旅路
――アルテミラ草原 中腹
このゲームにおいて過酷なものは溢れんばかりにあるが、その中でも初心者が洗礼を受けるのが移動である。しかも街と街とを移動するのは非常に過酷であるとされている。それは何故か。街と街が離れているのに、移動手段が馬車か徒歩しかないことが問題なのである。そしてほぼリアルタイムで流れるゲーム内時間。
つまりゲーム内で1日かかるのであれば、現実世界でも1日かかるのである。途中でログアウトもできないこのゲームシステム。全員が休みを合わせなくてはならない。これら全てを満たして、街同士の移動が可能になるのだ。
なのでわりと本当に、文字通り命をかける必要があったりする。幸いヴァリエスタからアリーシャまでは途中で野営を1度挟む2日程で到着するので、まださほど過酷では無いほうだが、長いと3日4日かかったりする。その場合にはもう馬車を諦めて早馬を使う必要がある。荷物を運ぶ方法は他にもいくつかあるが、高価である。
つまり街を移るというのは、この世界では引っ越しであると同時にちょっとした遠征でもある。実際、街道の脇には時折古い車輪や焚き火の跡が残っていて、ここを通っていった無数の旅の名残が地面に薄く積もっていた。自分たちの轍も、今日からその一部になるわけだ。
「二人はアリーシャに行ったことあるんだろ?」
御者をしている悠仁は、荷台に乗っているAliceとミーナに質問をする。
「はい、私は行った事ありますよ。」
「私もあるわね。というかヴァリエスタから行けるのってここくらいしかないわよ。」
「俺は行ったこと無いぜ!」
「んなもんしっとるわ。大体俺と行動してただろうが。」
「あそこはなんというか、異国情緒溢れるところですよね。昔行ったサウジと同じような香りがしますね。」
「いや、私はサウジアラビアに行ったこと無いから分からないけど…」
Aliceに、そうだよね?と言わんばかりに話を振られ、ミーナは戸惑う。
「なんというか、砂っぽいというか…」
「いや、確かに砂っぽくはあるけど、香り…?」
Aliceとミーナには認識の違いがあるようだ。
「どんな特徴があるんだ?街並みとか。」
「そうね、街から出ている道は馬車が通れるように舗装はされているけど、周りにあるのは砂漠と、遺跡くらいかしら。たまにオアシスがあるわね。街の中心にもあるけど。というか砂漠っていう環境自体が生物の生育に適してないわね。」
「街はですねー、白い大理石を使った建物があるんですが、砂風と強い太陽の光で少しぼろぼろになっていて、まるで砂岩を用いたような風体をしていました。それがいい味を出しているんですよね。」
「あーそういえばそうだったわね。っていうかあれ大理石だったのね。」
「そうですよー、といっても私も現地の人に聞いたんですけどね。」
AliceはわりとNPCとの会話を積極的に行うようだ。
「へー、それは楽しみだな!でも嬢ちゃん達は退屈なんじゃないか?」
「「いえ!そんなことはないです!」」
二人の声が揃う。
「うお!どうしたんだよ嬢ちゃん達…。」
あまりの剣幕にカインがたじたじになる。モンスター相手でも一歩も引かない男がたじろいでいる姿は、見ていて面白い。
「あそこはですね、なんと女性に人気のある街なのですよ!」
「ま、行ったらすぐ分かるわよ。あと嬢ちゃんって呼ぶな。」
「へいへい、わるぅございました。にしてもそんなに女性に人気なのか。」
「どんなものがあるんだ?」
「えへへ、Yujiさんにも内緒です!」
せっかく荷台に声をかけたのに内緒にされてしまった。
(なんだ?女性に人気で砂漠の街ってことは、人気の泥パックでもあるのか?)
さすがに女性に人気というヒントだけではなかなか思いつかない。そんな調子でしばらく雑談をしていると、ライン鉱山への通り道に差し掛かる。
「お、ライン鉱山だ。」
悠仁が呟くと、荷台組の3人は幌の隙間から遠くに見えるライン鉱山を眺める。
「おぉ!散々来たけどこう見るとなんだか感慨深いもんがあるな!」
「私はまさかまた来るとは思わなかったけどね。ま、それなりに楽しかったわよ。」
「私もですね、こんど来るときには中層ですね。」
「あぁ、大変だったけど、俺も楽しかった。また強くなってから来よう。」
数分のうちにライン鉱山へ続く道も見えなくなる。
段々と緑は減っていき、高い山も無くなって来た。障害物はないからか、風も思いのほか強いように感じる。
日も暮れて少し寂しげな雰囲気が、風を強く感じさせているのかもしれない。
振り返っても、ヴァリエスタの方角の空にはもう街灯りの明るみさえ見えない。丸一日馬車で走った距離を、体より先に目が理解する。世界は歩いた分だけ広がると思っていたが、どうやら離れた分だけも広がるらしい。
「風が強い夜の砂漠で野宿は危険だ。本格的に砂漠に入る前に野営をして、日が昇ったらまた出発と考えているんだが、どうだ?」
「俺はお前が決めたことなら大体賛成するぜ。」
「そうね、それでいいと思うわ。」
「私も概ね賛成ですが、日が昇るのを待っていたら日中の移動がかなり辛いものになるので、できれば日が昇る直前に出発できるといいと思います。昼間の砂漠の暑さと言ったらもう…。」
Aliceはなにかを思い出したのか頭を抱える。悠仁としても、暑さを逃がせない格好をしているので暑さは勘弁してもらいたいところだった。
「街中に入ってしまえば補正がかかるのか、そんなに暑く無いんですが…。」
「そうなのか。んじゃなおさらだな、この辺で野営をしよう。」
手綱を引き馬車を停める。
「Alice、馬に水と干草をあげておいてくれ。荷台に載せてある。奥にある布がかけられてるやつだ。」
「はーい!」
「カインは焚き火の準備をしてくれ、寝るまでの間の暖をとりたい。ついでに食事もするしな。」
「おうよ、任せとけ。」
「ミーナは周辺の探索と検知を頼む。モンスターの気配がしたら戦闘せず帰ってきてくれ。場合によっては野営するところを変えることもある。」
「わかったわ。」
(さて…)
悠仁は荷台に移り地図を開く。ヴァリエスタの街を昼前に出て、そろそろ7時間ほどになるが、地形と地図を見比べる限り、半分を少し過ぎた辺りだということが分かった。
地図の上の一寸が、体感では半日になる。紙の距離と足の距離の換算率を体で覚えていくのが、旅というものらしい。指でなぞった残りの道のりには、砂色の空白が広がっていた。
(これは他に御者をできる人間を育成するしかないな…)
外では「お馬さんお水ですよー」と餌をあげているAliceの声と、カチカチという石を組み上げるカインの作業している音が聞こえる。
ミーナはまだ戻らない。草原の夜は風の音が絶えなくて、その分だけ人の立てる物音が優しく聞こえる。地図の上に置いたカンテラの灯りが紙の起伏で小さく揺れて、初めての野営は思っていたよりもずっと穏やかに暮れていった。
(あぁ、本当にヴァリエスタを出たんだな…)
まさか自分が2年も過ごしたあの街を出るなんて考えたことも無かった悠仁は、感慨深い気持ちになる。
「さて、俺も料理の準備をするかな。」
おやっさんからの餞別としてもらった食料袋を開くと、一番上に手紙が入っていた。
「あれ、手紙はもらったはずなんだけどな。」
宛名も書いてない便箋を開くと、そこには大きな文字で
『無事帰ってくるんだぞ!死んだら承知しねぇからな!』
と無骨な文字とメッセージが書いてあった。
(まったく、おやっさんらしいぜ)
手紙をそっと収納にしまい、具材の調理に入るのだった。
アリーシャ(地名)
ヴァリエスタの隣にある街。馬車で2日ほどの距離離れている。砂漠の街にふさわしく街の中央にはオアシスがあり、それを中心にバザールが開かれている。その土地の原産品や加工品。また、行商人が持ち込んだ異国の地の品が所狭しと並んでいる。様々な材料が集まるからか、加工品の生産もかなり活発である。




