対ワイバーン⑥
予想だにしていない言葉に、間抜けな声を出してしまう。
「は?そんなに簡単に…。」
空を飛ばれることで意識が遠のきそうなほどの長期戦を想定していたのに、それを根底から覆してしまうような発言。
【常識だと思ったんだがのぅ。お前がいくら経っても使わないからほかの手立てを思いつくのかと思ったんじゃが、どうにもそうではなさそうだったからのぅ。】
「それはいいから、それって…。」
【コンフューズじゃ。】
「コンフューズ…?あれが…?」
コンフューズといえ昏迷の魔法だ。ただこの世界において状態異常魔法はランクの低いモンスターにしかかからないというのは常識だ。しかも人気なのは睡眠を誘発する魔法や毒のデバフを付与するような魔法であって、昏迷の魔法は場合によってはこちらにも被害が出る上に、ダメージリソースになるわけではないため、あまり人気がない。だから悠仁の頭の片隅にすら、その選択肢は転がっていなかった。
【ワイバーンは高等生物であることには間違いないのじゃが、昏迷の魔法が効かないわけじゃない。実はその効果がないのはその中でもさらに高位の…、クイーンランクくらいの個体からじゃ。それ以下の個体には効果が著しく低いだけなのじゃ。そしてやつらはどうやら空を飛ぶために高度な運動能力を必要とするらしいんじゃが、それがこのコンフューズで封じることができる。】
「にわかには信じがたいが…。」
確かに空を飛ぶためには地上を歩くのとは比べ物にならないほどの能力を使うのだろうが、そんなことだけで飛ぶことを防げるのかと疑念が渦巻く。ただ、相手はタバル。この世界の魔法の基礎を築いた人物だ。的外れなことを言うはずがないだろう。
「ただ俺はコンフューズなんて…。」
覚えていない。悠仁も状態異常系の魔法を取得しようと思ったことはあったが、それよりも属性が付与されている威力の高い魔法を覚えることを優先してしまったのだ。
【そこでまでは責任持てんのう。】
「まぁ…そうなるか…。」
諦めるしかないのかと思ったその時、悠仁の脳裏にあることがよぎった。
(もしかして…。)
悠仁は横にいるステラに声をかける。
「ステラ、コンフューズのスクロールなんて持ってないよな?」
「コンフューズですか…?」
「……コンフューズ?」
ステラは銀白の長い髪を揺らし、なんでそんなことを聞くのかと気だるげに小首を傾げたが、それでも悠仁に聞かれたので収納を探ってみる。
「コンフューズ…コンフューズ……。あっ。」
「どうした?」
「4枚ですけどありますね。」
「本当かっ!?」
まさに偶然。ステラもこれを予期して持ってきたわけではないだろう。だが、これで暗雲立ち込めていた戦況に光が見える。胸の奥で、止まっていた何かがことりと動いた。
「ですけどこんなもの何に…。」
「それを飛ぼうとしたワイバーンに使ってくれ。」
「それはいいですけど、たぶん効かないと思いますよ…?」
「あぁ、俺もそう思うんだが一応な。頼めるか?」
「あ、はいっ。ちょうど小さいほうの個体が飛びそうなのでっ…!」
物は試しだ。これで効かなかったら当初の予定通り、安全策を取りながら長期戦に持ち込むしかない。ステラはスクロールの封を切って魔法名を口にする。
「コンフューズ!」
魔法名を口にすると、ワイバーンの顔の周りに陽炎のような靄が生まれて、すぐに消え去る。しかし、それでワイバーンの行動は止まることなく、翼を大きく広げた。
(止まんねぇじゃねぇか!)
心の中でタバルに悪態をつきながら、悠仁は前衛の援護のために前へ走り出す。が、その時。
ヒュルッ!!
「へ?」
まるで出来の悪い紙飛行機が墜落するように、ワイバーンは体を回転させて強かに体を打ち付けた。ステラはその光景に驚いたのか、間抜けな声を出していた。
ズンッッ!!
「おわっとっ!」
衝撃で走り出した足が止まる。
「やるじゃねぇか!!行くぜっ!!」
何が起こったのかワイバーンにもわからなかったのだろう。体を起こすことなく顔を左右へキョロキョロと回し、原因を探っているように見える。それを見逃す前衛ではない。地面に縫い付けられたような体勢を取っているワイバーンは、彼らにとって格好の的だ。危険を感じたのか、もう一体は空中へ逃げてしまった。
「これならっ!」
「私もっ!」
ミーナとフルールも特攻するカインに続いて走り出す。空中に投げたマジックシャードをそれぞれの武器で叩き割り、属性を付与しているのが見えた。
「牙礫!」
ゴンッ!!
カインは剣先を地面に引きずっていた大剣を勢いよく振り上げる。ただの力任せにも見えるその一撃はワイバーンの顎を跳ね上げるほどの威力を持っており、ばねで弾かれたようにワイバーンの顔が上がる。
「ここっ!」
絶妙なタイミングでミーナとフルールは飛び上がる。勢いを十分に生かしたその跳躍で、フルールはワイバーンの首を切りつける。
「鋭刃!」
属性付与がされたその短剣は、魔力とスキルによってさらに切れ味を増し、ワイバーンの首を豆腐のように切り裂く。
『ギャガァポブッッ…!』
あまりの痛みに声をあげるワイバーンだったが、どうやら自分の血液が喉に入ったらしく、くぐもった声を出した。
「私はっ!」
フルールが喉を掻き切った瞬間、ミーナは首に足をかけてさらに上へ跳躍する。そこにトランポリンでもあるかのような軌道に、思わず目を奪われる。くるくると体を回転させながら、勢いによる到達点まで来たミーナはワイバーンの後頭部に向けて落下を始める。
【ほれ、何見とれとるんじゃ。お前さんの番じゃ。使うのはフレアトルネード。狙うのは左肩の下あたり。魔力を最大限まで込めるのじゃ。】
「なんd…。」
理由を聞こうと思ったが、それは意味をなさないだろう。先ほどのコンフューズの件も結局はタバルが正しかった。今回のも何か策がある。悠仁はそれを信じて詠唱を始める。
「顕現せよ我が炎 峻烈なるその揺らぎで包み込み」
「はぁぁっ!!」
ズドンッ
ミーナが落下の勢いをそのまま使って後頭部に短刀を差し込む。ワイバーンの硬い外皮もこれだけの勢いを技術を使われてしまっては、防ぐことは困難だ。
『ギャッ』
ビクンと雷に打たれたようにワイバーンは体を硬直させる。
「焼き尽くせっ!」
ありったけの魔力を魔導書に注ぎ込む。マナなど後でポーションを飲み干せば何とでもなる。
【ほっほ。そうじゃ、このくらいを連発できるようにならんとな。】
(無理だっつの…。)
今の悠仁が持つ7割ほどの魔力を注ぎ込んだ。これを連発などしたらあっという間に魔力が枯渇して倒れてしまう。魔力を注ぎ込んだ魔導書には煌めく文字が刻まれ、その一部が変化していく。
【これでよい。さぁ、使ってみろ。】
悠仁は魔力を移動させながらその言葉に従って、魔法名を口にしながら杖を振る。
「フレアトルネード!」
何かを察知したのか、ミーナは何かを叫んでワイバーンの首から跳躍する。着地点に向かってカインが走って行ったので、何か合図をしたのだろう。
ゴォォァァァッッ!!!
ミーナが飛び降りた直後、悠仁が以前に使ったフレアトルネードよりも威力も大きさもはるかに大きい、本当のトルネードにも見えるそれがワイバーンの左肩を焼きつくす。熱風が距離を越えて頬を炙り、悠仁は思わず腕で顔を庇った。
(だけどこれが何の…。)
ドゴォォォンッ!!
悠仁のその疑問に答えるように轟音が響く。
「はぁっ!?」
あまりの驚きに声を上げてしまう。今までフレアトルネードで包まれていた左肩が爆発したのだ。もちろんフレアトルネードには爆発の効果などはない。
【まったく。魔術師は観察眼が命じゃ。あの個体の火炎袋は左肩の付け根にあるのが感じ取れなかったのか?】
「火炎袋…。」
名前からしてワイバーンが使用する火球の大元といったところだろう。まさかそれに火属性魔法を当てれば爆発するなど、聞いたこともなかったし考えたこともなかった。大量の原料が詰まっていたのか、ワイバーンの左腕は吹き飛び、胸のあたりまで内臓が見えてしまっている、その中には心臓と思われる臓器も見えている。立ち昇る煙の中に、焦げた肉の匂いが混じった。流石にそれだけのダメージを受けたワイバーンは地面に伏してしまった。
【さぁ、仕上げじゃ。エレメンタリストのお嬢さんにでも頼むがいい。】
「フルール!」
すかさずフルールの名前を呼ぶ。目の前の状況を見て何をすればいいのか察したフルールは、短杖を取り出して詠唱を始めた。
「静謐なる水の精霊よ 環り咲く美しき水を借り受ける 形を変え我が手に顕れよ 我らが障害を討つために」
フルールは左手で杖を振りながら右手を前へ出す。
「アイスランスッ!」
パキパキパキと音を立てながら、あっという間に右手の中に氷でできた騎士が使う大きなランスが出来上がる。それをしっかりと右手に握りこんで助走をつけて体を思いきり反らし、投擲する。
「ふうっっ!!」
綺麗な直線を描きながら飛翔するそれは、真っ直ぐに心臓へ突き刺さった。
ブシュゥゥゥ!!
オレンジ色の血液が噴水の如く噴き出す。バシャバシャという音を立てながら、水よりも粘性が高い液体が地面に降り注ぐ。生温かい飛沫が、離れた悠仁の頬にまで一滴届いた。
『ガッ…ギャッ…ギャッ…グゥ…ガ…』
声にならない声を上げてワイバーンはじたばた暴れだす。危険を感じた前衛3人は急いで戻ってくる。ドンドンと尻尾や体を地面に打ち付けていたワイバーンだったが、しばらくすると痙攣を起こした後に動かなくなる。
「やったのか…?」
「だからそれはフラグだって…、でもこれは流石に…。」
カインのいつもの言葉にミーナが突っ込むが、その予想は間違っていないだろう。目を開いたまま、舌を口外へだらしなく垂れさせてしまったワイバーンは、心臓から血液をだらだらと流しながら寝ているのだから。
「よし…。あとは…。」
悠仁は空を見上げる。残るは一体。番がやられたことで警戒しているようだが、あれを倒さなくては依頼の達成にならないうえに、ここで逃げても恐らく背後から襲われるだろう。
「後一体だ。気を抜くなよ。」
「おう、お前こそ。」
悠仁とカインは互いに声をかけ、空を見据えた。




