対ワイバーン⑦
ヒュゥゥゥ…
「!?」
空を見た瞬間、ワイバーンが降下してくる。
(…ん?でも…。)
見るからに速度がない。上空からの降下は毎回高速度で行い、攻撃に使うのだが、今回はそれがない。前衛の3人も通常とは違う行動に警戒して近づこうとしなかった。
ブオォッ…。
これが通常の着地なのだろう。滑らかなランディングをした雌のワイバーンは、こと切れている伴侶に近づいた。
『クルルルルルル…。』
悲しい。それが第一印象で、それ以上でも以下でもなかった。人間とは全く違う生物で、言葉も違うのに、それだけは伝わってきた。喉の奥から零れるその音は、低く、細く、震えている。
「……。」
だがここでは弱肉強食。そして何があるかわからない。悠仁達だって餌として捕食されそうになった身だ。タイミング、実力、運。戦況を左右するものはたくさんあり、それの全てを掌握することは困難だが、最終的に立っていたものが強い、それが戦場だ。
『………。』
死体に覆いかぶさって、まるで大事なものを守るようにじっとしている。先ほどまで剣も魔法も通さなかった硬い外皮が、今はただ、冷たくなっていくものへ寄り添うためだけの殻に見えた。
「……。」
誰も声を出さない、攻撃もしない。今のワイバーンは隙だらけで、客観的に見ればどう考えても攻撃のチャンスだ。だが、死者を悼んでいるその瞬間だけは、どうしても攻撃をしようという気にはなれなかった。それは悠仁だけではなく、全員がそうだったようで、その中にはフェリスさえも含まれていた。
カインも、剣を構えたまま動かなかった。その横顔から、いつもの軽口の気配が消えている。何を見ているのか、誰を思い出しているのかは、誰にもわからない。ただ、その沈黙だけが、いつもより少し長かった。
スッ。
どれくらいの時間がたったのだろうか、ワイバーンが首を擡げた。とても自然な動きだったため、それが合図になって時間が動き出したようにも感じられた。
『グルルルル…。』
「……。」
皆静かに戦闘態勢を整える。猶予の時間が終わったことを表していた。ワイバーンもすぐに攻撃に移ってこないのは、こちらへの敬意だろうか。
「……ぁ」
ブオォォォッ!!
アリスが構えていた杖に魔力を注ぎ込んだ瞬間、ワイバーンが飛び上がる。口を動かして魔力を注ぎ込んだだけで、体は何も動いていない。恐らくワイバーンはローブ職と同じで、魔力の流れ察知できるのだろう。
「コンフューズ!!」
その隙を見逃さなかったステラが、コンフューズのスクロールを使用する。
ドッドンッ。
どうやらタバルの提案はどちらの個体にも通用するものだったようだ。ワイバーンは空中へ行くのを諦めて地面に足を下ろし、振り向いた。その双眸の奥に、先ほどまでの悲嘆とは別の、煮え立つような怒りが灯っていた。
「さぁ、最後だ。空はこっちがもらった。カインッ!」
「おうよっ!!任せとけっ!!」
その返事は、いつも通りに戻っていた。少なくとも、声だけは。
ドンッ!!
地面に穴が空く程の力で踏み出したカインは、それこそスピードスターの二人に匹敵する速度で距離を詰める。
「一閃ッ!」
ガギャンッ!!
金属同士がぶつかる音がする。ワイバーンを見ると右足の爪が一本吹き飛んでいた。空中をくるくると回ったそれは、ドスンという音を立てて地面に落ちる。
「かってぇっ!!」
ワイバーンの足元で声が聞こえる。カインが持っている大剣はジマルの作った業物だ。それを使った渾身の一閃だったので、もう少し攻撃が通ると思ったのだろう。腕に走った痺れに、カインは舌打ちを噛み殺した。
『ガァッ!!』
「だから余所見はするなっていったでしょっ!!」
「うぉぁあっ!」
ワイバーンは爪を飛ばされた右足を振り上げて、カインを踏みつぶそうとした。もしカインが単身だったなら、その攻撃は通用していただろうが、カインの両サイドには頼りになるおもりが付いている。ワイバーンの攻撃を見切ったフルールがカインの右肩を蹴り飛ばして、ワイバーンの攻撃範囲からカインを遠ざける。蹴り飛ばされたカインは間抜けな声を出して地面を転がったが、何をしてもらったのかをしっかりわかっているようで、転がりながら体勢を整えて再び走り出し、悠仁達の前に立ちはだかる。
「助かったっ!」
「次はできないかもしれないから気を付けてよね!っと!!」
ゴォォォ!!
「プロテクションッ!」
魔力の流れを読めるのはワイバーンだけではない。こちらにはエレメンタリストとカーディナルがいるのだ。アリスはワイバーンの次の手を読み切って、既に詠唱を終わらせていたプロテクションを発動してカインを含めて攻撃を防いだ。ミーナとフルールは、その速度で攻撃範囲外まで退避していた。
(よし…。)
攻撃はどれもまともに食らったらそれだけで致命傷になるものだが、上手く躱しきれている。特に指示をする必要がなくなったと判断した悠仁は、杖を構える。
「哀糸が奏でる音色のように 奴らに悲鳴を上げさせろ 来たれ流星 泡沫の夢を創れ」
痛い目を見たこの魔法を自分で行使するのは不思議な気分だが、今はただ手に握られた杖に魔力を注ぎ込み、振りぬく。
「イミテーションコメット!」
ガラガラガラと音を立てて、地面から軽自動車の半分ほどの大きさをした岩石5つが浮き上がる。その内部からパキパキと音が聞こえたと思ったら、次の瞬間には発火していた。
「わぁ。」
ちょっと間の抜けたアリスの声が聞こえる。全員が見たことあるこの魔法。以前レッドキャップと戦闘をした際にレッドキャップが使ってきた魔法だ。物理攻撃と魔法攻撃の中間に位置するこれは、非常に対処が面倒な魔法だ。
「ふっ!!」
杖を振って射出する。個数を増やしたためレッドキャップほどの速度で打ち出すことはできなかったが、それでも地上に降りたワイバーンの体を捉えるには十分な速度だ。人が走るよりも速いそれは、十分な威力を持ってワイバーンに襲い掛かる。
ドドドドドンッ!!
『ギャァァァァァアアア!!』
ワイバーンが悲鳴を上げる。イミテーションコメットを全て食らったのなら無理もない。いくらワイバーンだろうと、それなりのダメージが入っただろう。
(恐らく2…いや、3小節以下は無駄だな…。)
3小節以下の魔法では相当効果的な場面で、上手に当てない限り十分なダメージが与えられないことは、今までの戦闘で分かっている。これからは消耗が大きい4小節の魔法以上を使う必要があることが予想された。
「きついが…。」
自分よりもきついメンバーはほかにもいる。特にアリスは補助魔法を常に使い続けているため、相当な負担のはずだ。悠仁はアリスを横目に、ササリの葉を奥歯で磨り潰した後にマナポーションを飲み干す。喉の奥に苦みと甘ったるさが同時に広がり、こめかみがずきりと脈打つ。アリスよりも少ない本数しか消費していないのに、既に軽いポーション酔いの症状が出始めている。きっとアリスは悠仁よりもふらふらなのだろうが、それでも集中力を切らさないで防御と補助を続けている。
(俺も…。)
負けてられない。悠仁は気合を入れなおして、魔導書と杖を構えた。
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――1体目討伐から25分後
「っはぁっ…はぁ…くっ…。ステラ!残りは!?」
「あとこれだけです!」
「くそっ!」
誤算だった。
(どうやって動いてんだよ…!?)
ワイバーンに攻撃は通っている。ダメージも確実に蓄積されているはずだ。その証拠に、既に足の爪は1つを残し全て破壊しているうえに、右翼の翼膜は既に破れている。これでは飛行は困難だろう。硬い外皮にも大きな傷がいくつもできているが、それが増えることがなくなってきてしまっている。
(原因はわかってる…。)
こっちの持っているカードがもうほぼないのだ。雌のワイバーンには多くの手札を公開してしまった。しようとする攻撃は悉く先読みされ、防がれる。物理攻撃もかなりの確率で弾かれてしまっているようだ。まるでこちらの手の内を、悲しみの底でじっと数えていたかのように。
(このままだと…。)
持久戦に持ち込まれたらこちらに勝ち目はない。相手はワイバーン、その体力は人間のそれを遥かに上回る。それが中級冒険者5人であったとしてもだ。
「…っ!!」
ブオンッ!!
尻尾による攻撃をミーナが鎧すれすれのところで回避する。そしてできる隙を見逃さない。
「焦ったわねっ!」
ミーナが尻尾伝いにワイバーンの体を駆け上る。向かっている方向は頭部。決定打にかけているのはミーナもわかっているどころか、痛感しているだろう。自分の攻撃が悉く防がれているのだから。もしかしたら、それすらも計算の上だったのかもしれない。
「これd……っ!!」
ミーナがワイバーンの頭部に向かって距離を詰めるために跳躍をしようとしたその時、ワイバーンはその足の力を逃がすように首を動かしたのだ。完璧なタイミング。ミーナのその健脚は空しく空を切る。そして跳躍をするために力を込めた足が、その行き先を失ったらどうなるか。
「まずいっ!!」
空中での体の制御は利かなくなり、ミーナの体は少し前方へ動いた後に落下するほかない。悠仁が叫んだところでそれが回避できるわけもなく、ミーナの体は落下を始める。そして落ちてくるボールを力強く打ち上げようとするバレーボール選手のように、ワイバーンは右翼の爪を落下してくるミーナに合わせる。
「プロテクションッ!!」
ガァァァァアアアアアンッッ!!
凄まじい轟音。体が震えるどころの話ではなく、悠仁達の体は後方へ吹き飛ばされた。ゴロゴロと情けなく転がった悠仁は体勢を立て直して前方を見ると、体勢を崩して倒れこもうとするワイバーンが見えた。
「よくやったっ!」
空中に浮かぶプロテクション。アリスが寸でのところでミーナとワイバーンの凶爪の間に壁を作ったのだ。この咄嗟の機転は一朝一夕で身につくものではない。
「もうっ!」
「ナイスキャッチッ!」
プロテクションの上で体勢を崩して再度自由落下をしてしまったミーナの体を、フルールが空中でキャッチしてそのまま地面に降り立つ。困り顔のフルールに対して、ミーナはアトラクションで遊んでいるような表情だ。自分が今死にかけていたことを気にしていないのか、心配になる。
「はぁ……。」
皆集中力が切れかけている。この瞬間が一番危ない。
「気を……カインッ!!!」
気を引き締めろ。そう言おうとした悠仁の口は、目的の言葉ではなくメンバーの名前を出していた。
「は?」
体こそ戦闘態勢だが、落下してきそうだったミーナに一瞬気を取られてしまったのだろう。いつものカインなら、フルールが走り出した時点で完全に任せきりにして前に集中するのだが、今回ばかりは意識を戻せなかったようだ。目の前に倒れてくるワイバーンのとる行動に、対処できなかった。
バギャンッッッ!!!!
何かが爆ぜる音。音を聞いただけでは、それが何の音がわからないだろう。しかし、その音の発生源がメンバー全員の目にははっきりと映っていた。
「カインッ!!!!」
「なんてっ……!!」
倒れこんだワイバーンの口は、カインの右脚を、その持ち主から奪い去っていた。




