革装備職人②
「……よし、粗方わかった。大体は俺が対応できそうだが…、そこのカーディナルの嬢ちゃん。」
「は、はい、私ですか?」
「あぁそうだ。嬢ちゃんのその神官服は俺が手が出せない。それに関しては伝手があるからそっちに相談してみてくれ。なぁに、俺の昔からの知り合いだ。魔力を編み込んだ布製品ならあいつに任せとけば間違いねぇ。」
どうやらアリスの神官服だけは専門外だったようだが、驚くことに靴や革鎧だけではなく収納や武器を固定するベルト、グローブに至るまで細かく確認をしてくれ、それぞれに提案をしてくれた。
「兄ちゃんと、そこの赤いローブの姉ちゃんのブーツの素材は大体同じだな。魔法を使う職業ってのは装備がマナに干渉しちまったら使いにくくて仕方ねぇからな。それに重要なのは軽さだ、まぁこれはどの職業でも軽ければそれに越したことはないんだが特に魔法職は重要だ。昼間に来たフルプレートの兄ちゃんみてぇに守ってくれるものがねぇから自分の足とか魔法で攻撃を防がねぇといけねぇ。だから使うのは…。」
ギッシュは店に並んでいる革のサンプルをじっくりと見比べ、眺め、触りながら吟味している。
「これは…、いや、それよりもこっちの方が干渉が少ねぇな。それに…。」
なにやらぶつぶつと呟きながら選んでいるようですっかり自分の世界に入ってしまっているようだ。そしてしばらくすると納得したように一つの革を手に取って悠仁とステラの前に持ってくる。
「よし、俺の見立てでは今これがベストだ。」
目の前に出された革は既に鞣してあり、元の生物が想像できないような見た目になっていた。しかし灰色に艶めくそれはとても上質なものに見えた。
「これは?」
「おっとすまねぇ、普通こうなっちまったら分からねぇよな。これはルザード…、山岳地帯に生息する三本角の凶暴な馬の革だ。特定の神聖な水しか飲まないことからかなり魔法との親和性が高い。ついでに言えばルザード自体も魔法使ってくるらしいからな。」
「ルザード…聞いたことないですね…。」
「まぁ狙って会いに行かねぇと会うことはねぇだろうな。かなり標高の高い山にしかいねぇらしいし、俺も死体しか見た事ねぇな。」
どうやら普通に冒険しているだけでは見ることのないモンスターのようだ。既に大陸の中央辺りまで旅をしてきた悠仁達だが、まだ行っていない土地やら会った事のないモンスターなど山ほど存在していることは知っていた。
「なるほど、じゃあそのルザードの皮というのはかなりの耐久度なんですね。」
「いや、そういうわけじゃねぇんだが…、まぁちょっと鞣し方にコツがあってな。あんまり広くは知られてない鞣し方なんで秘密ってことで頼む。」
「はぁ。」
職人界隈でも色々と競争やら何やらがあるようだ。あまり深く突っ込んでも分からないことばかりなので専門的なことは専門家に任せておくことにする。
「んで、エレメンタリストの嬢ちゃんのだ。エレメンタリストの前でご高説を垂れるのは気が引けるんだが…。」
「いえ、お気になさらないでください。是非聞いてみたいです。」
「そ、そうか?…うぉっふぉん!!精霊や妖精っつーのは基本的に鉱石が苦手だ。宝石や宝玉になると話は別なんだが、鉄とか銅とかそういった物に関しては寄り付かない。そしてマナ、魔力は精霊を構成している物そのものだから魔法と金属はなかなかに相性がわりぃってことなんだ。」
「へぇ。」
悠仁が知らなかった知識が出てくる。確かに魔法職が金属の装備を身に着けないことは常識として知っていたが、それが精霊に関係しているとは思ったことがなかった。
(もしかしたらウンディーネとの戦闘の時も金属を上手く使えばもう少し事が簡単に進められたのか?)
もし、もしも等のあり得ない過去を考えている間にも話は続いていく。
「ただ、今回みてぇな用途の時には耐久度の上限が高いことが求められる。そこでこれだ。」
そういってギッシュはゴンッと音を立てるものを机の上に置いた。
「これは?」
机の上には角度によって輝き方が変わる金属が置かれており、その周りはぼんやりと輝いているように見えた。
「これはミレニア鉱の原石だ。これを細かく砕いて皮を鞣すアイテムに混ぜ込む。…まぁここからも色々あるんだが、結果的にこうすることによって耐久度の上限が少しだけ増すってわけよ。…たけぇけどな…。」
ミレニア鉱といえば鉱石にも関わらず魔法との親和性が高い特殊な鉱物だ。クチアでしか採れないと言われているためその特性もありかなり高価である。カインの鎧にもふんだんに使われているが相当な金額になったことは記憶に新しい。高ければいいものが作られるという訳ではないが、性能がいいものは総じて高いのはこういった理由なのだろう。
「そんでエレメンタリストの姉ちゃんの靴には更にこれだ。」
「あっ。」
フルールが思わず声を上げる。それもそうだろう、その手に握られていたのはこの街に来た時にも話題になっていた紐だったのだから。
「それって靴の紐ですか?」
「その通りだ。これがまたいい性能の底上げになるんだ。ま、素材を変えて装備の新調をするほどのものじゃねぇからそれなりのレベルの冒険者にならないと存在を知りすらしねぇけどな。」
「なるほど…。ちなみにそれは?」
「これはバラークナスの髭で作った紐だ。水の精霊の加護が付与されてる。」
バラークナスというモンスター自体は知らないが、水の精霊の加護が付いているということは水に関係するモンスターなのだろう。
「これを使えば水精霊の魔法を使うときに攻撃力にボーナスが入るだけじゃなく水魔法の被ダメージ軽減にもつながるぜ。」
「へぇー。紐にも効果なんてあったんですねぇ。」
「おうよ、次は鎧だが…。」
ギッシュの口から語られる知識はアリスも知らなかったようでふんふんと感心しながら話を聞いていた。顔のレベルが高い3人の女性+1に話を聞かれているギッシュは気を良くしたのかその後も装備や素材についての話を続け、それも一通り終わった頃に採寸に入った。
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「よし、じゃあこれで作っておくぜ。今店に無い素材…結構珍しいものもあるから商会に行って確認をすることになるが…。まぁここはカシュカントだ、大体の物は揃うだろうよ。金はその時に頼む。」
「わかりました。じゃあ作り終わったら組合のパーチ宛に連絡をくれれば取りに来ます。」
「おうよ、任せとけ。それと、くれぐれも戦闘は避けてくれよ。その脚じゃ危なっかしくて仕方ねぇ、これから代金を払ってくれる人間が死んじまったら作り損だからな。」
「ははは…、気を付けます…。」
そうして4人のブーツ、フルールの鎧に加えて各種小物の依頼を済ませ店を出た。
「ふぅ…。おっと、すみません。」
悠仁が店から出ると丁度店の前を通りかかろうとしていた冒険者とぶつかりそうになった。向こうもぺこりと会釈をして立ち去って行った。悠仁が周りを見渡すと既に暗くなっているものの昼間の都心よりも多くの人間が歩いているのが見える。
「結構時間が経ったと思ったけどそうでもなかったか。」
「いえ、今は午前0時ちょうど位ですよ。」
アリスが時計を見ながら悠仁に伝えてくる。どうやら2時間を超えて店に滞在していたようだ。それよりも驚くのがこの時間になっても人の数が減らないことだ。
「それでこの人数か…。」
今日は現実世界で普通の平日だ。金曜日や土曜日の夜ではないことを言っておく。
「冒険者の数だけじゃなく、NPCの数も相当な数に上るから。セダは各地の村が少ない代わりに、ここに領民を集めている傾向があるの。各地への作業も、ここを起点にして行っているみたい。」
ステラが解説してくれる。どうやらセダは首都へ領民を集中させる政策を取っているらしい。
「戦時中、だからなのか?」
「……それは、私にはわからないけど。」
「まぁそうだよな。」
物知りな2人に何かと質問を投げてしまうことが多いが2人だってなんでも知っているわけではない。悠仁はステラから前方へと視線を移す。
「とりあえずカインもミーナも来なかったし大聖堂へ行くか。」
「あ、行きたいです行きたいです!」
アリスが嬉しそうに反応してくる。
「私もそろそろ新しいスキルを覚えたいと思っていたんですよね。丁度いいです。」
「……そろそろスクロール製作師のレベルも上げておきたいし、せっかくもらった魔具製作師とポーション作成師のレベルも、上げておきたいの。折角、本を読んで勉強したし。」
「あー、ステラさんが馬車の中で読んでいた本ってそれの本だったんですね。」
悠仁は御者をしていたので知らなかったがどうやらステラは荷台の中で勉強をしていたようだ。この世界のスキルは指導での試験によってレベルアップしていくので実際の技術も必要だが、その中には時折ペーパーテストも含まれており適切な知識がないとパスできないものもある。そういった時にものを言うのが日頃の勉強だ。高レベルになってくるとその傾向も強くなってくる。
「そうだな。俺もそろそろ上位の魔法を覚えたいと思ってたし、大聖堂でスキル習得祭りと行くか。」
「賛成です!いい回復魔法を見つけたんですよ!これでもっと皆さんを助けられます!」
「あぁ期待してる。じゃあ行こうか。」
悠仁達はミーナとカインの用事が済むのを待ちながらスキル習得をするために大聖堂へ向かった。
深夜の大通りを歩きながら、悠仁はこの街の灯りの多さを思った。灯りというのは、種類が何であれ金のかかるものだ。夜通し明るい街とは、毎晩それだけの富が惜しみなく燃えている街ということでもある。
ルザード(モンスター)
高山地帯の頂上部に生息するモンスター。左右と額の物を合わせて3本の羊が生やしているような角が生えている。それ以外は概ね馬のような見た目をしているが草食という訳ではなく、頂上付近に溜まる雪解け水のみを摂取する特殊な生活をしている。乾季と雨季によって移動する生物のように魔力の高い土地へ移動する習性を持つため、探すには生息している場所を覚えるのではなくマナの濃い場所を探す方が効率的である。角による物理攻撃はそこそこに、その有り余る魔力を使って魔法を行使する。数多く存在しているモンスターの中でも精霊に近い存在である。
バラークナス(モンスター)
海中に生息するモンスター。HOPEの世界はパンゲアのように一つの大きな大陸から成っているため海が少ないのだが、その数少ない海に生息しているモンスターである。現実世界の鯨のような形をしているが、通常鯨が持っている目の位置に2つ、そして額の位置には昆虫の複眼のようにびっしりと目が存在しており常に海上の獲物を捕捉している。倒すにはかなりの労力が要されるが、風魔法の派生属性である雷属性の魔法が開発されたことでそれ以前よりも遥かに効率的に狩ることができるようになったため個体数が減少しているモンスターでもある。
バラークナスの髭 (アイテム)
バラークナスから採られた髭。柔軟だが非常に丈夫で加工がしやすい。髭という物の特性上あまり多くの物に使用することができないが、海の生物からの素材なので水の精霊ウンディーネの加護が施されているものが多く、その加護の強さによって等級が変わってくる。エレメンタリストが使用することでその真価を発揮すると言われているが、科学的根拠はなく、検証されたことも不明である。




