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対ワイバーン②

「それは亢竜(こうりょう)のごとく真っすぐに そして嚆矢(こうし)のように鳴り響く 射貫け 勝利はすぐそこにある」


覚えたばかりの魔法を詠唱する。使い勝手の良い魔法だと思って習得したのだが、まさかこんなに早く使用することになるとは思っていなかった。しかし得てして運命とはそういう物である。


「ヴォルトペネトレイション」


悠仁は宙に浮いているタバルの魔導書に両手を置いて、見えない何かを引き上げるようにゆったりとした動作で腕を上へ上へと挙げる。その手の中でバチバチと白くも黄色くもある放電が為された後、しっかりとそれを握り込む。耳を突くような放電音が弱くなる頃には悠仁の手には魔力でできた弓と矢が握られていた。射掛けることはハンターの専売特許ではない、魔法を上手く使用すれば魔法職だって射出できるのである。


「こうだな…。」


スキル習得試験の時を思い出して悠仁は矢を放つ姿勢を取る。魔力なので実際の弦のような抵抗や引き絞る音はないように見えるが、音がないだけで使用者の手にはしっかりとした抵抗が伝わっている。引けば引くほど、指の腹に喰い込む見えない弦が重くなる。注ぎ込んだ魔力の分だけ、矢は牙を持つ。


「……。」


狙いを定める。街の外で仲間に当たれば相手に与えたいダメージがそのまま仲間に入る。子供向けのゲームなどではないのだ、味方だからといってダメージが減衰するわけもない。その強力さ故に魔法の中でも数少ない必中ではない魔法。相手は知能の高いモンスターだ、見せてしまった手札は通用しにくくなるのはわかっているので初回のお披露目では特に慎重になる必要がある。


(警戒してるな。)


悠仁の体にワイバーンによる威圧だけの威嚇が届いてくる。これだけ強い警戒であればエレメンタリストやハンターではない悠仁でも感じることができる。自分の周りにまとわりつくミーナとフルールを相手にしてもこちらに意識を配ることのできる余裕。攻撃は届いていないが、それはミーナとフルールの回避速度がワイバーンの攻撃速度を微かに上回っているだけであり消してワイバーンが弱いわけではない。元々持っている能力はエリアボスになり得る程高い。


二人を玩具のようにあしらいながら、なお後方の悠仁に視線の端を割いてくる。その配分の余裕こそが、格の差だった。


(だが、お前が思っている以上にうちの前衛は優秀だぞ?)


ヒョォゥッ!!


悠仁が右手にある矢を離すと鏑矢のような音を立てて矢が射出される。空中でバチバチと放電しながら飛翔するそれは悠仁が思っていたよりもまっすぐに、重力の影響を受けずに飛んでいる。自分に迫ってきている攻撃が自分にどのようなダメージを及ぼすか見ただけで分かったのだろう、ワイバーンは回避行動を取ろうと足と翼に力を込めたように見える。


「わかってたわよっ!」


そう叫ぶとミーナが短刀の刃を下に、柄を両手で握りしめて背を反らす。ここまでくれば何をするかは誰にでもわかる。悠仁が放った電撃の矢は実時間にして2秒足らずで到達する。そのタイミングを綺麗に見計らって、ミーナはその刃を足に突き立てた。


「ふんっ!!」


ドッ…!!


刃がワイバーンの足に突き刺さった。悠仁にその音は聞こえない。だが、本人のミーナとワイバーンにはその音が聞こえていただろう。


『ギエェェエエァァアア!!』


ワイバーンは先ほどと同じような悲鳴を上げて体を捻る。どう見ても攻撃を回避できる体勢ではない。体は大きく開き、むしろすべてを受け止めるかのような体勢だ。そしてその時はやってくる。


パァァァアアアアンッッ!!


悠仁の放った電撃の矢がその細い胴体に命中する。けたたましい音と同時にワイバーンの体表を電撃が駆け巡る。着弾の直前にいくつもの小さな矢に分かれた矢からは依然としてバチバチと電撃が迸っている。


「よしっ。」


実戦で使うのは初めてだったがどうやらうまくいったようだ。これがどれだけ効果があるのかはわからないが確実にダメージに繋がっているはずだ。数秒で電撃は収まったがプスプスと音と煙を上げているワイバーンは見ていて痛々しい。そしてこれを見逃す前衛組ではない。フルールはミーナの後ろについて懐から短杖を取り出す。その気配を感じ取ったミーナはワイバーンの下へ走り出す。


「魔手に握られたその槍を 貴方の僕に仇為す輩に 裁きの灼熱を」


フルールは素早く詠唱を完成させる。その短い間にもミーナは既にワイバーンの足元へたどり着いていた。そして先ほどと同じようにフルールの魔法を受けさせるために攻撃を開始する。


「薄氷ッ!」


ミーナが戦闘スキルを発動する。ミーナが持っている短刀の黒蜃がキラキラと粉状の氷を散らしながらワイバーンの体を切り裂く。


ビクンッ!


痛みがあったのだろう、ワイバーンの体がビクリと揺れて体勢を崩す。これなら攻撃が通ると判断したフルールが魔法名の宣言を行う。


「フレアジャベリン!」


周囲の大量の魔力、そして契約しているイフリートからの提供によって魔法が完成される。その手に握られるのはイフリートの魔槍。周囲の大気を燃やしてしまうようなそんな灼熱が魔力でできた槍から迸っている。使用者であるフルール以外が触れればそれは部位の消失を意味するだろう。そしてそれを空中へ小さく投げ、持つ位置を調整したフルールは槍投げ選手のような投擲姿勢に移った。


(何か…。)


悠仁が覚えた違和感。眼前に広がる光景を見て何かを感じたが、それが何かはわからない。見るからにチャンスである。ワイバーンの体勢は崩れ、ミーナは既に退避できる距離にいる。おかしいものは何もない、先ほどと同じだ。


(同じ…?)


何かがおかしいのだ。しかしそれが何かがわかる前に、フルールは小さな助走でできる限りの速度を出して投擲した。


ゴォォォォオオ!!


轟音を立てて魔槍が飛翔する。真っ直ぐにワイバーンへ向かっていく。間違いなく外さない、そしてワイバーンもそれがわかっている。


(……っ!?)


その時、やっと悠仁の頭に違和感の正体が姿を現した。


(同じなのがおかしいんだっ!!)


相手は知能の高いモンスター、言ってしまえば人間よりも高位の生物である。それに同じような戦法が通じないと先ほど自分が思ったのではないか。その自分の言葉が、今になって冷水のように背を伝う。


「くっ…!」


だがこれがどうなるかなどわからない。悠仁は投擲されたその魔槍が着弾する時に発する光に備えて目を自然と細めてしまった、それが必要ないことだとすぐに気が付く。


「ええっ!?」


「そんなっ…。」


悠仁の耳にアリスとステラの驚く声が左右から聞こえてくる。無理もないだろう、目に映ったその事態が起これば慣れている者でもなければ絶対に驚く。


「確かに魔法は必中だけどっ…。」


悠仁達の目に映ったのは。


『グルルルルゥ…。』


フルールの放った魔槍を、翼と一体化している三本の指しかないその手で器用に掴んだワイバーンの姿だった。絶対に当たると思っていたのだろう、ミーナとフルールは驚きで体が硬直してしまっていた。


灼熱の魔槍。触れれば部位の消失を意味する炎の塊を、ワイバーンは平然と握っていた。鱗が焦げる音すらしない。痛みなど意に介していないのか、それとも――その鱗が、それすら防いでいるのか。


『ガァァ!!』


ブォォォオオ!!


ワイバーンの発声と共に風が巻き起こる。その大きな翼を振り、フルールが放った魔槍を持ったまま空中へ飛ぶ。


「……ぁっ!ミーナさんっ!!」


何の差だったのかはわからない。ミーナよりも早く硬直を解いたフルールがミーナに向かって叫ぶ。これからワイバーンが何をするのかがわかったのだろう。それを聞いたミーナはびくりと体を震わせて収納から何かを取り出そうとしているが、指が上手く動かなかったのかもたついていた。その間にもワイバーンは空中へ飛びあがり、空気を掻くその動作で勢いをつけてその灼熱の魔槍をミーナへ向かって放つ。


奪った刃を、そのまま投げ返す。それは知能の高さの証であると同時に、こちらの最大火力をこちらへ向けるという最も悪辣な意趣返しだった。


シュゥゥゥ…ッ…


10数mからの投擲、その速度はフルールの助走付きのそれに劣らず高速だった。着弾の瞬間、先ほどワイバーンの攻撃から逃げるときに使用した煙幕を張ったが、次の瞬間。


ドォォォォオオオン…ッッ!!


魔槍が着弾する。気配を消して移動をしているのでどうなっているかは悠仁達の目には映らない。しかし、タイミング的にはどう見ても回避はできていなかった。


(どうなったっ…!)


「ぐっ…!う゛えぇぇぇ…!!」


悠仁の背後で聞こえる嘔吐の音、振り向くとそこには腹の右側面が10cm程抉られて焼失し、血の塊を口から吐き出しているミーナの姿があった。新調した装備は一部がなくなっており、その足元には大きな血溜まりができていた。直撃は避けられたようだが、完全な回避は困難だったようだ。ミーナがこれほどのダメージを負うところを悠仁はまだ見たことがなかった。ミーナは急いで腰に据えてあるポーションを2本手にもって一本を傷口へ、もう一本を口へ運んでいる。一番近くにいたアリスは長杖を構えて詠唱を開始している。


あのミーナが。風のように躱し続けたミーナが。悠仁の足が勝手に一歩前へ出かけ、慌てて踏み止まる。今ここで自分が動けば、誰のための布陣だったのかわからなくなる。


「我を導きし女神よ 貴女の僕たる私に力を 彼の者に寧謐と翠華を さぁこの身を以て爽癒と為せ」


詠唱を終えるとアリスは杖を背中に背負いなおして金の煌びやかな装飾が為された短剣を取り出してミーナに近づき、左手でその刃を握り締めゆっくりと引いた。


「いっ…!つぅ……。」


掌からぽたりぽたりと落ちる血液をミーナの傷口へ垂らして宣言する。


「ディバインヒール…。」


少し力のない魔法の発動だったが、魔法名を口にした瞬間ミーナの傷口は強く淡い水色の光に包まれた。


「ごめんね…。」


「これが私の仕事だから。」


ミーナがアリスに謝罪をするがアリスは当然といったように綺麗な包帯を手に巻き付けた後にステラからもらったヒールのスクロールを発動させて自分の傷を癒す。当のミーナはというと。


「どう?」


「…うん、なんとか。」


ミーナは傷口を押さえていた手を外して傷口を自分で観察する。どうやら傷口は大きかったが出血は止まったようだった。アリスが回復を行ったからこれで済んだが、これがポーションだけだったり初心者のパーティーだったら街に戻る前に受傷者は死んでいただろう。ミーナは冷や汗をかきながらも短刀を取り出して戦闘の意思を示す。


「俺が…。」


「あんたの仕事はアリスの護衛。今の見たでしょ?怪我をしてもアリスがいれば助けてくれる。だから私は大丈夫、あんたがアリスを守ってるのは私たちを守ってるってことでもあるの。いいから私たちを信じてそこで待ってなさい。」


「……。」


何も言い出せないでいるカインの顔を見てミーナは寂しそうに笑って走り出す。


その背中に、まだ血の匂いが滲んでいた。

ヴォルトペネトレイション(魔法)

雷属性の4小節魔法。魔力で形成された弓と矢を作り出し、それを使って矢を射出して攻撃をする。魔法の中では珍しく必中ではなく射手の技量が必要となってくるもの。筋力値は必要ないが、強く引くためにはそれだけ魔力を注ぎ込むことが必要で、それに伴って使用者には硬い弦を引いているような感覚がある。着弾の直前に9本の小さな矢に分かれる。


薄氷 (スキル)

戦闘スキル。刀系の刃物を装備しているときに使用できる。刃に冷気を纏わせて行う斬撃は対象の体表面を硬化させるため斬撃が楽になるだけでなく、凍傷としてのダメージを負わせることができる。刃が通りやすくなる効果は使用者のDEXに依存する。


ディバインヒール(魔法)

カーディナル専用の神聖属性の4小節魔法。女神サラに祈りを捧げ、自身の体の一部を触媒として使用することによって高い回復効果を得ることのできる魔法。注ぎ込む魔力、そしてどれだけの触媒を用意するかで効果が増減する使用者の技量が求められる魔法。大抵の場合血液を使用するが、この場合血液に自身の魔力を含ませて出血させるため見た目以上に使用者の消耗は激しい。

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