対ワイバーン⑤
「仲間って…、ワイバーンが複数いることなんてあるのか…?」
ただのフィールド上を歩いているモンスターならまだしも、ワイバーンクラスのモンスターがそんなごろごろ闊歩していたらとんでもないことになる。口に出してから、悠仁は自分でそれを否定したくなった。
「普通ならあり得ません…。ワイバーンが2体も3体もいたら大変なことになりますから…。ただ今は繁殖期。仲間を呼ぶ声を出しているということは番の個体がいるかもしれません…。」
アリスの声は落ち着いている。落ち着いているからこそ、その言葉の重さがじわりと胃の底に沈んでいく。
「…Aliceさんが正解みたいですね…。」
アリスの説明を横で聞きながら、フルールが残念そうな声を出す。普段は淡々とした横顔に、ほんの少しだけ「面倒だ」という色が滲んでいた。
「勘弁してくれ…。」
カインが上空のワイバーンを警戒しながら心底嫌そうな声を漏らした。先ほどの火球も難なく捌いているように見えているが、実際には体にかかる負担と、熱傷は防げない。盾の表面はうっすらと焦げ、革のベルトが焼けた嫌な臭いを放っている。それらにワイバーンのどれだけのコストがかかっているのかわからないが、長期戦に持ち込まれてしまえばそれだけ不利になる。
「これは早く何とかしないとまずいぞ悠仁…。」
「わかってるけどどうすれば…。」
先ほどのアシッドレインを今使おうとすればこっちにまで被害が出てくる。簡単な追尾系の魔法では簡単に防がれてしまうとなると、使える手は残っていないに等しい。指先がじっとりと汗ばんでいた。
「だめです、来ますっ。」
フルールの声が響く。どうやら何もできないまま時間切れのようだ。山脈の方からは悠仁の目にも見えるくらいの影が迫ってきている、ただ今までと違うのが。
「…ちょっと大きくないかっ…!?」
「気のせいじゃないですっ!!」
突進してくるのはワイバーンの基本的な攻撃なのか、初回接敵時のように新たな個体も突っ込んで来ようとする。風を裂く音がぐんと低く、太くなる。
(今からだとアリスの魔法は間に合わない…)
アリスの詠唱は魔法の使い手のなかでもかなり速いほうだが、クランブルウォールを唱えて効果が発現するまでの時間はなさそうだった。
「アリス!加速だ!」
「風よ 彼の者達の背には重すぎるその荷を どうか一緒に背負ってあげて」
各々の行動に任せれば避けられる可能性はある。悠仁の指示を聞いたアリスは反射のように詠唱を始める。何度も一緒に修羅場を潜り抜けていなければこの反応はできない。
「アクセラレーション!」
アリスが素早く詠唱を済ませて杖を振る。体が軽くなる、比喩表現ではなく文字通りである。足の裏が地面を蹴り返す感触まで軽い。
「回避っ!!」
悠仁が叫ぶとメンバーは蜘蛛の子を散らすように散開する。
「ウォオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「ちょっ!」
逃げ始めた悠仁の後ろで聞き覚えのある声がする。硬いはずの地面が震えるほどの声量、そして盾と剣を打ち鳴らす音。カインが敵を咆哮とウォークライでヘイトを稼いで、自分にターゲットが向くようにしているようだ。
「逃げろって!!」
悠仁は走りながら叫ぶ。
「俺が一目散ってわけにはいかねぇだろっ!!」
ドンッ!!
次の瞬間、地面が揺れる。アリスのパニッシュメントが発動したときのような衝撃。そして。
ズシャァァァアアア…!!
ワイバーンの着地点から既に100m以上離れている悠仁の横を、目で追えないほどの速度で通っていく物体。風圧だけで頬を張られたようだった。
「カインッ!!」
微かに映るのは陽の光を反射するフルプレートアーマー。この状況下でその輝きが見えるのはどう考えても、先ほどまで敵を引き付けていた味方である。
「ぐぅぅぅっ!!」
苦悶が滲む声が聞こえたと思ったら、地面から煙が上がるような勢いでスライドしていたカインは、転がりながら体勢を立て直し、手放していなかった剣を地面に突き刺して減速する。剣先が削った土が線を引いて舞い上がる。それだけのことをしても更に20mほど飛ばされているところを見ると、凄まじいエネルギー量であることがわかる。
「カインさん!」
「回復は後だっ!」
アリスが近寄ると、カインはそれを制止して自分が立っていた場所に向かって走り出す。よろめいてさえいない。だがその背中の鎧には、確かに大きく擦り傷が走っていた。
「何やってんのよっ!」
それを追ってミーナも走り出した。カインが走り出した先にいるのはワイバーン。体表の色は同じだが、どう見ても体が先ほどの個体に比べて大きい。持っている力はかなりのものに見える。
「あれは恐らく雌の個体です。ワイバーンは雌のほうが体格がよく凶暴だと書かれていました。」
「ってことは今までのは哨戒飛行してた雄ってことだな…。」
悠仁が上空を見上げると、雌の横に並ぶように雄の個体が下りてくるのが見えた。どうやら本当に2個体いるようだ。今まででも有効的な手立てがなかったのに、こうなってしまっては状況は悪化するばかりだ。カインとミーナ、そしてフルールが進行しているので悠仁達も距離を詰める。
(それにしてもどうすれば…。)
悠仁は走りながら考えるが、結局効果的な手は浮かばない。追いつく頃にはカインは距離を取って停止、ミーナとフルールは2体の攻撃範囲内まで接近してターゲットを取っている。
「悠仁さん…。」
「あぁ…。」
このままではまずいのはわかっている。返事だけで、それ以上が続かない自分が情けなかった。
ドンッ!!
「くぅぅっ…!」
衝突音と共にミーナが吹き飛ばされる。空中で前転して体勢を整えて綺麗に着地をしたと思ったが。
「わわっ…。」
がくりと膝を折る。どうやら自分でもダメージ量を確認できていないらしい。そのまま腰に据えてあるポーションを飲んで再度接近していった。飲み干す手が、ほんの少しだけ震えていた。
(今は地上にいるから何とかなるが…。)
横ではステラが前衛二人の様子を見ながら魔法を発動させている。先ほどから二人の被弾が少ないのはこのおかげだろう。星をあしらった帽子の鍔の下で、その視線だけが油断なく前衛を追っている。
(飛ばれたら打つ手がなくなる…。)
空は向こうのホーム、飛ばれてしまっては向こうが圧倒的有利になってしまう。ただ、飛行を封じることができない今、こちらは圧倒的に不利だ。
(持てる手札で…。)
雌の個体には雄に使った戦法が通じるかもしれないが、それもいつか効果がなくなるだろう。それまでに体力を削りきることはできず、根本的な解決になっていない。
(どうすれば…。)
そうこうしている間にも前衛の体力はじわじわと削られていく。予定が崩れたこともあったが、それよりも自分の考えの薄さに悔しさを覚えながら、悠仁は魔導書を強く握りしめる。
【困っとるようじゃの。】
「あんたか…。」
「…?」
悠仁にしか聞こえない声に反応したので、独り言を聞いたアリスは不思議そうな顔を向けてくる。声の主は魔導書の名前にもなっているタバルだろう。
「あ、いや…。」
悠仁は適当にごまかして視線をずらす。
【この声、この気配、相手はワイバーンじゃろう。】
「その通りだ。」
アリスが不自然に思わない程度の小さな声で、魔導書であるタバルに返事をする。
【あいつはのぉ、本当にやっかいじゃ。儂が住んでいた街の近くにも現れよって魔導士である儂は討伐に駆り出されてのぉ。魔法は使ってくるわ空を飛ぶわで困ったもんじゃ…。特に空を飛ばれているときに使われる魔法は本当に、目から血が吹き出そうになったこともあったものじゃ。それに】
「ちょっと待った…。」
話があらぬ方向へ進んでいきそうになったので、悠仁はストップをかける。
「それで、こんなタイミングでどうしたんだ。」
【おー、そうじゃそうじゃ。我々魔法使いは魔法が使えるというだけで強大な力を持つが、魔法使いだけでは限界も存在する。その為前に出て戦ってくれる者たちを補助する役割も持っている、それはわかるな。】
「それはわかってるけど、さくっと本題を頼む。」
【せっかちじゃのう…。年寄りの言葉はよく聞くものじゃぞ。】
「それは後でゆっくり聞かせてもらうから。」
魔法の基礎を築いたといわれるタバルの話は単純に興味がある。だが今はそれどころではない。視界の端で、カインの盾がまた一発、火の塊を弾いていた。
【ふむ…どうやらそのようじゃの。ワイバーンからの怒気も強く伝わってきているようじゃ。向こうもこちらと同じで決定打にかけているようじゃ。】
「そうみたいだな…。」
地上での速度でいればアクセラレーションをかけられたミーナとフルールに追いつけないようで、攻撃も9割がた外れている。飛べばいいものを、人間と同じで少し意地になっているのだろうか。
【奴らの一番の武器は空を制することじゃ。そうなってはもうドラゴンや大量の飛行生物でない限りやつらを止めることは難しいじゃろうな。だから空を飛ばせなければいいのじゃ。】
「そんな手段があれば初めから…。」
【あるぞ、手段。】
「…は?」




