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不穏なニュース/聞き込み①

――翌日 悠仁の自室 午前9時


「あ゛ぁ……こりゃ駄目だな…。」


目を覚ました悠仁が感じるのは自分の体重。ベッドが飲み込んでくれているとはいえ起き上がろうとすると体には負荷がかかる。近頃の連続ログインのせいで完全に運動不足だ。きっと寝たきりだった病人が起き上がる時にはこのような感覚なのだろう。今までもデスクワークだったため大した運動はしていなかったものの、それでもオフィス内を歩いていることも多かったし通勤では一駅分を歩いていることもあった。


「ゲーム内のステータスをこっちにも引き継げたら……ってそんなことしたら大変なことになるな…。」


ゲーム内での能力をこちらの世界にも持ち越せるのであれば悠仁はあっという間に世界一のアスリートになってしまう。大した運動の経験もない悠仁でも世界一のスプリンターよりも速く走れてしまう世界だ、これがフルールやミーナだったら通常の人間であれば残像しか見えないような速度で動くことができるだろう。


「ふぅ…いつっ…。」


ベッドから体を起こした悠仁は不意に痛みを感じて頭を押さえる。


(ここ最近多いな。)


ゲーム内では何ともないのだが、こちらに帰ってきた時に不意に頭痛に襲われることがある。以前ワイドショーでやっていたHOPE頭痛というものだろうかと過去の記憶に頭を巡らせるが鋭い痛みにそれもかき消されてしまう。


「……ふぅ…。」


しばらくじっとしていると頭痛が収まる。どうやらそこまで重いものではなかったらしい。


「急な動悸とか頭痛って大病の前触れとも聞くし、気を付けるか…。」


悠仁も配偶者がいないとは言え一端の大人だ。まだ両親も健在な今の状態でぽっくりと逝ってしまうのはあまりに親不孝というものだ。


「さて、朝飯でも食うか。」


悠仁は台所へ行き冷蔵庫の中を見る。


「えぇと…、って何にもないな…。」


冷蔵庫の中には飲み物と少量の調味料しかなかった。ゲーム内で過ごす時間が伸びるにあたって冷蔵庫の中にいれたものが腐ってしまうかもと思った悠仁は買い物を控えていたことを思い出す。


「ただでさえ健康状態が怪しいっていうのに結局これか…。」


自分の行いに文句をつけながら悠仁はパントリーの中に入っているカップラーメンを取り出した。一時的なカロリー摂取であれば問題ないが、常態化すると健康に悪影響が出るのは日本人であればだれでも知っていることだろう。そんなことを思いながら悠仁は電気ケトルで湯を沸かし始めた。


「よっと…。」


湯が沸くまで時間があったので悠仁はテーブルについてテレビの電源を入れる。リモコンを持ってテレビを見るとその縁に埃が溜まっているのが見えた。


(もうこっちで生活してる時間の方が短いのかもな…。)


テレビには前回見ていたチャンネルがそのまま映し出されていた。時間帯も同じようなものだったので同じようなワイドショーが流れている。画面の向こうでは悠仁よりも二回りほど歳の食ったコメンテーター達がHOPEの危険性について話をしていた。


「まーたHOPEの話か…。」


世代が違うと中々分かり合えないこともあるのだろう。画面にはでかでかと今話している話題について書かれている。


『…ということはHOPEをプレイしている若者が失踪する例が絶えないと?』


『えぇそうなんです。元々HOPE内での死は現実世界での死に繋がることは利用者も承諾しています。…それが世間一般で認められるかはこの際置いておくとして、若者が失踪するという事案が発生しているようなのです。』


「失踪…?」


どうやら話が不穏な方向へ進んでいるようだ。HOPEが死に繋がることはリリース当時から問題視されていたが失踪となると少し話が変わってくる。


『それはHOPEの利用と相関関係があるのでしょうか?現在の日本では大々的に発表はされていないものの失踪者というのは一定数存在しています。それがHOPEの利用と相関関係が確認されていないのにこのような発言を公共の電波で行ってしまうのはいささか問題があるのでは?』


『はい、この件について私ども編集部で確認をいたしました。失踪者として警察へ捜索依頼が出されるのは家族や親しい友人がいた場合に限ります。しかも当番組に情報提供していただけた方ということでかなり数は限られますが、それでも40件近くの情報が寄せられています。』


その数字を聞いた先ほどのコメンテーターは納得したように頷いている。失踪者が40件となってそれらが全てHOPEの利用者ということになればそれはかなりの問題になりかねない。


『これらの数字が出ているにも関わらず公的機関は何もしてくれないのですか?』


『恐らく以前にお話した癒着問題があると思われます。現在インターネット上での電子署名や街頭での署名活動で公的機関に公正な調査を依頼している団体もいるようです。』


そういって画面が街頭での署名活動の映像に切り替わる。どうやら本当に署名活動が行われているようだ。


「色々あるんだな…。」


悠仁は手元にある携帯電話を開いてHOPEについてのニュースが纏められているページを見る。どこになんのモンスターがいただとかそういったことも書かれているがHOPEの世界のモンスターは移動をしてしまうためあまり参考にならない情報だ。悠仁はそういった攻略情報と言われるような記事は飛ばして社会的な記事を見繕う。


「どれどれ…。【ALGOと警察の癒着関係が酷すぎる件】【速報 ALGO関係者が政界への進出をしていた模様】【現実世界よりもHOPEのほうが楽しい】……。」


色々な記事が並んでいる、肯定的な意見もある中でやはり否定的な話題が多いようだ。ゲームを良く思わない人間は減ってきたもののどの時代でも一定数は存在している。そして特にHOPEが命の危険を孕んでいるとなるとその数は多くなることが予想されるだろう。悠仁が記事を流し見ていると一つの記事が目に留まった。


「【HOPEの世界に永住できるって噂マジ?】?」


HOPEの世界に永住など、不可能ではないのだろうか。現実世界で生活していて、それでこそHOPEの世界にログインできているのだ。いくら生命維持の保険があるとはいえ長期間のログインが危険であることは間違いない。そんなことを思いながら悠仁は記事を読み進める。


「…『現実世界なんて糞ゲーだよ。生きてるか死んでるかもわからないこんな世界よりもHOPEの方がよっぽど生きてるって感じられるわ。』『なんか本心からそう思ってるならHOPEの世界で過ごせる招待が来るらしいぜ?』『さすがにそれは嘘、月額利用料だけで10万とられるのに向こうに住むってなったらいくら取られるんだよ。』……ま、こんなもんだよな。」


記事は人の手によってまとめられている内容なようだが、それでも書かれているコメントはまとまりのない物だった。結局は根も葉もない噂ということだろう。


「っと、伸びちまう伸びちまう。」


気付けば携帯電話の指し示す時間はカップラーメンの設定時間を大幅に超えていた。悠仁は慌てて調味料を追加して混ぜ始める。


『…当番組では引き続きHOPEというゲームの謎と、その噂の真相について迫っていきたいと思います。明日もまたコメンテーターの皆様と共に問題について話し合っていきます。…では次のニュースです。近頃世界中で未確認飛行物体が確認されるという奇妙な事件が起きているようです。これは日本でも起こっていることのようで、視聴者の方から映像の提供がされています。こちらをご覧ください。』


ワイドショーではHOPEの話題を切り上げてオカルトチックな話に移行していた。未確認飛行物体の話はもう何十年も前から絶えることのない話題だろう。悠仁はそんなワイドショーから意識を逸らして目の前の美味しさを損なおうとしている栄養源に集中した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

――同日 カシュカント 居住地域


カシュカントは広い、大きさとしてはヴァリエスタの1.2倍に届かない程の面積である。しかしヴァリエスタと違って隅々まで冒険者が利用する機能が張り巡らされているため必要があれば街の反対から反対まで移動することになる場合もある。行動範囲が広がればそれだけ広く感じるのは当然だろう。


「何か先輩と歩いていると会社員時代を思い出しますねぇ。」


「そうだな。主に俺がお前の尻拭いをしてたんだけどな。」


「そ、それは言わない約束じゃないですかぁ…。」


誰もいない場所では相変わらず後輩口調になっていることにお互い気が付いていなかった。悠仁とミーナは会社員時代営業も齧っていた。客先へ自社の製品を売り込みに行くのだが、ミーナこと石橋が何かと失敗することが多かったため悠仁はそれについて行って頭を下げることが多かった。


「ま、昔の話だ。今じゃ引っ張ってもらうこともあるからな。」


「そんなことないですよ。結局ここでも先輩はみんなの前に立ってるじゃないですか。」


「…助けられてばっかりだけどな。」


こんなことをやる予定なんてなかった。気の合う仲間とこのゲームの世界を楽しめればそれだけでいいと思ってプレイしていたのに今では大きなことに首を突っ込んだり、身元不明の仲間の記憶を取り戻すために北西をめざしたりと波乱万丈な冒険をしている。


(そのおかげで見られた世界もあったけどな。)


悠仁は周りを見渡す。身長を遥かに超える建造物が遠くに見える。今いる居住地域ではそこまで高い建物は存在していないが日用品を家の前で売っている家が多い。色とりどりの石材で作られた家が立ち並んでいるのを見ると心が明るくなってくるようだ。


「いいんですよ。お互い助け合えば。それで、どこに向かってるんですか?」


「ん?あぁ、この先に臨時の避難民が住める住居が用意されているらしくてな。」


コルコイ山脈近くで生活をしていた農民がカシュカントに避難してきたらしい。セダは領民同士の仲が良好なようで避難民が来た際にもこの居住地域に住んでいる住人がすぐに家を用意し、それを領主が事後報告で承認したらしい。自分達の食べ物を作ってくれていた仲間は手厚く歓迎されているようだ。


「そうなんですね。そこに話を聞きに行くと。」


「そうだ、ワイバーンって言っても色々種類がいるらしい。それに周りの状況や環境について聞ければ討伐の手助けになるかもしれないだろ?」


「そうですねぇ。」


「ってことで話はお前に任せる。」


「えぇ!?私ですか!?」


ミーナが素っ頓狂な声を上げる。自分は後ろについていればいいと思っていたのだろうがそうはいかない。


「そうだ。俺は後ろで情報を纏めるから、お前が情報を聞き出してくれ。」


「そういうのは大体先輩の役割じゃ…。」


「マスター命令だ。頼んだぞ。」


「うぇぇ…。」


急な仕事が増えたミーナは肩を落としながら悠仁の後ろについて行った。


道の両脇では、家先の売り物を並べ直す手がいくつも動いていた。籠の位置を直し、布を掛け替え、空を見上げて天気を計る。避難してきた人々を受け入れた区画でも、暮らしの手つきは他と変わらなかった。

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