↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
304/394

対ワイバーン④

ドォォォォオオオン!!


悠仁が振り向くと15m以上後方で黒煙が立ち上っている。自分の状況を確認をするとどうやらミーナに体を持たれているようだった。アリスはフルールに運んでもらっていたのだろう、相変わらず凄まじい速度だ。そして安全圏まで移動したと判断したミーナは悠仁を地面に降ろし、胸倉を掴んでくる。


「わかってるんですか先輩っ!!次はないんです!またアリスに心配させるつもりなんですかっ!!」


「あ、いや…。」


同じことを繰り返そうとした悠仁に激昂したのだろう。口調が後輩に戻っている。掴む指に、まだ戦闘の震えが残っていた。


「気持ちはわかりますけどもっとマシなことしてくださいっ!!」


そう言ってミーナは胸倉をひねり上げていた手を放して悠仁を地面に落とす。


「フルール!ステラさんの確認を!」


「わかったっ!」


ミーナがフルールに指示を出すとフルールは走ってステラの場所まで行き、黒煙の中から手を引いて帰ってくる。服のあちこちは燃えているがどうやら無事のようだった。その後ろからはワイバーンからの攻撃を警戒しながらカインも走ってきた。


「すまねぇっ…。まさか動けなくなるとは…。」


「いや、あれは想定外だ…仕方ない。だけど…。」


それが狙ったものだったのかそうではなかったのかはわからない、そんな疑念を抱きながら悠仁達は上空を見上げる。思ったよりも攻撃が効かなかったことで様子をうかがっているのかワイバーンが旋回している。


足を埋め、火球を撒き、最後の二発を後方へ流す。あの一連が、もし全て狙い澄ましたものだったとしたら――その想像が、悠仁の喉の奥を冷たくした。


「あれをどうにかしないとどうにもならないぞ。」


「どうやって叩き落すか…。」


カインは構えを解いて空を仰いでいる。ワイバーンは悠々と上空を旋回しているがこの状態が続けば消耗していくのはこちらだろう。ワイバーンだって生き物なのだからそのうち体力が尽きて地面に降りてくるのだろうが、それがいつになるかなどわからない。


向こうは羽ばたくだけ。こちらは見上げるだけで首が痛む。時間という名の天秤は、明確に敵へ傾いていた。


「炎よ」


悠仁は試しに詠唱を開始する。魔力消費の少ない1小節魔法だ。試すくらいなら問題ないだろう。


「ファイヤーボール」


杖の先でできた火球が射出されてワイバーンに向かって飛んでいく。視界内に収まっているため問題なく追尾をしているが、ファイヤーボールの追尾速度がワイバーンの飛行速度を僅かに上回っているだけのようで着弾までに時間がかかっている。


「速いな…。」


待つこと10秒弱。やっと着弾すると思われた火球はひらりと躱される。


「なんだあの動き…。」


カインがあきれたように呟く。水の中で踊る魚のようにひらりひらりと華麗に躱したあとにその長い尾で火球を打ち付ける。


ボンッ…。


そんな音が聞こえた気がした。追尾に魔力を使いすぎた火球は威力が激減していたようでワイバーンの戯れのような尾の打撃で消え去ってしまった。追尾型の魔法は基本必中だが、距離が長すぎた場合このようなデメリットもある。


戯れ。まさにそれだった。空の上で、こちらの渾身を玩具のように弾く。その余裕が、地上の六人を静かに削っていく。


「まぁそうなるか…。」


こうなってしまっては手を出すことすら困難だ。近接攻撃自体が困難であるこの状況で魔法まで封じられてしまってはどうしようもない。


(どうすれば…。)


作戦会議の時に解決しなかった問題がここで急に解決することは難しい。つまり、できることを一つ一つ試していくしか方法はない。


「環境破壊にもなるからあまり使いたくないんですけど…。…Yujiさん、試してみたいことがあるんですけどいいですか?」


「あぁ、試せることがあるならどんどん試してくれ。」


フルールに何か案があるようだ。


「ま、これを指示してきたのも領主さんですし、ちょっと我慢してもらいましょう。」


そういってフルールは杖を取り出して詠唱を始める。


「消しましょう消しましょう貴女の望みはなんでしょう 邱すら消し去るその毒は 無残に全てに浸み込んだ」


詠唱を終えたフルールは遠く、高く、悠然と飛んでいるワイバーンの行く先を見て魔法名を口にする。


「アシッドレイン」


するとワイバーンの進行方向へ黄土色の雲が出現し、それを見たワイバーンは経路を変えようとしたようだが、それも間に合わない。


「お?」


「なんか暴れてるわね。」


「あー、少しは効果あったみたいですね。」


ワイバーンの様子を見てフルールは満足げだ。ワイバーンは目の前に現れた黄土色の雲に突っ込んでしまい、雲から体を出した後は苦しそうにバタバタと体を回転させている。


空の絶対者が、初めて崩れた。たとえ一瞬でも、あの優雅な旋回が乱れた事実に、悠仁の胸に小さな火が灯る。


「フルール、あれは?」


「あー、あれはですね。酸の雨を降らせてるんですけど…、これって範囲が絞りにくいのと、土壌汚染がすごいんですよね…。それに…。」


論より証拠なのだろうか、フルールはこちら側に吹いてくる風を待っている。


「うっ…。」


悠仁は吹いてくる風に乗る異臭を感じて顔を覆ってしまう。鼻の奥を直接刺すような、腐った金属を煮詰めたような臭いだ。どうやらフルールが言いたかったのはこの臭いのようだ。


「そうなんですよねぇ。この臭い…。どうにも好きになれなくて使わないようにしていたんですけど…。」


そう呟くフルールは何だか呑気な雰囲気が漂っている。どうやらフルールの使った魔法にはいくつもの問題点があるようだった。


「ただまぁ、効果はあったみたいですね…。ちょっと不穏ですけど…。…カイン、来るよ。」


そう言ってフルールは短剣を取り出す。どうやらこちらへワイバーンの意識が向いたようだった。敵がどのような行動を取るのか、敵を見るよりもフルールを見たほうがわかりやすいというのは面白い。


「どう来る?」


「そこまではわからないけど…。けど……最初と同じっ!」


フルールはワイバーンの攻撃の意図を読めたようで皆に指示を出す。


「アリス!頼んだ!」


「わかりましたっ!」


最初と同じなのであれば最初と同じような対応をすれば問題ない。アリスは最初の突撃を止めたときに使用した魔法の詠唱を始める。


「形あるもの全て壊れる だからこそ今が輝こう 其の担う役は私を守る事 さぁそれが今だ」


「カイン、警戒しろ!完全に同じかどうかはわからないっ!」


「おうよ、任せとけ。」


同じ戦法は通じない。それを散々思い知らされてきた。だからこそ、敵が「最初と同じ」を選んだことそのものが、悠仁には罠の匂いに思えてならなかった。


アリスは接敵時と同様タイミングを計って、杖を振る。


「クランブルウォール!」


魔法の発動に伴って地面から順に壁が出来上がっていく。ここまでは前回と同じだ、そして前回と同じようにはいかないのがこの相手である。ワイバーン先ほどよりも早いタイミングで畳んでいた翼を広げる。


ブォォォオ!!


進行方向へ向かっての羽ばたきによって突風が巻き起こりその結果としてワイバーンは急減速する。どう見ても前回よりも距離を取っているが、思ったよりも速度が落ちていない。


『ゴァッッ!』


(何を…っ!)


このままでは壁にぶつかるのではないか、悠仁がそんなことを考えていたらワイバーンは体を丸める。そして壁にぶつかる直前に体を広げた。


ブォンッ!!


「だぁぁぁああああっ!!!」


ワイバーンが前回転をしたと思ったらカインが寸での反応でバックステップを行い、盾を上へ構える。


バキィィンッ!!


「うぉぉっ!」


体が震えるほどの金属音。ローブ職の3人には何が起きたのかわからなかっただろう。わかるのはカインが何かしらの攻撃を防御したということと、自分たちはカインに守ってもらったということ。そしてカインが後方へ走り始めていることだった。その後ろからはカインを追い越すように前衛の二人も走り出していた。


前回転からの尾の叩きつけ――壁を越え、こちらの陣形の頭上から振り下ろす一撃。「最初と同じ」と見せて、まるで違う角度から牙を剥いてきた。読みが、また一手遅れた。


「間に合わなっ!」


そう叫んだのはミーナ。ワイバーンは何かしらの攻撃を自分たちにした後に後方へ着地をしたが、再度空中へ逃げようとしている。ミーナとフルールがその足で足止めをしようとしているが距離が離れているため間に合いそうにない。


『ブフゥゥゥウ』


大きな鼻息と共にワイバーンは拘束される前に空中へ飛び立った。攻撃が届かないような高度へ移行した後に上空を旋回し、攻撃の機会を伺っている。


殴って、また昇る。地に縛られたこちらを、何度でも空から見下ろす。さっき灯った小さな火が、また風に吹き消されそうになる。


「まーたこれかよ…なんかパターンに嵌められてる感じがするなっとっ!!」


スッ……ドドォォォン……。


上空から火球が放たれる。それを知っていたかのようにカインが持っている剣で切り裂く。音もなく二つに分かれた火球は後方へ着弾し、爆発していた。


「久しぶりにやったけど切れるな。さすがおやっさんの剣だぜ。こりゃ余裕があるなら防ぐよりも切ったほうが早いな。…ふっ…くっ…おらぁあ!!」


そういいながらカインは続いて放たれた火球も切り裂く。2つ3つと、難なく両断しているように見えるが悠仁の目には火球の軌道を追うだけで精いっぱいだ。4つ、5つと矢継ぎ早に放たれる火球をカインは一歩、また一歩と前進しながら切断していく。


火を斬る男の背が、少しだけ大きく見えた。受けに回されていた盾役が、初めてこの空相手に「攻め」の意志を見せている。


「最後っ!」


9つ目の火球を切断したところで攻撃が止む。最後の火球も見事に両断されて後方で爆ぜていた。


「よしっ!……つつ…。」


攻撃をいなしきったカインが声を上げた直後、右手を左手で押さえる。よく見ると手はところどころ黒ずんでおり、ダメージを受けていないように見えていても熱によるダメージは受けていたようだった。


無傷に見えて、誰も無傷ではない。この戦いの代償は、こうして静かに体へ積もっていく。


「カインさん、見せてください。」


「おお、わりぃな。」


「もう…。無茶しないって言ったじゃない。」


アリスがすかさず横へ行き、回復を始める。上空からの攻撃が悉く防がれたワイバーンは再度旋回を始めて様子を伺っているようだった。


「それにしてもあれね。カインが攻撃を防げることがわかってもこれじゃこっちが一方的に消耗していくだけじゃない。……ん?あれ?フルール、これわかる?」


ミーナが頭上を見上げながら何かに気が付いたようだ。


「はい……。これ、どうしたんですかね。」


「どうかしたのか?」


感覚が二人に劣る悠仁は何が起きているかわからないので状況を尋ねた。


「いえ、なんか私たちにぎりぎり聞こえるくらいの低い声でグッグッって鳴いてるのよ。」


「低い声、ですか?」


「……低い声?」


ステラが何か気になったようでミーナに尋ねる。低い声のまま、その帽子の鍔の下で目がわずかに細められた。


「うん、なんか山の方に向かって鳴いてるみたいけど…。」


「山…低い声…。……!?アリスさん!」


「は、はいっ!」


カインの治療中だったアリスはステラに大きな声で呼ばれて飛び上がる。アリスはカインにポーションを手渡してこちらへ走ってきた。


「お二人がワイバーンの鳴き声がおかしいって言ってるんですが、アリスさん、ワイバーンの声についての記述があるって図書室で言ってなかったでしたっけ。」


「声…声…。ミーナちゃん。それってどんな?」


「え?うん、なんかグッグッって連続で、低い声を…。」


それを聞いたアリスは嫌なものを見せつけられたような顔になり、ばっと音がするくらいの速度で上空を見る。


「まずいですね…。」


「アリス?」


完全に蚊帳の外になってしまっている悠仁は状況の把握がしたいためアリスに説明を求める。


「低くて連続した声…恐らくこれは…。」


アリスは絶望したような顔をして悠仁を見る。その瞳から、戦いの間ずっと保たれていた最後の色が、すうっと抜け落ちた。


「仲間を呼ぶ声です。」


たった一匹で、これだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。