自分たちの
――ヴァリエスタ 馬車乗り場
「っと、着いた着いた。ちょっと待っとれ。」
そういうとジマルのおやっさんは倉庫番の人物と話している。
人待ちの雑踏の向こうで、見覚えのある小さな案内役が別の冒険者の袖を引いているのが見えた。目が合うと、トトはぶんぶんと手を振ってくる。悠仁も軽く手を上げて返した。
「馬車ってどんなものですかねー。」
「うーん…。4人ってことは知ってるだろうから多少はしっかりしてると思うんだが…。」
「まぁなんとかなるだろ!」
「カインはもう少し悪い方向へ考えたほうがいいと思うわよ…?」
そうこうしているとジマルが戻ってくる。
「待たせたな、じゃあ倉庫にあるみたいだから行くぞ。」
ジマルを先頭にして馬車が格納されている倉庫に足を踏み入れる。
「へー、中ってこんなになってるのね。」
「私も初めて入りました。」
「まぁ普通の冒険者じゃ入ることは無いだろうな。俺みたいな鍛冶師は馬車の修繕のために入ったりするんだが。それで…」
一つの馬車の前でジマルが足を止める。
「…これが件の馬車らしい。」
「「「「おおー。」」」」
感嘆の声を上げた後
「これはかなり…」
「ぼろいな。」
「ぼろいわね。」
「あはは…」
4人は口々に感想を口にする。
「俺も少し難ありと聞いていたが、ちょっとこれはなぁ…」
幌は裂け、骨組みが見えてしまっている。荷台部分は左右に人が座れるような段差がついているが折れてしまっているところもあり、荷台自体の木材も腐ってしまっている場所があるようだ。
幸い走行自体はできるように見えるが。
近づくと、乾いた木と黴の混ざった匂いがした。幌の裂け目からは倉庫の梁が覗いていて、長いあいだ誰にも使われずここへ置かれていたことが匂いだけで分かる。それでも車輪の輻には丁寧な面取りの跡が残っていた。作られた時には、きちんと愛された道具だったのだろう。
「車輪、車軸、馬につける馬具なんかは問題ないみたいだな。御者が座る席もとりあえず大丈夫そうだ。ただ荷台部分がなぁ…」
ジマルもこの馬車をみて腕組をして唸ってしまっている。
「おやっさん、これ修繕してもらうとしたらどの位かかる?」
「そうだなぁ。金貨2枚分はかかりそうだが…。ちょっと待っとけ。」
そういうとジマルは倉庫番のほうへいってしまう。
「おいYujiこれどうするよ。」
「うーん…。あんまり値が張るようなら諦めるしかないのと、そもそもこれ買って修繕するってなるなら他の馬車を買ったほうがいい気がするような…。」
「まぁそうなるわよねぇ。」
「どうしましょう…。」
4人も馬車を前にして唸りだしてしまう。
唸りながらも、誰も倉庫を出ようとはしなかった。ぼろは確かにぼろだが、四人で眺めていると、直した後の姿を想像する遊びが勝手に始まってしまう。幌を張り替えて、腐った板を差し替えて、御者台には誰が座るのか。買うと決まったわけでもないのに、頭の中の馬車はもう走り出している。
しばらくしてジマルが戻ってくる。
「おかえりおやっさん。何かあったの?」
「いやな、初めに聞いてた情報と随分違うみてぇだったからよ、どういうことなんだって話してきたところだ。」
「それで結果は?」
「広告に虚偽ありってことを認めたからな、ひとまず馬車代は値引きだ。」
「どのくらい値引きしてくれるって?」
「まず端数の銀貨60枚と金貨1枚は値引かせた。それに馬をつけるようにな。」
「おー、ジマルさん交渉上手ですね!」
ミーナが感嘆の声をあげる。
「よせやい、嬢ちゃんに褒められると照れちまう。」
ジマルは顎鬚を撫でながら得意げにしている。
値引きの額面より、あの短い時間で倉庫番に非を認めさせてきた足取りの軽さが物を言っていた。商いの世界で長く生きてきた人間の交渉というのは、こちらが見ていない場所であらかた終わっているものらしい。
「んでおやっさん、他にもあるのか?」
「あぁ、それとこの件を紹介したのは俺だからな。こんなの見せられてちょっとがっかりさせちまっただろう。」
「まぁ、ちょっとはな。」
「だからこうしねぇか。」
「?どうするんだい?」
「お前らに依頼を発注する。依頼内容は手紙1通の運送。報酬はこの馬車の修繕だ。」
「えぇー!そんな条件…。」
ミーナが驚くのも無理はない。たかだか手紙1通の運送で金貨2枚程度の報酬なんて考えられない。
「いやおやっさん、それは助かるけど、無理してないか?」
「いやまぁ思うところはあるんだがよぉ、ま、ここじゃなんだから外で話すか。」
ジマルに促されて4人は倉庫の外へ出る。倉庫番の男性がしきりに頭を下げていたのが印象的だった。
4人は工業地区のジマルの店に戻ってきた。
ジマルの姿を見たお弟子さんが素早く立ち上がる。
「おかえりなさいませ!」
「おう、今帰った。何か変わりは。」
「1人お客様が来店なさいました。師匠に用事があったようで留守だとお伝えしたら出直すとのことでした!」
「おう、わかった。ちょっと奥の部屋を使うぞ。」
「はい、わかりました!」
「すごく元気がいいですね。あの方。」
「おうよ、最近このゲームを始めたらしいんだが、冒険じゃなくてこっちに興味が湧いちまったみてぇでな。毎日こうしてここで修行しているってわけだ。」
「楽しみ方は人それぞれだから、とてもいいと思います。むしろやりたいことを見つけられたあのお弟子さんは幸せなんじゃないかと思います。」
Aliceが率直な感想をぶつけてくる。
「俺としてはもっと冒険を楽しんできてほしい気持ちもあるんだがなぁ…」
ジマルはちょっと困ったように、でも少し嬉しそうに髭を撫でる。
「よし、こっちだ。」
4人は工房の奥の部屋に通される。
「さて、早速だがさっきの話だ。」
「はい。」
「まずあれは俺が加入している商会のツテで聞いたもんだ。んで、それにあんな虚偽のことが書かれているなんて他に知れたら信用問題に関わる。」
「いや、他に吹聴することはしないけどね。」
「それは分かってる。お前達がそういうことをしないってことはな。ただこれは商会に加入している俺達全員の責任だ。これがお前らじゃなくて他の連中に知れていたら大変なことになったかもしれない。」
確かに。商いは明確な損得勘定と信用で成り立っているものだ。信用がない商人は商売などできなくなる。
工房の奥の部屋は、道具の手入れの油の匂いがした。壁には使い込まれた鎚が大きさの順に掛けられていて、どれも柄が飴色に光っている。信用の話をするのに、これほど似合う部屋もない。壁の道具の一つ一つが、この男の積み重ねてきた年月の証人だった。
「だからこういった形で商会の尻拭いをするってわけだ。」
「でも金をそんなに負担してもらうなんて…、なぁYuji。」
「あぁ、おやっさんに悪いよ。」
「あー、金のことなら大丈夫だ。この情報を流したやつからしっかりといただくからよ!」
「んー…おやっさんがそういうなら…。カインもそれでいいか?」
「まぁ、な。おやっさんに迷惑がかからないならそれでいいけど。」
「おう!こっちのことは任せとけ!じゃあ商談は成立って事でいいか?」
「はい、お願いします。じゃあみんな金貨1枚ずつもらっていいか?」
「でも全員から1枚じゃ足りなくない?」
ミーナが悠仁に確認をする。
「あぁ、それは大丈夫だ。パーティーの資金としてプールしてあるものから出すから。」
「あぁ、そうなのね、なら…はい、これ。」
「ほれYuji、金貨1枚、いやーぎりぎりだったぜ。」
「じゃあYujiさん、これお願いします。」
「はい、確かに。」
(といってもプールしてあるお金は使いたくないなぁ…)
それなら、と悠仁は自身の収納から2金貨を取り出す。
(これなら少しは足しになるか。んでプールした金から金貨1枚を取り出せば…)
「あ、間違って銀貨渡しちゃってました!」
Aliceが思い出したように急に声をあげ、金貨を素早く手渡してくる。
「…え?いやAliceからは確かに…。」
悠仁がAliceの方を見るとゆっくり近づいてきて耳元で囁く。
「…だめですよ、自分だけ大変な思いをすればいいなんて…。」
「…。」
Aliceは悠仁から離れて口元に指を当てウィンクをする。
(まいったな…、本当に年下か…?)
悠仁は6金貨分のお金をまとめてジマルに手渡す。
「あいよ確かに。じゃあ馬車の修繕は俺が責任を持ってやっておく。明日の昼までには出来上がると思うから、その辺りに取りに来てくれ!」
「おうよ!頼んだぜおやっさん!」
「ジマルさんに任せておけば大丈夫そうね。」
「よろしくお願いします。」
4人は店の外に出る。
「一時はどうなるかと思ったけど、とりあえず馬車の件は解決しそうだな。さて、じゃあ今日はどうするか。」
「そうね、もしかしたらこれでしばらく来られないかもしれないから最後にライン鉱山なんてどう?」
「お、ミーナちゃん、ライン鉱山が恋しいのか?」
「そんなんじゃないわよ!…でも、大変だったけど少し楽しかったのは否定しないわ…。」
「ふふ、ミーナちゃんはかわいいですね。」
「Aliceったらー…。」
「そうと決まったらまた馬車乗り場に行くか。今日も気合を入れて、安全志向で行こう。」
「はい、今日も頑張りましょう。」
4人は再度馬車乗り場に向かって歩き出した。
その道すがら、だった。
「失礼、そこの4人組の皆さん!少しだけお時間よろしいですか!」
振り向くと、やたらと羽振りの良さそうな男が立っていた。仕立てのいい上着に金糸の縁取り。胸元には、金色の錠前を象った徽章が光っている。
「あ。この前の、ビラの…」
「ご存知でしたか!クラン『黄金錠』、勧誘担当の者です!最近ライン鉱山の方面でよくお噂を伺うもので。特に——そちらの、回復術士のお嬢さん!」
男の目が、まっすぐAliceに向く。
「その若さでその腕なら、うちでは装備は最新のものを支給、報酬は固定給に歩合付き、寝床と食事はクランハウスで保証します!今より悪いようには、絶対にいたしません!」
まくし立てるような早口だった。悪い人間ではないのかもしれない。ただ、目が笑っていない。あれは値踏みの目だ。
「えっと…」
Aliceは困ったように一歩下がって、それから、きちんと頭を下げた。
「ごめんなさい。私、働きに応じて受け取れる場所を、見つけたばかりなので。」
「…はぁ。いえ、報酬の額でしたら、間違いなくうちの方が…」
「お金の話じゃ、ないんです。」
きっぱりとした返事に男は目を丸くして、それから、悠仁とカインの方をちらりと見た。
「……なるほど。囲い込みがお上手だ。」
「あん?」
カインの声が低くなる。まずい、と思ったが、その前にミーナがすっと間に入った。
「ごめんなさいね、うちの子たち、揃って安月給が好きなのよ。」
「……これは失礼を。ですが、気が変わりましたらいつでも。金の錠前の看板を訪ねてください。この辺りなら、誰でも知っておりますので。」
男は妙に綺麗な礼を一つして、雑踏に消えていった。
「なーんか、疲れたわね…」
「わりぃわりぃ、声出しかけたのは俺だ。んでもよ、大手ってのはああやって人を金で集めてんだなぁ。そういや酒場でも聞いたぜ。世の中にゃ、装備も魔法もわざと縛って、格上にばっか挑んでる変人もいるらしい。ほんと、いろんな奴がいるもんだ。」
「何が楽しいのかしらね、それ…。」
「ふふ。楽しみ方は、人それぞれですから。」
さっきジマルの店で言ったばかりの台詞を、Aliceがいたずらっぽく繰り返す。
(金で人を集める大手に、縛りで遊ぶ変人、か。広い世界だ。)
ただ——あの値踏みの目がAliceを見ていたことだけは、少しだけ、胸の隅に引っかかった。
「耐久度」(システム)
HOPEの世界のアイテムには特別な物を除き耐久度が設定されている。その耐久度が下がっていくと外観や性能に影響が出始める。0になると完全に壊れたとみなされ、回復不可能になる。
壊れないようにするには耐久度の回復を行う必要がある。武器なら武器屋、防具なら防具屋のようにそれぞれの対応する場所へ持っていって耐久度の回復をしてもらう必要がある。修繕の度に耐久度の最大値は減少していき、最終的には修繕ができなくなってしまう。修繕の際の最大値の減り幅は鍛冶師のスキルレベルに依存する。どの鍛冶師が打ち直しても耐久度は減少していくので、長期的に見て修繕費が新しいアイテムの購入費を越えるようになったら武器や防具の買い替え時である。




