忽然と
――翌日 カシュカント北門
「ミーナ、備品の読み上げを頼む。」
「はいはーい。えーっと。」
ミーナが羊皮紙を取り出してそれに目を通し始める。現在の時刻は午前11時。領主からの手紙にはこの時間には兵が送られてくると言う話だったのだがまだその姿はどこにもない。時間があるので悠仁は持ち物の確認を行うことにした。
「ヒーリングポーションを15、悠仁、アリス、フルールにはこれに合わせてマナポーションを20。ステラには5個ね。等級は全部8以上の物を揃えておいたわ。後はステラが作ってくれた雷属性付与のマジックシャードを3個。後はポーション酔い軽減のササリの葉を5枚ね。弱見の水晶はアリスが持ってるわよね。」
「はい、ここに。」
アリスが収納の中から木製の箱を取り出す。中にはレッドキャップ戦で使うことになった弱見の水晶が入っている。
「他には…。ステラが作ってくれたヒールの入ったスクロールかな。これに関してはポーションの瓶と違って割れることがないから腰に着けとくのをお勧めするわ。昨日受け取ったベルト、ちゃんと装備してる?」
「あぁ、もちろん。」
カシュカントに来た時にギッシュに注文していたものだ。事情を話したら急ぎで納品してくれたので今日に間に合った。ブーツも新調されて助かったが懸念事項としてはこれの性能をしっかりと確かめられていないことだ。現実世界でもそうだが、身に着ける物は性能だけではなく使用者との相性もあるため少しの間使わないと思わぬ事故に繋がることもある。幸い悠仁は今のところ問題なさそうだが、他のメンバーもそうなのかはわからない。
「大丈夫そうね。私もこれにもっと収納できる場所があればよかったんだけど…。」
「お前のは仕方ないだろ、むしろその装備で腰にごちゃごちゃつけてたら全然隠密にならんだろうからな。ま、似合ってんじゃねぇか?」
「あっ…たりまえでしょ。しっかり採寸してもらったんだから。」
今回一番変化があったのはミーナだ。ミーナに関しては今までのハンター装備を完全に使わずくノ一の専用装備に切り替えてた。黒い布地の縁に赤いラインが入っている見るからに忍者装束な格好だ。艶消し加工がされているタイツを履き、脚にはハイソックスのような装備の上に膝上まである足甲をつけている。見たところ足首から膝上までを守っているもののようで足自体は草履を着用している。ただの草履に見えるがこの世界のこのレベルで身に着ける装備に意味のない物などない為、特殊な効果が施されているのだろう。タイツとハイソックスの隙間に見える肌色が眩しい。腕に関しても黒の手甲に黒の指出しグローブ、行動を阻害しない程度に肌の出る部分を最小限にしているようだ。
腰には相棒の黒蜃が鞘に納められており、反対側には今まで着用していた収納が装備されている。ただそれよりも悠仁が気になるのが。
「…確認中にあれだけど、ちょっと質問していいか…?」
「ん?なによ。」
「何で足がそんなに汚れてるんだ…?それにその服…いや胴体の装備も…。」
ミーナの真新しい装備のあちこちに擦ったような傷があることに加え足回りには泥が跳ねているのが見える。カシュカントは整備された街なのでそこまで汚れている場所などないのだが。
「あぁ、ちょっと動きの確認ついでに依頼をね。」
「依頼って…、今日が討伐の日だって知ってただろ?大丈夫なのか?」
「大丈夫よ大丈夫、大した依頼じゃなかったから。」
そう言いながら悠仁の視線が刺していた場所をささっと手で払って汚れを落とす。
「それじゃ続けるわよ。…ま、これは大丈夫だと思うけど自分の装備の手入れね。まだ街にいるから間に合うと思うけど必要な人は…。」
こうして頭から足先まで確認をしていった。
読み上げる声と、応える声。備品の確認というのは、ただの点呼ではなかった。互いの命を預け合う準備を、声に出して確かめ合う儀式でもある。ミーナの読み上げは、いつになく丁寧だった。
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――30分後
「…遅い…。」
時間つぶしと安全確認のために始めた装備の確認もとっくに終わってしまった。横では移動用の馬が退屈そうに道端の草を食んでいる。他の冒険者や街の住人達は既に活動を開始しており、門の前で佇んでいる悠仁達を不思議そうな目で見ていた。
(さすがに遅すぎるだろ…。どうせ寄せ集めの兵だろうけどそれでも領主からの命令でここに来るんだろ?さすがにこれは…。)
「いやぁ、お待たせしました。」
悠仁がもう一言文句を言おうとしたとき、背を向けていた門の向こう側からこちらに声をかけてくるのが聞こえた。遠く離れていても自分に向かって声をかけている時にはなんとなくわかるものだ。
「…いえ、問題がなかったのならよかったです。」
言いたいことはいくらでもあるのだが、これから命を懸けて戦闘をする仲間になる相手に対して毒を吐いても何にも起きない。
(落ち着け落ち着け…。ちょっと苛立ってるのは自分でも分かってるだろう。)
これから命を懸けて戦闘をするのだ。神経が立っていても無理はないだろうが、悠仁はクランマスターだ。重大な決定をしたり決断をしたりするかもしれない場面が待っているのにこれではまずい、そう思ってメンバーに分からない程度の深呼吸をして兵を迎え入れる。領主から話があったように50人程度の兵がやってきているようだ。
「……。」
「あの、何か?」
悠仁が値踏みするように眺めていると隊長らしき人物が困ったように声を出す。
(まぁ…装備自体は問題なさそうだな…。明らかにボロボロだったり装備をしていない人間がいたりするわけじゃなさそうだ。腐ってもセダの兵ってところだな。)
「いえ、足に何かが付いていたので気になってしまって。」
「………おっと、これは失礼しました。」
「……?」
その人物の発言に違和感を覚える。何だか機械的な、無機質な返事をされたような気がする。
「よし、これで大丈夫ですね。お待たせしてしまった私がいうのもなんですが行きましょうか。領主様も吉報を待っています。」
「…。」
(気のせいか。)
神経が過敏になっていて些細なことでも反応してしまうのだろう、そう自分に言い聞かせて悠仁は返事に頷いてメンバーに指示を出す。
「よし、揃ったみたいだ。皆馬に乗ってくれ。夜間の戦闘がどれだけ危険か分からないが向こうは夜間でも家畜を襲うことができるくらいには夜目が効くらしい。なるべくであれば日が出てるうちに事を済ませたい。」
悠仁の発言に頷きながら皆馬に乗る。
「じゃあ私達が先導しますので、後ろから付いてきてもらえますか?」
自信過剰ではないがどう見ても自分達より弱いと思われる兵士たちを前に置いたところで何も役には立たないと判断した悠仁は後ろから付いてくるように指示を出す。
「わかりました。何かありましたらすぐに指示をいただければと思います。よしっ!聞いたか!今より我々の指揮官はパーチのクランマスターYuji様だ!指示に従い迅速に行動するように!」
ガチャガチャガチャ……。
声による返事じゃなく各々武器を掲げてそれに応える。これがセダの士気の確認なのだろうか。その辺りは各軍隊、各地域の特性が出るところでもあるのであまり口を出すところではないだろう。悠仁は隊長が馬に跨ったのを確認して馬を出した。
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――3時間後 コルコイ山脈から2km地点
「随分と近くまで来たな。」
カシュカントを出る時に遠くに見えていた山に手が届きそうな場所まで来た。遠く離れていても見えるのだから大きいに決まっているのだが近くに来るとそれを実感する。
「フルール。」
悠仁よりも前を走っているフルールに声をかけると馬の速度を落として悠仁に並走してくる。横まで来ると指示を待っているかのように首を傾げて悠仁の顔を見てくる。
「前に来た時と変化はないか?あとこの中で一番遠目が効くのがフルールだ、何も指示しなくても報告してくれるのは分かってるけど何か見えたりは?」
「そうですね、前と変化は特にないですね。マナの流れも…まぁ少し減ってるような気がしますけどこれは許容範囲内ですね。地形に関しても特に問題ないです。何度か空を飛んでいる生物はいたんですけどどれもただの鳥ですね。」
「そうか、もう山脈は目の前だ。ワイバーンが今どこにいるか分からないがいつ襲われてもいいように警戒を強めておいてくれ。何かあったら声がデカいカインにでも言ってくれればすぐに俺にわかるからな。」
「ふふふ、わかりました。それじゃあ……。……?」
フルールが視線を前に移してまた最前列のカインに並走をしようとしたその時、前方に視線を留めたまま動かなくなる。
「…どうした?」
「いえ……あれは……。」
「あれ?」
悠仁もフルールの見ている方向を見てみるが何も見えない。
「何か見えたのか?」
「はい…でもあれって…。鳥…?にしては動きが…。…Yujiさん、警戒を…。」
フルールの声が重くなる。どうやら怪しいものが見えているようだ。
「わかった、確実にワイバーンに見えたらなんでもいいから知らせてくれ、俺は後ろの兵に指示を出してくる。」
「わかりました、じゃあ。」
そういってフルールは速度をあげてカインに追いつく。反対に悠仁は馬の速度を落としてセダの隊長の馬に並走する。
「私たちの仲間が前方に何かを発見したようです。いつ戦闘になってもおかしくありません。準備をお願いします。」
「ほう、そうですか。では私は兵どもに指示を出しておきます。何かあったらまたお知らせください。」
悠仁は静かに頷いて元の位置に戻る。元の位置に戻って2分も経たないとき、その時が来る。
「悠仁!!捕捉されたっ!!」
カインの声が辺りに響き渡る。相変わらずでかい声だがこういう時には助かる。どうやらワイバーンに捕捉されたようだ。空を飛ぶ生物の視力は凄まじいものだ。
「っ!!馬から降りろ!」
悠仁はメンバー全員に指示を出す。長距離移動なら確実に馬に分があるのだが短距離の高速移動なら今の悠仁達の方が得意な為である。むしろ馬に乗っていると機動力が落ちてしまうまである。悠仁の指示に従って馬から降りたメンバーは何も言わなくてもいつもの陣形を取る。馬は尻を叩いて逃げさせた。どこかに固定でもしてしまったら逃げられずに他のモンスターの餌になってしまう可能性もある。
「来ますっ!皆さんもすぐに陣形をっ!………?…………はぁっ!?!?」
「悠仁さんどうしたんでs……えっ!?!?」
「おいっ!これから来るってのに二人は何してんd…おいっあいつらはっ!!!」
悠仁の声に反応したアリスの声に更に反応したカインがそれぞれ同様のリアクションを取る。それもそうだろう、目の前ではありえないことがおきていたのだから。
「消えた…?」
指示を出そうとした悠仁の眼前に広がっていたのは50頭近い馬と、その上に乗っかっている兵士が着ていた装備だけだった。まるで中身だけ消えてしまったようなその光景に体が固まってしまった。




