いざ次の街へ
――翌日 ヴァリエスタ 工業地区
「わぁー、馬車ですよ馬車!お馬さんも可愛いですー!」
予定の時間よりも少し早かったが、4人はジマルの店に来てしまった。初めての自分たちの馬車というものに、予想以上に興奮していたのだろう。店の前に停めてある馬車は昨日とは別物のようで、少し輝いているようにも見えた。
そんな馬車を見て、Aliceがぴょんぴょんと跳ねている。
昨日は裂けていた幌は張り替えられ、腐っていた荷台の板も白木の新しいものに差し替わっている。折れていた段差は直され、金具は磨かれて朝の光を照り返していた。一晩でここまで仕上げるのがどれだけの仕事か、素人の悠仁にもなんとなく想像はつく。商会の人手を借りたと言っていたが、仕上げの丁寧さはどう見てもジマルの手のものだった。
「くっ…」
「…どうしたミーナ。」
「なんでもないわよ…なんでも…」
悠仁が疑問に思いながらミーナの視線をたどると、その視線は飛び跳ねるAliceの、特に胸部の部分に集中していた。
「…。」
「何よその顔、馬鹿にしてるの?」
「いや、なんでもないさ。」
(…はっ!胸部でいえばカイン!)
そう思い、Aliceに近づくカインに目を向ける。
「よかったなAliceの嬢ちゃん。でも嬢ちゃんくらいのレベルなら自分達専用の馬車なんて持ってたんじゃないか?」
あのカインが、揺れる胸部に一瞥もくれない。
(あれ。あの万年発情期と言ってもいいカインがあれをみて反応しないなんて…。というかこれって俺のほうが反応してるみたいじゃないか…。)
悠仁はずーん、という擬態語が聞こえてくるくらい肩を落とす。
「どうしたのあんた。」
「なんでもない…なんでも…」
「パーティー専用の馬車に乗ったことはあったんですけど!自分達で買ったことはなかったですし!それに、それに!」
「はっはっはっ!落ち着けAliceちゃん、馬車もみんなも逃げやしねぇよ。」
Aliceははっと我に返り頬を赤くする。
「ひゃぁ…私ったらついはしゃいじゃって…、お恥ずかしいです…。」
これだけ店の前で騒いでたら店主が出てこないわけもなく。
「おうおうお前さんたち、うちの店の前でそんなに騒がれたら客もよりつかねぇってもんだ。」
といいつつも、その顔は微笑を浮かべている。
「あ、おやっさん。俺達の馬車っていうのはこれで間違いないんだよね?」
「あぁそうだ。商会のほうから人手を借りてしっかりと整備したからよ。しかもおまけで衝撃緩衝材も組み込んでおいたから長旅も多少は楽になると思うぜ。」
「まじかよおやっさん!」
それを聞いたカインが飛んでくる。
「おうよ、この街に居る間は贔屓にしてもらったしな。特にジャイアントバットの翼ではこっちも随分稼がせてもらったぜ。他の鍛冶屋が素材不足で自分で収集に行かないといけない中、俺は大量に仕入れさせてもらったからな。周りの店の数倍儲けがあったといってもいい。」
「いやー!さすがおやっさんだぜ!こういった粋な計らいに関しては右に出るものはいねぇな!」
「はっはっはっ!!褒めすぎだぜ坊主!」
そういってカインの背中をバンバンと叩く。鎧の上から叩いているので、金属音が辺りに響き渡っている。
「カインとジマルさん、ホント仲いいわね。まるで本当の親子みたい。」
「あぁ、そうだな。」
「あの!あの!荷台の中に入ってみていいですか!」
目を輝かせたAliceがジマルに質問をする。
「おう!いいぜ!少し高くなってるから気をつけろよ!」
「はーい!」
そういってAliceは早速荷台へ乗り込んでいく。
「わー!木のいい匂いがします!それに。」
中でAliceが跳ねているのだろう、ぎっぎっという音が馬車から聞こえてくる。
「馬車がクッションの上に乗ってるみたいです!」
「それが衝撃緩衝材の効果だぜ。多少道が荒れているところでも快適に乗っていられる、普通の場所なら寝ちまうかも知れねぇな!」
「すごーい!すごーい!」
幌で見えないが、Aliceが中ではしゃいでいるのが目に浮かんでくるようだ。学生だと言っていたので大学生だろうが、はしゃいでいるAliceはそれよりも随分と幼く見えた。
ぎっ、ぎっ、という軋みに合わせて幌が小さく揺れている。それを眺める大人三人が誰もはしゃぐなと言わないのは、たぶん全員が少し羨ましいからだ。自分たちの馬車。声に出すと気恥ずかしい言葉を、Aliceが体で言ってくれている。
「Yujiの坊主。」
「ん?なんだいおやっさん。」
「これが例の手紙だ。隣町の俺の弟に渡してほしい。テッドっていうんだが、俺と同じ鍛冶師でな。店の名前はオードスミス。連絡事項と、お前達のことを書いておいた。向こうでは面倒を見てくれるだろうよ。」
「おやっさん…、すごく助かるよ。」
「いいってことよ。ただ、お前とも長かったな。初めて会った時は何も信じられないような目をして、パーティーなんて組まないと言っていたお前が…」
ジマルは馬車の前で楽しそうに話している3人を見る。
その横顔には炉の火に長年焼かれてきた皺が刻まれていて、笑うと皺の一本一本が深くなる。悠仁は何か言おうとして、うまい言葉が見つからないまま同じ方向を見た。こういう時に軽口で間を埋められないのが、我ながらもどかしい。
「こんな楽しそうに冒険してるとはな、人生は何があるかわからないぜ。」
「あぁ、俺も想像してなかった。」
「…恥ずかしいから今まであんまり言わんかったが、お前達はなんだか息子みたいに思えててな。」
「…」
「息子が独り立ちして、家から送り出すときってこんな感じなのかってな。」
「俺もさ。」
「ん?」
「おやっさんのことは、何だかただの知り合いって感じはしなかったよ。特にカインは…」
「あぁ。」
「また帰って来るよ。その時は沢山稼いでくるからさ。一緒に酒でも飲みに行こう。」
「…ったく、俺よりも稼ぎのすくねぇ冒険者が何言ってんだか!」
バシン!っと背中を叩かれる。
「おっ…と。」
力強い激励でつんのめった体は、3人の下へ進む。
振り向くと、ジマルが腕を組んでにかっと笑っている。
叩かれた背中がじんと熱い。この2年で何度も叩かれてきた背中だが、今日の一発は他のどれとも重さが違った。餞別というのは、物でなくてもいいのだと初めて知った気がする。
「さーて、御者は任せたぜリーダーさんよ!」
「私は寝たいから頼むわよYuji。」
「寝たいってなんだよ…。」
後ろから袖を引かれる。
「行きましょう、Yujiさん。きっとこれからも楽しいですよ。ずっとずっと。」
悠仁にはAliceの顔が、まるで太陽のように輝いて見えた。これからの旅を暗示しているように。
「あぁ。よし!じゃあみんな乗ってくれ!目的地は砂漠の街アリーシャだ!」
「「「おー!」」」
悠仁の号令で4人は馬車に乗り込む。
手綱を握り、馬に鞭を入れると、荷物と人を詰め込んだ馬車は悠仁の舵のもと動き出す。
初めて握る手綱は思ったより太く、革の張りが掌に馴染むまで少しかかった。車輪が石畳を噛んで、荷台から小さな歓声が上がる。通りの人々が何事かと振り返り、Aliceが誰彼かまわず手を振っていた。
後ろには天に拳を突き上げているジマルが見えた。その姿もどんどんと小さくなっていく。
(そうだ、ここから…)
悠仁とカイン、そしてミーナとAliceの夢見た冒険は、ここから始まる。




