セダの領主②
「この際ハーダリアは置いておこう。我が領は常に3つの領からの脅威にさらされている。特にコレスタニアは大国だ。あそこは魔法工学が進んでいてハーダリアとクチアの抑止力がなければ第2のハーダリアになっていてもおかしくないだろう。そしてツォルニグ、ここは大国でないものの領主が野心に溢れた奴でな、隙あらば我が領土の侵犯を行おうとしてくる。…何が言いたいか分かるか?」
「…やることが多すぎる、ということでしょうか。」
「その答えでは半分しか点をやれんな。正確に言えばもうおいそれと兵を割く余裕がないということだ。本来であればそれでももう少し兵が残るのだが、ここ最近問題が起きていてな。」
「…問題?」
どうやら他の領を気にするほかにも問題があるようだった。
「そうだ、我が領には西にコルコイ山脈という山脈がある。そのお陰でコレスタニアからの侵攻を防ぐのが容易になっているのだが、近頃その山にワイバーンが観測されているのだ。」
「ワイバーン…。あの空を飛ぶ…?」
旅の途中で一度だけ話をしたことがある。場所によってはエリアボスにも数えられる飛行生物だ。
「その通りだ。ドラゴンとは比べ物にならない程弱くはあるのだが、それは比べる基準が少し間違っていてな。地上にいるよく見るモンスター等とは比べ物にならないレベルだ。まだこちら側に攻撃を仕掛けてくる気配はないのだが、それでも脅威だ。その辺に住んでいる領民は恐怖で農作業ができない者も発生していて問題になっているのだ。」
そのままちらりと悠仁の方を向いてくる。こうなれば話は読めてくる。
「なるほど…。そのワイバーンをどうにかしろと、そういうことですね。」
「…話が早いな、さすがウェイルの寄こした冒険者だ。」
領主は嬉しそうに話を続ける。
「もちろん我が兵も貸そう、それもケチケチせず500人単位でだ。このワイバーン問題が片付くまでこの書面に印を押すことはできん。ハーダリアをどうにかしたいという気持ちがあっても目の前に迫った危機を無視するわけにもいかないからな。」
領主であれば領民の不安を解消することは必要だろう。それに今は戦時下だ。変なことで領民からの信頼がぐらつくようなことがあっては領の防衛にも関わってくる。
「わかりました。現地やワイバーンについての調査を行ってからお借りする兵の数などは検討させていただきます。」
「うむ、慎重で何よりだ。ここで無鉄砲に走り出そうものならこの話はなかったことにする予定だったからな。」
どうやら最適な選択肢を選んだようだった。表情には出さなかったが悠仁は心の中で安堵の息を漏らす。
「それでは仲間と一緒にこの件について進めさせていただきますので、これで失礼します。」
「うむ、連絡を待っている。証書はこちらで預かっているから安心するといい。」
領主は満足そうに頷いて悠仁達を見送った。
(初めはこっちが話の主導権を握っていたと思ってたけど、結局全部向こうの目論見通りに進んだな…。)
悠仁達が領主に求めようとしていたことは犠牲を伴うことだ。何の対価も無しに話が進むとは思っていなかったがまさかワイバーン退治を条件に入れられるとは思っていなかった。
(っていうかワイバーンってそんなに何匹もいるものなのか…。)
RPGではメジャーなモンスターであるワイバーン。その強弱もまちまちだが、このHOPEの世界ではエリアボス扱いもされるほどの強敵だ。それがこのタイミングで現れるなどあることなのか。応接室まで案内してくれた兵士に連れられて難しい顔をしながら歩いている悠仁がいると他のメンバーも話す雰囲気になれないのか静かに城から出た。
「それではここで、領主様にご連絡があれば私か、ここにいる者が取り次ぎます。Yuji様のことは周知しておきますので誰にでも伝えていただければと思います。」
「わかりました、ありがとうございます。」
これからのことを考えながら悠仁達は城の前を離れてクランハウスへ向かった。
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――同日 組合5F クランハウス
「とんでもないことになったな。」
カインはそう呟きながらどさりとソファに腰掛けた。他のメンバーも重い空気にはなっていないものの皆考えていることがあるのか静かに椅子に腰かけた。
「そうだな、何かしらお使いは頼まれると思ったんだがまさかワイバーンの討伐を条件に出されるとは思っていなかった。」
せいぜい他の貴族の説得や、他の領へのお使いくらいで済むと思っていた自分達が甘かったようだ。街や村を困らせているモンスターを討伐するというイベントはRPGのお約束だ。直前でセーブをして何回も挑むのがセオリーになってくるがこの世界ではそういうわけにはいかない。死んだら最後もう二度と挑むことはできないのだ。
「…とりあえずは各自ワイバーンとこの問題について情報収集を進めてくれ。街の住人に聞いてもいいし大聖堂でワイバーンの生態について調べてもいい。これに関しては即決断即行動は危険だ、しっかりと下調べをしてから挑むのがいいだろう。」
「そうですね…。私は大聖堂の図書室でワイバーンについて調べます。」
「……それなら、私も図書室に行きたい。ワイバーンに通用する魔具が作れれば助かるだろうし、ついでに、アルケミストのスキルについても調べたいから。」
どうやらアリスとステラは図書館に行くらしい。
「んじゃ俺は組合周辺で聞いてみるかな、簡単な依頼でもこなしながらカシュカントの周りを調べてくるわ。」
「あ、それなら私も付き合うわよ。久しぶりに体動かしたいし。」
「あぁ、それも大切だな。頼んだ。」
カインとフルールは組合に寄せられた依頼をこなしながらカシュカント周辺のことについて調べてくれるようだ。まだ船から降りて街から出ていない現状でいきなり戦闘というのは難しいものがあるだろう。
「それじゃあ俺は街の住人に聞き込みをしてみるかな。」
「なーんかペアでの行動っぽいし私は悠仁について行こうかな。」
残りの悠仁とミーナは街での聞き込みが中心になりそうだった。人数がいるとこういうときに役割分担ができるのが助かる。
「よし、全員の役割が決まったな。返事は今日明日にするつもりはないから各自無理のないペースで進めてくれ。とりあえずもう何日も連続でログインしてるしそろそろ戻った方がいいだろう。」
現実世界の時間で既に4日程はログインを続けてしまっている状態にある。そろそろ現実世界の体の調子が崩れてしまう時期だ。生命維持の保険に入っているとはいえ何度もその助けを受けるのは体にいいとは思えない。
「そうですね。私も向こうで片付けないといけないこともありますし。」
「よし、じゃあ今日は解散だ。フルールもこっちに残るからって無理はしないようにな。誰も助けられない。」
「私もそこまで馬鹿じゃないですよ。ちょっと気分転換に買い物でも楽しんでおきます。」
街には冒険に関係のない店もたくさんある。防御力が皆無なNPCが着る服屋、家庭で使うような食器類などそれこそNPCが使う日用品のようなものを扱う店は無数にある。それらを楽しんでいる冒険者も多いらしいが悠仁達の周りにはあまりそういう人物はいなかった。
「そうしてくれ。じゃあ今度こそ解散だ。用事がないなら一緒に行こう。」
「はーい。」
ミーナの返事を皮切りに皆が次々と返事をしてクランハウスを出た。
散っていく足取りは、それぞれの持ち場へ向かってばらばらだった。それでも全員の頭の中に同じ翼の影があることを、悠仁は疑わなかった。役割を分け合えるのは、恐れを分け合えているからだった。




