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聞き込み②

しばらく歩いていると他の建物よりもほんの少し寂れている集合住宅が見えてきた。もともと人が住んでいない場所を臨時の住居として提供したらしいので恐らく見えているものがそれだろう。


「じゃあ行きましょうか。」


ミーナが先導して建物一階、中央にある扉から中に入る。


「…うん、人の気配はするけどしばらく使われていなかったのは確かみたいですね。」


「そうだな…、この臭い…。」


人の臭い、とも言えばいいのだろうか。廃墟と人が実際に住んでいる建物では生活に伴う臭いの違いがある。そして今立ち入ったこの建物では廊下の時点で少し黴の臭いがした。全室埋まっているらしいのでまだ掃除が行き届いていなかったのだろう。


「ま、酷い臭いではないな。うちの会社の資料室の奥とかこんな感じだっただろ。」


「あー、そうでしたね。私あそこ嫌いだったなぁ、っていうか知ってます?三枝さんなんですけどあそこで田中先輩と…。」


「…なんとなくその話の先は見えるからいい…。それよりもほら、最初の部屋だぞ。」


入り口から入って左手、そこには『101』と書かれたドアがあった。外から見た感じでは生活感があったので恐らく在室しているだろう。


「はいはい、わかってますよっと…。」


コンコンコン。


ミーナは小さな拳を翻し、ドアを3回ノックした。中からは来客を聞きつけた住人がドタドタと歩いてくる音が聞こえる。10秒ほど待つと目の前のドアが開いた。


「はいはい、お待たせしました。なんでしょう。」


中から出てきたのは中年の女性。手はしわがれておりしっかり仕事をしている人の手だった。少しボロボロなエプロンで手を拭きながら出てきたところを見ると何か家事をしていたところだったのだろう。


「すみません、私達領主様との取り決めでワイバーンの討伐をすることになった者です。」


「はぁー、あの怪物を討伐。恐ろしいことをするもんだねぇ。それで、私に何か。」


「はい、これから全員に聞いて回ろうと思っているのですが、ワイバーンの様子だったり、ワイバーンの出現する時の様子だったりを聞かせていただきたいんです。」


それを聞いた女性は頬に手を当てて思い出すように首を傾げた。


「そうだねぇ…。私もそんなにはっきり見たわけじゃないんだけどね。遠くの方で明らかに鳥よりも大きな物が飛んでいたのは見えたねぇ。山の向こうで見えてるのにあんなに大きいのはおかしいって思ったらこの有様だよ。私と同じように逃げてきて3階の305の部屋に住まわせてもらってるイゴルさんが襲われそうになったって皆が騒ぐから急いで村を出てきたって感じさ。それにしても大変だったんだよ、その前は…。」


そうして大した情報ももらえないまま女性はミーナに対して世間話を始めてしまう。ミーナも世間話に移行してしまっていることは分かっているようだが切り上げ時が分からないようで、少し困った顔をしながらも話に付き合ってしまっている。


(こいつが営業で成績上げられなかったのってこれが原因なんだよな…。)


相手が話しやすい空気を作れるのはいいことなのだが、相手の話に飲まれてしまっては本末転倒だ。しばらく待っても話が終わりそうにないことを悟った悠仁は静かにフェードアウトし話の中に出てきた3階に住んでいるイゴルを訪ねることにする。階段に足をかけると静かに木が軋む音が聞こえる。


(この建物、いつからあるんだろうか。)


このゲーム、このHOPEの世界はサービス開始以前からの歴史が存在する。その為世界には遺跡なども存在していてダンジョンとして攻略対象になっているところも多い。きっとこの建物もかなり前からここにあるものなのだろうことは想像に難くない。


(確か305だったな…。)


悠仁が3階に辿り着いて右へ曲がっても305の部屋はなく、どうやら階段を上がって左方向だったようで来た道を戻るとしっかりと305号室が現れた。悠仁が静かにノックを三回すると中から床の軋む音が聞こえ、ゆっくりとドアが開かれた。


「…なんじゃ。」


「すみません、私Yujiと言いまして冒険者をしています。イゴルさんでお間違いないですか?」


「ふんっ、冒険者か。」


初対面で冒険者と聞いてこの態度。どうやら冒険者にはあまりいい印象を持っていないようだ。こういう反応には変に対応してしまうと面倒なことになるので悠仁は笑顔を崩さないまま素知らぬふりを装って話を続ける。


「お忙しいところお尋ねしてしまって申し訳ありません。私、領主様との契約で最近この近くに出現するというワイバーンの討伐をすることになりました。」


「領主様がねぇ…。それで、そんな冒険者が儂に何の用だ。」


領主という言葉をきいて一瞬表情が軟化したように見えたがそれもすぐに元の仏頂面に戻ってしまう。


「領主様のご期待に沿うべく私は現在ワイバーンについての情報を集めています。下の階で女性にお聞きしたのですが、ワイバーンと実際に遭遇したのはイゴルさんだとお聞きしました。」


「モンドルのところの女房か…。あいつはいつもおしゃべりだ…。」


どうやら下の階の女性について言っているらしい。


「あぁそうだ。儂が実際にワイバーンに遭遇した。…本当は冒険者と話などしたくないのだが、領主様が関係しているとなれば仕方がない。何を聞きたいのだ。」


どうやら気難しそうな性格をしているが、領主のことは信頼しているらしい。質問をしても良いという意思表示のように見えたので悠仁はそのまま質問に移る。


「ありがとうございます。まずお聞きしたいのですが、イゴルさんが生活を送っていた村はコルコイ山脈からどれくらい離れた場所にありましたか?」


「そうだな…。山脈の麓から馬車で4時間ほどの場所だ。…と言っても年老いた馬しかいないからアンタらが使う馬車なら2時間程度で着くだろうよ。」


「なるほど…。4時間程度…。ありがとうございます。では次なのですが、実際に遭遇したワイバーンの外見について教えていただけますか?」


「あぁ…あれは忘れもしない…。」


イゴルは顔に影を浮かべながら当時のことを思い出しているようだ。


「体は村の半分を覆いつくしてしまうのではないかと思うくらいでな…。色は茶色、爪は太く、鋭い牙を持っていた…。狙いは儂じゃなく馬車を引いていた馬だったようで2頭のうち1頭を足で持ち上げて山脈に戻っていった…。」


「茶色で大きい…。」


悠仁が以前聖堂の図書室で見た時にはワイバーンは緑色だという記述があった。ワイバーンには数種類いるのだろうか。


「それに最近、夜にも大きな鳴き声を出しながら家畜を奪っていく…。これに関しては姿は見てないが、あの心臓が凍り付くような声はワイバーンの物で間違いないだろう…。」


イゴルの顔は恐怖が貼り付いたように固まっていた。人間は自分よりも強い生物の鳴き声を聞くと本能的に恐怖を感じるようにできている。特に人間の脅威になるような生物は巨大であることが多い為、その声量も馬鹿にならない。間近で叫ばれたら悠仁であっても足が竦んでしまうかもしれない。


「なるほど…。ワイバーンが現れたのは何時頃からか分かりますか?」


「村の若いのが『随分でかい鳥がいる』と飯の席で話していたのは今から10日ほど前だ。でかい鳥がいないわけじゃないからな。少し気にしておこうというくらいに話は留まったのだが、今考えればきっとそれがワイバーンだったのだろうな…。」


「10日…。」


何故村に降りて来るまでに10日の時間がかかったのか。どこから来たのか分からないがワイバーンの移動能力であれば周りの村を襲うことなど造作もないことなはずだ。


「わかりました。今のところお聞きしたいことは以上です。お時間を取っていただきありがとうございます。」


「そうか…。…Yuji、と言ったか。」


悠仁は今までの話を反芻しながら踵を返すと背中に声がかかったので再度振り向く。


「はい、なんでしょうか。」


「領主様の依頼だったな。」


「まぁ、そんなところです。依頼とは少し違うかもしれませんが。」


どちらかというと契約に近いだろう。


「それはどうでもいい。領主様は素晴らしい方だ。街から離れた遠方の村でもしっかりと保護をしてくださり、不作の時には食料や衣類を送ってくださる…。村に視察に来ていただいたこともあった…。儂にはこんな情報を伝えることしかできないが…、どうか力になって差し上げてほしい…。」


一介の村人にここまで言わせるセダの領主はさぞかし良い統治をしているのだろう。


「…そうなんですね。出来ることはします。私にできることなど微々たるものですが。」


「それでもいい。頼んだぞ、冒険者。」


「善処します。」


悠仁は今度こそイゴルに背を向けて歩き出した。ギシギシと音が鳴る階段を下るとそこにはまだ女性につかまっているミーナがいた。困り顔のまま相槌を打っているが、それに女性は気が付いていないようだった。


「ほら、行くぞ。」


「うんうん、そうなんですねぇ……って先輩っ!あぁっ!すみません、では私はこれで失礼しますっ!」


ミーナは話を早急に切り上げて悠仁の背中を追って集合住宅を出る。


「ある程度の情報は集まった。残りの情報は他の皆が集めてくるだろうし、クランハウスで纏めるぞ。」


「えぇっ!もう終わったんですかっ!?」


「お前は営業部じゃなくてよかったな…。こんな様子だったら入社1ヵ月でクビだったぞ…。」


「うぅ…。」


誰のものでも話を聞いてあげ、そして話しやすい空気を出すのはミーナの、石橋のいいところなのだろうが時間的制約がある時には少し問題だ。そんな後輩だったからつい尻を拭いてやりたくなったのか等と思いながら悠仁はミーナを率いて露店を横目で眺めながら組合までの道を戻っていった。


帰り道、悠仁は聞いた話を頭の中で並べ直していた。茶色の外皮、十日前の「でかい鳥」、馬だけを持ち去った狙いの良さ。事実を並べれば並べるほど、その行間の引っ掛かりも一緒に並んでいく気がした。

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