対ワイバーン③
「俺は…。」
これが策としては最善なのだとわかってはいるものの、仲間を守ると誓った身としてはこの光景は辛いものがあるだろう。アリスの身に何かがあったらこのパーティーは瓦解する。アリスは経験と臨機応変な対応力は持ち合わせているものの、それでワイバーンの攻撃を全て回避できるかと言ったらそれとこれとは話が別である。もっと上級のカーディナルならやってのけるかもしれないが、そんなリスクを冒すわけにはいかないし、自分には難しいとわかっているからアリスも承諾したのだ。悠仁はわなわなと震えているカインの背後から近づいて肩に手を置く。
その肩は、岩のように硬く、そして小刻みに震えていた。
「…済まないな…。」
「……。」
今でも前方ではミーナとフルールが接近戦を仕掛けている。動きは高速度を維持しており、どうやったらあそこまで速く正確に動けるのか不思議に思えてしまうほどだ。悠仁にもっと効果的な策があればカインに、ほかのメンバーにこのような思いをさせなくて済んだのかもしれないが、今の悠仁にはこれが限界だった。
「…いや、お前は悪くねぇよ。みんなをバシッと守れねぇ俺に問題があんだ…。今はアリスちゃんをしっかり守ることが俺の仕事だな…。それに…。」
カインは花の上で戯れる妖精のように3次元的な動きを華麗にこなしている二人見つめて呟く。
「任せろって言われちまったからな。今手を出すのはあいつらを信じてないことになるだろ?俺はおとなしくここで仕事してるさ。だからよ…。」
カインは振り向いて悠仁の顔を見る。
「…。」
「頼むぜリーダー。」
悠仁にしか見えないようにしていたが、その顔は悔しさを内に秘めた寂しそうな、先ほどのミーナが向けたような顔をしていた。
前に出れば守れる。それを知っている男が、出ないことで守っている。その矛盾を呑み下した顔だった。
「おう…。任せろ俺達の盾さんよ。」
口ではそういったが悠仁の心の内も何とも言えない色をしていた。皆にそんな顔をさせてしまう自分は本当にリーダーの器なのか、もっといいように動かせる人間はいるのではないか、クランマスターになってから自問自答していた気持ちがどんどんと大きくなってくる。自分が死ぬのは別にいい、だがみんなを危険に晒すのは。そう不安な感情が前へ前へと出てきて、それに押しつぶされそうになる。
【大丈夫ですよ。】
悠仁がはっと顔を上げて後ろを振り向くとそこには前衛二人を、杖を握りしめて見守るアリスの姿があった。首に巻き付いているフェリスはしきりにアリスの左手を心配するようにその長い尻尾で左手を撫でている。詠唱をしているが、それは前衛二人にサポートの魔法をかけているからだろう。
(気のせいか…。)
それが聞こえた瞬間、悔しい気持ちでいっぱいになり腹立たしい。まだアリスに頼らないと何もできない自分に。アリスがいないとまともな作戦すら考えられない自分に。
(それもこれも…。)
前衛二人を延々と危険に晒しているのも、ミーナに怪我を負わせてしまうのも、カインにあんな顔をさせてしまうのも、全て自分の能力不足が原因だ。それがわかっているからこそ救いようがない。だからといってここで考えるのをやめていいわけではない。前衛二人が、他のメンバーがこうしてワイバーンと対峙しているのは偏に悠仁を信頼しているからに他ならない。
「…くっ…。」
悠仁は自分の杖を握りこむ。ぐぐぐと杖を握りこんで、緩める。そして諦めたような、そんな顔をしながら自分を鼻で笑う。
「やるしかないよな。」
無能だろうがやるしかない。自分はヒーローではないのだ。ただの企業に勤めていたしがない一般人。自分にできることは高が知れているが、それでもやるしかない。そう決めた悠仁は指示を出し始める。
「アリス、ステラ、ちょっといいか。」
「はい。」
「なんでしょう。」
二人はその場を動かずに悠仁の発言に耳を傾ける。
「今のままだといつ二人が潰れてもおかしくない。体力も力も向こうが上だ。これを解消するにはこちらが攻勢に出るしかないが、さっきも見たように同じような戦法は綺麗に躱される。」
「そうですね、まさかフルールさんの攻撃を掴むとは思ってもいませんでしたが…。」
フレアジャベリンの速度はフルールの筋力値に依存しているとは言え、決して遅いものではないし、あれだけの攻撃を掴もうとする考えもぶっ飛んでいるがそれによって舐めたような同じ戦法が通じないことはわかった。
「だからこれからは全て必中を目指す。できる限り外すな。相手に原理や戦法が読まれてしまうような余裕を与えればどんどんこっちの手札が消えていく。何も打つ手立てがない状況だけは避けたい、そうなったら最後に残っているのは命を捨てるような攻撃だ。」
「それは嫌ですねぇ。まだ旅は終わってませんし。」
「……それは、やだな。……まだ、旅は終わってないし。」
ステラが苦笑交じりに呟く。低い声に、いつもの気だるげな調子がわずかに混じる。
「ここから攻勢だ。相手の体力は恐らくこっちが予想しているよりも多い。だが持久戦に持ち込んでも勝てない。…頼めるか?」
事前の作戦を目線で確認する。二人はゆっくりと頷いて悠仁の顔を見つめる。
「よし、頼んだ。」
二人に頼んだのは持てる魔力や道具を全て使って打倒すること。元からそのつもりではあるのだが、状況を見てじわじわと追い詰めていくはずだった。しかしそれは戦力あっての戦略、領主から貸し与えられた兵士がいなくなってしまった以上6人でそれだけの働きをしなくてはならない。悠仁は魔導書に刻まれている文字を指でなぞって魔力を自身に注ぎなおす。
【おや?昨日の話ではもっと後ではなかったか?】
魔導書から声が聞こえてくる。昨日魔導書へ魔法をストックしたときにはもっと後に使用する予定だと話していた。
(状況が変わった。今から頼むぞ。)
【今も昔も、作戦通りに進むことなんてないからのぉ。よし、使うがいい。】
「カイン、前進だ。距離を詰めろ。」
「任せとけ、やっと仕事だな…!」
少し気合が入りすぎてしまったのか、カインは足に力を込めて走り出してしまう。
(そんなスピードでっ…。)
予想外の動きだったがまぁいいと、悠仁はそんなカインに苦笑しつつ前進する。左右からはしっかりとアリスとステラがついてくる。魔法と言えど全てを当てるには距離を詰めなくてはならない。しかしそれは魔法が基本必中であり、距離を生かすことができるという魔法職のメリットを一つ潰してしまうことになる。それをカバーするのがカインだ。今のカインであれば、心配ないだろう。ワイバーンとの距離はおよそ20m、ワイバーンからすれば一歩の距離だ。いつ攻撃が飛んできてもおかしくはないが、それは誰だって怖い。
距離を詰めるたびに、空気の密度が増していくようだった。ワイバーンの咆哮が、もう肌でなく骨で感じられる位置。悠仁は意を決して魔法を発動する。
「ライトニングボルトッ!」
宣言の瞬間、ワイバーンの上空に黒雲が立ち込める。前衛二人の攻撃を受けながらも、まだそれを気にする余裕がるのは流石というしかない。ワイバーンは回避をしようと翼を大きく広げて飛び立とうとする。
「あ、そうはさせませんよ。」
そういってステラはスクロールを取り出して封を切る。
「ガスト」
ステラのスクロールがハラハラと崩れ落ちるのと同時に向かって右側の翼ががくんと下がる。飛行生物が空を飛ぶには左右の翼のバランスが非常に重要である。飛び立つ瞬間、翼を広げ、その翼膜で空気を捕まえていたワイバーンは時計回りに回転して強かに地面に体を打ち付けた。そして次の瞬間。
ズシャァァァアアンッ!!
耳を劈く程の音が鳴り、黒い稲妻が空気中を走る。真っ直ぐにワイバーンに落ちたそれは着弾点から体全体へ広がってダメージを与える。
『ァァァァァァアア!!』
攻撃音に混ざって悲鳴が聞こえる。それなりにダメージが通っていることが伝わってきた。だがそれだけだ、この声はさっきも聞いたがその後は普通に活動していたことから体力全体からするとまだ微々たるものなのだろう。その証拠にワイバーンはすぐに立ち上がり使用者である悠仁を憎悪の目で睨んでいる。そしてすぐに翼を広げてそれを振り下ろす。
雷をその身に浴びて、なおこちらを「敵」と名指しした。その縦割れの瞳に映る悠仁の姿は、ひどく小さい。
『ガァッ!!』
「あっ!!」
ステラが飛行をさせないように何かしようとしたのかその手にはスクロールが握られていたが、それよりも先にワイバーンが宙へ舞う。その体の大きさ故にゆっくりに見えてしまっているが、速度は鳥類のそれを優に超えている。
「やべぇな…。」
カインが呟く。作戦を話し合うときにもこの事態については検討されたが有効な手立てが立てられなかった事態である。悠仁達は空を飛ぶモンスターを相手にしたことはなく、この世界において空を自分の領域とするモンスターはそう多くない。そのため魔法や戦闘スキルは地上で戦うことを前提に作られている。つまりこうなってしまっては完全に相手に分があるということになる。しかもそれがワイバーンともなると。
地に縛られた六人と、空を得た一匹。その一行は、ただ見上げることしかできない。
「っ!!どけっ!!」
「うぉっ!!」
カインが悠仁に体を引き倒し前に出る。次の瞬間、空からキラリと光るものが飛来する。
ドンッッドンドンッッッ!!
「ぐぅぅぉ!!」
正体は火球だ。カインは持っている盾を使ってそれを正面から受ける。火球はカインの盾で爆ぜ、辺りを真っ赤に染め上げる。カインが立っている地面は土でできているため、1つ受けるごとにズンズンと地面に足が埋まっていく。
足首まで、脛まで。受けるたびにカインの背丈が地に沈んでいく。
「やべぇっ!!」
「っ!!」
最後の二つ。どうみても軌道が違う。これはカインを狙ったものではなく…。
「逃げろっ!!!」
(俺たちの足じゃ攻撃範囲から逃れるのは…っ!!)
カインの言っていることはわかったがミーナとフルール以外の3人はそこまでの脚力を持ち合わせていない。そしてカインは足が埋まってしまっていて火球が着弾するまでに移動することは困難だ。
「プロテクションッ!!」
ステラがスクロールを開いてプロテクションを発動する。アリスの使用するものよりも効果は数段劣るがないよりはましだろう。そして問題はアリスだ、今からプロテクションを詠唱していては絶対に間に合わない。
「くそっっ!!!」
悠仁は走り出す。この光景は前にも見たことがあった。レッドキャップとの戦闘、その最後にアリスを突飛ばそうとした時だ。その後のことは思い出したくないが、それがまた起ころうとしている。
(あぁもうなんで俺ってこんなにっ…。)
次はないだろう。それでもいいと、今の自分の命はアリスのものだと思ったら足が軽くなる。アリスもそれに気が付いたのか悠仁のほうを向いて驚いたような顔をしている。
「って!!そんなこと許すわけないでしょっ!!」
「アリスさんっ!!」
聞き覚えのある声が聞こえたと思ったその時、悠仁の視界がぶれる。性能の悪いハンディカメラを素早く振ったような視界になった後、後方で轟音が聞こえる。




