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報告会①

――翌々日 カシュカント 冒険者統括組合5F クランハウス


「ほい、チェック。」


「ちょっ!ちょっとお待ちを…。」


「お前これで何回目だ…?」


「だ、だってぇ…。」


悠仁の前でミーナが情けない顔をしている。戦闘中は男性の悠仁から見てもかっこいいと思えるくらい凛々しい顔をしているのに何とも情けない。


ガチャリ


「こんにちはー。」


「お、来たか。」


音を立てて開いたドアからはアリスとステラの姿が見えた。どれくらいの間聖堂の図書室にいたのか分からないが、丁度会うことができた。二人は何か紙袋を抱えているようだったが、アリスはそれをテーブルの上において悠仁のいる場所までやってくる。


「何してるんですか?」


「ん?あぁ、ちょっとチェスをな。」


「へぇー、そんなものもあるんですねぇ。」


「昨日ミーナと情報収集する帰りに土産物屋にあってな。旅の時間つぶしになるかと思って買ってきたんだ。」


「こっちの世界にもチェスってあるんですねぇ。」


「発祥はわからないけどこんな感じの戦略ゲームって似たようなものが世界中で作られたからな。こっちの世界の人間も娯楽として作ってもおかしくないだろうな。ただ…。」


悠仁はミーナから獲った黒のビショップを持ち上げてまじまじと眺める。


「さすがにこの形は現実世界の物そっくりだから、向こうの人間が持ち込んだものだろう。」


「そうですねぇ。それでミーナちゃんはチェックされてるって訳ですね。」


アリスは盤面を見て一目で戦況を把握したようだ。捕られている駒の数からしても一目瞭然だろう。


「あ、アリスぅ…悠仁がいじめるのぉ…。」


「んー、そうですねぇ…。」


アリスは顎に手を当てて盤面をじっくりと見つめる。そして何かを思いついたように口を開いた。


「キングをこっちに動かして…。」


「うっ。」


この盤面では勝つことは不可能だ。もしかしたら悠仁の想像を遥かに上回る戦術があれば話は別だが、既に獲得している駒の数からして状況を覆すのは無理だろう。だが。


「そうなるので…。こっちのナイトを動かして…。」


「……。」


悠仁の嫌な手を悉く打ってくる。ここまでくればアリスが何を狙っているかはすぐにわかる。そのまま2手3手とアリスは何か目的を持って駒を動かし続け…。


「それで最後にこのポーンを動かせば…。」


「え?え?どうなってるの?」


苦笑している悠仁の顔を見てミーナは何が起きているか分からないでいるようだ。


「…引き分けだ。」


「引き分け?」


「そうですね。ステイルメイトと言って引き分けになります。勝つことができないと判断した時にはこうして引き分けに持ち込むこともできるんだよ。」


アリスが今までミーナが扱っていたキングを持ち上げて指でくるくると回している大した運動神経だ。


「いや参ったな。まさかアリスがチェスをできるなんて…。ってアリスならできても不思議じゃないか。」


「ふふふ、よく父の相手をさせられましたから。」


「す、すっごーいっ!あそこから引き分けに持ち込むなんてっ!」


ミーナはもう負けたと思っていた状況から引き分けに持ち込んでくれたアリスを女神のように褒め称える。


「本当はああいう風にならないようにするのが一番なんだけどね。」


「うぅ…。覚えます…。」


「それはそうとアリス、帰ってきたってことはある程度情報は集まったのか?」


もしかしたら入れ違いで帰ってきていたのかもしれないが、今回の件は急ぎだ。缶詰めになっていてもおかしくはないだろう。


「はい、ワイバーンについての文献を読んできました。ステラさんと手分けして覚えてきたのである程度のことならわかります。」


どうやら本の内容を暗記してきたらしい。この世界には図書館という物もあるが基本的に小さく、蔵書も研究を纏めたものなどではなく大衆向けの娯楽文学が大半を占めている。こういったものを調べるには聖堂に備え付けてある図書室を使うのがいいのだが、現実世界のように活版印刷がないこの世界では本は大変貴重で持ち出しなどは厳禁とされている。従って知識は自分で羊皮紙に写すか暗記をするしかないのだ。アリスもステラも記憶力は良い方なのでこれに関しては安心していいだろう。


「わかった。後で聞かせてもらう。…それにしてもカインとフルールはどこまで行ったんだ?」


個人でも受けられるような依頼を受けると言っていたが、どこまで行ったのか。急ぎだということは二人もわかっていると思うので無茶はしていないはずだが、帰ってこないところを見ると不安になってくる。


「完全に別行動でしたからね…。私もわかりません…。」


「まぁそうだよな。街にいないんじゃ連絡の取りようがないしな…。」


悠仁がカインのプレイヤーカードを取り出して居場所を確認しても『カシュカント周辺』と表示されているだけで詳細は分からない。しかししばらく眺めていると。


「…ん?お?」


「何間抜けな声出してんのよ。」


「いや、帰ってきたぞ。居場所の表示がカシュカント周辺からカシュカントに変わった。」


「なるほどね、じゃあこれで話し合いができるわね。私ちょっと飲み物の準備してくるわ。」


そういってミーナは少しだけ軽快な足取りでキッチンへと向かった。


盤を片付けながら、悠仁は駒を一つずつ布で拭いて箱へ戻した。旅の遊び道具は、丁寧に扱うほど長く旅の味方でいてくれる。買ったばかりの盤には、もう小さな旅の記憶が一つ載っていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「よーっす、帰ったぞ。」


「おう、お前たちが最後だ。」


「俺だってプレイヤーカード持ってるんだからそんくらいわかってるっての。だからこうして急いで帰ってきたんだろ。」


「まぁまぁ、悠仁さんもカインさんも、ミーナちゃんがお茶の準備をしてくれたので座りましょう。そろそろ領主さんに返事をしなくちゃいけませんからね。」


アリスに促されてメンバー全員が席に着く。


「それじゃあ報告会だ。まずは…、俺達からにするか。」


誰から話してもいいのだが、とりあえず話を始めた悠仁が報告を始める。


「俺とミーナで2日間に渡って避難してきた村人に話を聞いてきた。なるべく要点のみを纏めて話す。」


悠仁はクランハウスにもどってきてから自分で情報を纏めた羊皮紙を机上へ出してそれに目を通す。


「話を聞いたところワイバーンがいることは間違いないらしい。外見の情報もいくつか集めたんだが、どれも共通していた。出現時期に関しては今から3週間ほど前だ。」


「となると、本当に私達がここに来る少し前ってことになりますね。」


アリスが指折り日数を数えている。


「そういうことになる。毎度とんでもないタイミングだが仕方ない。避難してきた人の住んでいる村の位置を地図にまとめてみた。…これを見てくれ。」


悠仁が印をつけた自分の地図を机上へ広げる。メンバー全員立ち上がってその地図を覗き込むが、アリスの肩に乗っていたフェリスがバランスを崩して机の上に落ちてしまい恥ずかしそうに去って行った。


「この丸で囲んであるのが村のある場所だ。」


「おっ、俺とフルールでこの辺行ってきたぞ。」


「まぁここが発見された場所だからな。間違ってなくてよかったよ。…それでこの位置からわかることが…。」


悠仁は紐と硬筆を繋ぎ合わせただけの簡易的なコンパスを使って地図上に作図をしていく。スッスッと円と直線が引かれていき、とある1点でその線が交わった。


「コルコイ山脈に拠点を置いているとして考えたとき、恐らくこの辺りが行動範囲の中心になると思われる。」


「なるほど…、確かにある程度の知能を持った生物の行動だと考えると、ここを中心に活動をしていてもおかしくはありませんね。」


ステラも異論はないようだ。


「人的被害は今のところ軽微…といっても20数人は被害に遭っているようだ。それよりも家畜の被害が大きいらしくて肉の値段が上昇していく事態は回避できないみたいだ。そしてワイバーンの姿をよく見ている村人の話によると体は巨大…、まぁこれは主観が入ってるから恐怖も含めてのことだろうからあくまで参考程度で済ませてくれ。色は茶色で行動は昼間が多いらしい。夜の目撃情報は極端に少なかった。」


「茶色…。」


アリスがそう呟いてステラに視線を移すとステラもアリスの方を見てゆっくりと頷く。


「…どうした?」


「実は、図書室で調べていたんですが、ワイバーンにも色々個体があるようで行動の指針が違ったり気性が穏やかなものや臆病なものなどがいたりするみたいです。それで茶色というのは、ちょうどこの時期に繁殖期、だったような気がします。」


少し自信なさげに報告をするアリスの発言を裏付けるようにステラがバトンタッチして報告を続ける。


「……ん、私もそれを見た。確かに、茶色の外皮をした個体はこの時期が繁殖期だったと記憶してる。10数年に一回のペースでやってくるみたいだけど、丁度今回はそれに当たったみたい。それによって、餌を大量に確保したり、気性が荒くなったりする。元々はリットリアの方で過ごしているようだけど、この辺りが繁殖地なのかな……。特にそんなことは、記載されていなかったような……。」


「ワイバーンみたいな上位種にとってはどこが繁殖地であっても安全だから大丈夫なんだろう。『たまたま』今回ここが選ばれた、それだけのような気がする。」


繁殖地というのは基本的に自分が自分の子孫を育てやすい環境がある場所になる。餌が豊富にあったり、安全が確保されていたり、その基準は多くあるがワイバーンのような強大な生き物からすれば全てが餌で全ての場所が安全なのだろう。現にこの辺りには自分よりも遥かに劣る家畜やただの人間しかいない。


「そうかもしれませんね。物事には必ず理由がある、とは限りませんから。」


「攻撃パターンはドラゴンのそれによく似ています。空中での機動力は凄まじく、大きいから目で追えるもののそれでも近接攻撃を当てるのは困難なので基本的に魔法攻撃が有効であると書かれていました。地上でも空を高速で飛行するだけあって筋力に物を言わせた攻撃をしてくるそうです。」


「なるほどな…。カインとフルールからは何か報告はあるか?ワイバーンに関する情報は粗方揃ったみたいだけど。」


「んーそうだな…。」


カインが何を報告しようか頭を悩ませていると、はぁっとため息をついてフルールが口を開く。


「報告しようって言っていたじゃない…。全く…。えっと、ワイバーンが目撃されたと言われている場所まで行ってきたんですけど、平地に山っていう簡単な地形でした。山は地上がこれだけ温かいのに上に雪がかかっていましたね。中腹くらいまで馬で登ってみたんですけど途中からは徒歩じゃないと難しそうだったので引き返してきました。周りのモンスターはそれなりに強いですが、私達のレベルだったら問題なさそうです。カインもしっかり目で追えて防げていたみたいなので。」


「お、おう。」


事前に何を報告しようか決めていたのだろう、フルールがぺらぺらと報告しているのを見てバツが悪そうにカインは相槌を打った。


「特に特殊なモンスターはいなかったように思えますけど、鳥類系のモンスターが多かったような気がします。名前までは分からないですけど。もしそこで戦闘になるってなるとかなり厳しいと思います。山肌は何もないですし飛行しながらの戦闘が得意なモンスター、ワイバーンからしたら恰好の的ですね。」


「なるほどな…。討伐しに行くにはそこまで行く必要があるけど、行ったら行ったで厳しいって感じか…。さて、どうするか…。」


アリス達の予想と情報が当たっているのであれば餌を求めて地上までやってくるのだろう。それを待ってもいいが、既に被害が多く出ているため早急に対応しなくてはいけないことに加えて、既に捕食活動を終わらせてしまっていたら地上に降りてくることもないかもしれない。領主はこの件に関して派遣される兵を好きに使っていいとは言っていたが、使い方という物があるだろう。普通の戦闘で命を落とすのと、捨て駒にされるのとでは大違いである。


(さて…どうするか…。)


……………コンコンコン。


悠仁が黙り込んだところを見て皆が口を閉じているとドアにノックが為される。


「…ん?なんだ?」


「あ、私出てきますね。」


アリスがドアまで行きドアを開ける。ドアの向こうの人物と何かを話をしているようだがしばらくすると何かを受け取ってぺこりと頭を下げてドアを閉じた。


「どうした?」


「ええと、領主さんから緊急の手紙だそうです。悠仁さん宛に。」


「俺に?」


「はい、クランマスターにと。」


悠仁はアリスから手渡された手紙の封を切って中にしまわれていた紙を取り出して眺める。

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