をすることはできないが、まず言わなくてはならないことがある。」
そういってセダは立ち上がる。
「すまなかった。」
領主が目の前で頭を下げている。あの大国の領主であるセダがだ。悠仁はその頭をしばらく眺めていた。そして何かを諦めるように目を瞑って口を開く。
「…頭を上げてください。謝罪は受け取りました。」
「あぁ、わかった。」
そう言ってセダはまた椅子に座る。
「許してはいませんけどね。こっちとしては大切な仲間が2人も聖堂の治療室行きになってるんだ。」
「わかっている。そちらに関してはしっかりと責任を持とう。せめてもの償いとして、治療費はこちらで全て持とう。」
「かなりの額だと聞かされていますが?」
「私はセダの領主だぞ?そしてこの街を救うために命を懸けたのだ。税をここで使うのに対して文句を言う住人はいないだろう。存分に使わせてもらう。そしてこの街での特別優遇の通商権と特権階級の商人証書も発行しよう。」
「それはありがたいですね。」
それさえあれば、この街での買い物が2割安くなる。これからの旅の準備や他の買い物が随分と楽になるだろう。
「…そして今回の依頼の報酬でもある、ハーダリアに対して、そなたたちが何かをするときには速やかに軍を編成して、助けになろう。領主の名のもとにな。」
「次は兵をしっかり揃えてくれるんでしょうね。」
「あぁ、約束しよう。」
「口だけでは信用できませんね。」
上の人間との口約束程反故にされる可能性が高いものはない。悠仁は収納から署名を書く紙と、インク瓶に筆ペンまで用意して、取り出してセダの前に置いた。ついでに、これでもかと言わんばかりに前に押しやってやった。
「…やれやれ。」
セダは観念したように筆ペンを持って署名を書きこみ、その上に公印を押した。
「これでよかろう。」
セダが紙をこちらに押し返してくる。悠仁は書かれている署名に問題がないかを確認して、それを収納にしまった。
「確かに。では、領主様もお忙しいと思いますので、私たちはこれで。」
そういって悠仁が立ちあがると、つられてアリスも立ち上がり会釈をする。セダも瞼を閉じることでそれに返事をしたのを確認して悠仁はドアへ向かい、ドアノブへ手をかける。
「…本当にハーダリアを打ち倒すのだな?」
セダの低い声が聞こえる。
「えぇ、私は別に正義の味方でも指導者でもありません。ですが、それでもハーダリアの行っていることが正しいことだとは思えない。」
セダからの返事はない。
「…自分がやろうとしていることが正しいかどうか、それを判断してくれる人は誰もいません。ですが、この考えに賛同して、一緒に立ち向かってくれる人がいるのであれば、私はどこまでも進み続けます。」
「…そうか。帰り際に悪かった。行ってくれ。」
「それでは。」
そういって悠仁はドアをくぐって外に出た。
「…人はその者のことを救世主と呼ぶのだ。」
人がいなくなって広くなったはずなのに、少し狭く感じた応接室にセダの呟きが消えていった。
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――カシュカント 大聖堂 ロビー
「ひやひやしましたよ。」
「何がだ?」
アリスが肺の奥に澱んでいた空気を吐き出すように深い溜め息をつきながら悠仁に呟いた。
「なんか悠仁さんがどんどん攻撃的になるんですもん。」
「あぁ…。だってあいつの態度、ムカつかないか?それに全部が全部あいつのせいってわけじゃないけど、こっちにまともな兵を確実に届けなかったのはあいつだし、それが万全だったらカインも大怪我をしなくて済んだかもしれないんだし。」
一度話し始めるとボロボロと愚痴が出てくる。
「気持ちはわからないでもないですけどね…。私も口に出さなかっただけで、気持ちは同じですし…。」
「ま、そうだよな…。」
アリスはワイバーンとの戦闘において一番負担の大きかった役割だっただろう。もちろん直接的な怪我に関しては前衛が受け持っているのだが、魔力の大量消費による体調不良、そしてポーション酔い。ササリの葉を食べてポーション酔いを押さえているにしてもかなりの吐き気があっただろう。それにディバインヒールを使うことによって血液を消費している。ゲーム内で血液を失うことでどのようなデバフが掛かるか悠仁は体験したことがないが、それでも気分のいいものではなかったはずだ。時計持ちということでバフを絶え間なく、完璧なタイミングでかけ続けることができるアリスだが、時計はあくまで時間を教えてくれているだけで、実際に詠唱の時間まで考えて魔法を発動し続けるのは本人だ。相当に精神をすり減らしているに違いない。
(大怪我をしたのは確かにカインだけど…。)
パーチは、誰かが欠ければ途端に瓦解する不安定なクランだ。特にアリスの担う役割は大きく、重要だ。それを文句も言わずに引き受けてくれている。日常的なものになりすぎて、つい忘れそうになってしまう。悠仁はそのことを再確認したら、自然と手が伸びていた。
「わわっ!」
「んぁあ、悪い。」
悠仁の左手は、いつの間にかアリスの頭を撫でていた。
「い、いえ、別に嫌ではない…というか、もっとしてほしいというか…。」
「お、おう…。」
すかさず手を放そうとしたのだが、そういわれてしまっては放すのも失礼な気がして、悠仁は数分間アリスの頭を撫で続けた。
ロビーの喧騒は、二人のいる一角だけを避けて流れているようだった。撫でる手の下で、張り詰めていたものが少しずつほどけていく。労いというのは、言葉より先に手が知っていることがある。
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――大聖堂 治療室
「お、悠仁。」
「えぁ?」
突然呼ばれた自分の名前に上手に返事ができなかった悠仁は間抜けな声で反応してしまった。
「カイン。目が覚めたのか。」
悠仁は安心と嬉しさで綻びそうになる口元を噛みしめてカインの下へ向かう。近づくと、カインのベッドに覆いかぶさるようにミーナが寝ていた。ステラはそれを見守るようにベッド際の椅子に座っていた。様子を見るに、今までカインと話をしていたようだった。
(ま、相当心配してたみたいだからな。)
ミーナが寝てしまうのも無理はないだろう。コルコイ山脈から全力疾走で帰ってきてからずっとカインの傍についていたのだから。
「体のほうはどうだ?」
「ん?おう、特に問題はないな。」
「脚はどうだ?」
「脚…。まぁ問題ないな。」
カインは掛布団の下で両足を動かして見せる、それによってミーナの体が揺れて寝苦しそうな表情を浮かべていた。
「そりゃ何よりだ。お前の脚が取れた時には驚いたからな…。」
「あー、そのことなんだが…。」
カインが少し気まずそうな顔をして頬をかいている。
「ん?何か問題があったか?」
「いや、問題って程じゃねぇんだけどよ。実はあんまり戦闘のことを覚えていないっていうか…、記憶が飛び飛びっていうか…。ステラさんから聞かされたんだけど、いまいち実感がないっていうか…。」
「おいおい…。」
HOPEの世界では常に脳がフル稼働している。それ故にログアウト後はかなり脳の疲労を感じることが多い。時間が長くなればなるほどその度合いは強くなる。しかし、裏を返せばフル稼働している間の記憶というのは、現実世界での生活以上に残っているのだ。それが抜けてしまうということはいろいろ問題がある現象だ。考えられる原因はいくつかあるが、どれもあまり想像したくないようなものだ。
「とりあえず今のところ問題はないみたいだからよ、あんまり気にしないでくれ。…っていうか、あんまり気にされるとそっちのほうで気が滅入っちまいそうだ。」
人一倍無茶をするくせに気にしないでくれというのは、こっちとしても無理難題というものだが、本人がこういうのであればなるべくそう振舞ってやるしかないだろう。
「お前がそういうなら…。でも何かあったら言えよ?治療費に関しては領主が全額払うってことで話はつけてきたから。」
「お!そりゃ助かるぜ!バンバンいい治療薬使ってもらうか!」
「程ほどに…って言いたいところだが今回に限ってはバンバン使ってもいいぞ。」
今回ばかり遠慮する必要はないだろう。むしろこのくらいは許されて然るべきだ。
「それはそうとして…」
「ん?どうした?」
「向こうでの生活についてはどこまで聞いてる?」
「あぁ、その話な。ステラさんから聞いてる。歩くのが大変になるって話だろ?」
ステラが説明したのであれば問題はないだろう。悠仁からの説明は割愛することにした。
「そういうことだ…。辛いと思うけど、許してくれ…。」
カインがこうなったのは、結果的には悠仁のせいだ。カインは悠仁の決定に付いてきているだけで、今回の戦闘も、最終決定したのは悠仁だ。
「だぁー!だからいいっての。俺がいいと思ってお前について行ってるんだから。これ以上言うなら剣の腹顔面ぶったたいてやるからな。」
「…痛そうだからそれはやめてもらうか。」
「そうしてくれ。俺としても病み上がり最初の行動がそれっていうのは疲れる。それで、領主とはどうなったんだ?」
「あぁ、その話だな。」
悠仁は城でセダと話したことをステラとカインに報告する。
「…なるほどな。とりあえず協力の約束は取り付けられたってことか。」
「あぁ、署名も公印も押させたからこれで逃げも隠れもできない。」
「そりゃ何よりだ。これで後は…。」
「コレスタニアとゼットフォードだな。」
ハーダリアを殴り飛ばすために協力要請をしたい国は残り二つ。セダの南西に位置するコレスタニアと、さらに西に位置するゼットフォードだ。
「また同じような依頼だったら…、考えたくもないな…。」
「全員が全員何かを要求してくるとは限らないだろ。…っていうかそうとでも考えないとやっていけないだろ。」
「ま、そうだな。」
「悠仁さん悠仁さん。」
カインと会話をしているとアリスが袖を引いて小さな声で耳打ちをしてくる。
「どうした?」
「…。」
ちょいちょいと指をさす。その方向を見ると船を漕ぎ始めているステラの姿があった。
(そういえば忘れてたけど、全力疾走してないだけでステラもカインの治療中ずっと立ちあってくれていたんだよな…。)
報告を頼んだり、カインの面倒を見てもらったりと、つい頼ってしまったがステラだって人間なのだ。疲れているに違いない。そしてこう目の前で会話をされていては席を外しにくいだろう。カインが無事だったこともあり、つい話過ぎたようだった。
「…その話は少し落ち着いてからにしよう。今日はみんな疲れただろうからこれで解散にしないか?」
悠仁が提案をする。こういう提案というのは立場的に上の人間が行って、積極的に行動しなくてはいけない。
「…はっ…そ、そう、ね。」
悠仁の声で少し覚醒したステラが返事をする。流石に限界のようだった。
「私も賛成です。」
「俺もそうした方がいいと思う。俺は治療で寝てたけどお前らは寝てないんだろ?怪我した俺が言うのもなんだけど、早く休んだ方がいいぜ。」
満場一致で解散の流れになった。
「それじゃ解散ってことで。カインに関しては治療が済むまでこっちから出られないからそこだけは我慢してくれ。」
身体状況の変化はログアウト時に現実世界の体に反映される。つまりこっちで完全に治療をした後でならば、向こうの体に変化はないということだ。既に歩行に障害が出ることは主治医から伝えられているが、その被害を最小限に抑えるためにもカインには治療に専念してもらう必要がある。
「それと、ミーナが起きたらログアウトするように言っといてくれ。ミーナもかなり体力を消耗してるだろうし、一回戻って休んだ方がいいだろう。」
「伝えとく。」
「それと、フルールの様子も見といてくれ。最後に無茶したからな。」
「おう、任せとけ。」
「よし、じゃあ解散だ。俺はまた明日来る。」
悠仁としては特にやることもないのと、カインの容体が気になるので毎日通う予定である。
「私も…、何時になるかはわかりませんが。」
どうやらアリスも来るようだ。ステラは既に船を漕いでいる状態で返事はなかった。アリスはトントンとステラの肩を叩いて覚醒させ、立ち上がるのを手伝った。
「それじゃあな。」
「おう、また明日。」
悠仁たち3人はカインに見送られて治療室から出る。こうして大きな被害を被ったセダ領主からの依頼は完遂されたのだった。




