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革装備職人①

――カシュカント 仕立て屋『星片の滓』前


「お、宣言通り。」


悠仁達は昼間に来ていたギッシュの店の前にいた。店には既に明かりが灯っており、入り口のドアにかけられている札も「【臨時】営業中」になっていた。装備の仕立てにはどれくらいの時間がかかるか分からない為、なるべく早い方がいいと判断したことがここにきた理由の一番だが、それよりも待ってくれていると言っていたのでお誘いを無碍にするのは気が引けた。


「よし、じゃあ……、ってミーナとカインは別行動だっけか。」


「そうね、私は申し訳ないけどあっちに行ってくるわ。」


「おう、ここは革製品だけしか扱ってないみたいだからな。ちょっと俺の装備を見てくれるような工房を探してくるぜ。」


ミーナはくノ一専用の装備を扱っている店を発見したようでそちらに行くとクランハウスで話していたのだ。カインも革製品を扱うギッシュの店では自分の装備を見られないと思ったようで自分で工房を探してくると言っていた。こういった時には無理に団体行動をしない方が効率がいいだろう。


「わかった。じゃあこっちの4人はしばらくここにいるから何かあったら来てくれ。もしもういなかったら…、そうだな…クランハウスか大聖堂にいるようにする。」


「おう、じゃあまた後で。」


「んじゃ私も行ってくるわね。」


そういってミーナとカインは店の前から移動して各々目的を果たしに出かけていった。


二人の背中が人混みに紛れるのは早かった。単独行動を許せる街と、許せない街がある。ここは前者だと全員が自然に判断している辺り、カシュカントの治安は既に信用され始めているようだった。


「よし、改めて。」


悠仁は右手をドアのノブにかけて店の中に足を入れた。ドアは新しくつけたのだろうか、軋む音は一切しなかった。中には誰もいないが様々な革や展示されている装備が並んでおり、昼間から急ピッチで作業を進めていたことがわかる。これだけ準備するのは大変だっただろう。しかし、ドアにはカウベルが設置されていないため店奥にいる人間は悠仁達が来たことに気が付いていないようだ。


「すみませーん…。」


アリスが控えめに声を出すと奥から木の床を鳴らす音が聞こえてきた。音が段々と近づいてそちらに視線を移すと数時間前に見た人物が手を布巾で拭きながらやってきた。


「おー、すまねぇな。まだ鈴をつけてねぇんだ。」


どうやらカウベルがついていないのはミスではなく準備の途中だからのようだった。


「いえ、大丈夫です。伺っても問題なかったですか?」


「おう!店はまだ散らかってるがもう作業はできるぜ!というか兄ちゃんたちしか来ねぇ予定だったからこっちはあんまり手をつけてねぇんだ!がっはっは!」


ギッシュは腹を抱えながら豪快に笑い飛ばしている。ドワーフはその体型も相まって一つ一つの動作が豪快だ。


「と、すまねぇな。さて、早速仕事の話に入ろうか。」


「はい、じゃあまずお願いしたいのは全員の靴の修繕と、必要があれば製作をお願いしたいです。」


悠仁達は各々自分の靴を見下ろす。靴の下に付いたガムを確認するように踵をあげて後ろを振り向いて靴底の確認をするとそこにはボロボロになっている自分の靴が見えた。そしてそれは全員同じである。


「ありゃ、そりゃぁひでぇな。ちょっと見せてみろ。」


ギッシュが人差し指をちょいちょいと動かして靴を見せるように指示を出してきたので悠仁は自分のブーツを脱いでギッシュに手渡す。


「……。」


上、下、そして昼間にも話題になっていた紐まで入念に確認をしている。どうやら紐は脚装備を構成する重要なファクターだったようだ。腰に据えてあるルーペを取り出してそれでも詳しく確認している顔は既に気前のいいドワーフではなく一人の職人だった。


「ど、どうですか?」


「んー…。随分と大切に使ってたみたいだったから修繕して何とかしてやれねぇかと思ったんだけどよ…。」


その口ぶりからしてあまりいいニュースが聞けそうにはなかった。


「普通こういった装備って耐久度が減ってくると新しい物に変えて、それを俺達みたいな生産スキル持ちがギリギリ使えるレベルまで修繕して初心者とかに卸すんだよ。値段も手頃にできるし、何より次のステップの装備を試せるいい機会になるからな。それでも難しくなったら分解して更に使えるところを…って作業を進めてくんだが…。」


ギッシュはもう一度靴をルーペで眺めながら不思議そうな顔をしている。


「耐久度が恐ろしく減ってるな。それこそ戦闘以外の、生活をするだけで壊れちまう位にな。どうやったらこんなことになるんだか…。」


ブーツに深刻なダメージを負わせてしまった原因は分かっているが説明するのは難しい。その物質が何かを確認したわけでもないし、どういった機序でブーツにダメージが入ったかも結局のところ分かっていない。


「ちょっと…いや、かなり足元が悪い場所に長時間いることになりまして…。」


「足元が悪いってぇと、尖った岩の上とかか?」


「いえ…、かなり人体に悪い薬品…、何か魔法的な薬物なり毒物なりの上を長時間歩いていました。」


「なるほどな…。ちなみにその毒っていうのはどんなもんなんだ?」


「そうですね、詳しくは分からないのですが私達が触れるとすぐに洗い流さないと爛れるくらいにはきつい毒でした。」


ギッシュはそれを聞いて合点がいったようで「なるほどな」と小さな声を出しながら話を聞いていた。


「そういった事例はあんま聞かねぇんだが、確かにそれならこうなっている可能性は十分に考えられるな。耐久度についてはどのくらい知ってる。」


「えーと…、あらゆるものに付与されている数値で、使用やダメージによって減少していって修繕を行うと最大値が減少する代わりに耐久度が回復する、といった感じです。」


「さすが冒険者、その通りだ。」


ギッシュは自分の生徒がいい点数を取った先生のようにうんうんと嬉しそうに頷いている。


「だが今回は不思議なことがあった。」


「不思議なこと?」


「あぁ。脚装備、特にこういったブーツってのは悪い環境に長時間晒されることが多いから耐久度は基本的に高めに作られていて、兄ちゃんのこのブーツも例外じゃない。見たところ1回くらいの修繕がされているだけでそんなに耐久度の最大値が減ることはないんだが、これに限っては既に耐久度がいつ0になってもおかしくないレベルまで落ちてるな。」


「そ、そんなに…。」


「おうよ、遠目から見てそこにいるお嬢さん方の靴も同じだな。さっき話してくれた自分たちの体への影響ってことでピンと来たぜ。」


どうやらこうなった原因をギッシュなりに考えていたらしい。


「それはどういう…。」


「おう、革製品ってことはそもそもモンスターや家畜の皮を使って作るんだが、俺達に害があるってことはそいつらにも大抵害があるってもんだ。つまりそいつらの皮を使って作ったこういった物はそういうのに弱い可能性が高い。しかもかなり強力な毒物だったみてぇだな、修繕をしないで耐久度の上限がゴリゴリ減っちまってる。こうなっちまうともう新しいのを作るしかねぇな。」


「そうですか…。」


これからどのような状況に陥るかわからない。戦場を横切る可能性もあるのでそれなりのものを持っておく必要があるのはここにいる全員が分かっていることだ。


「そうですね、それでしたら是非ギッシュさんにブーツを作っていただければと思います。」


「おうよ、任せとけ!実をいうと、これだけ靴を酷使する冒険者はなかなか見ねぇ。そんな冒険者の使用に耐える装備を作れたら職人冥利に尽きるってだけじゃなくて俺の実力の証明にもなるってもんだ。」


どうやら今回の依頼はギッシュの職人魂に火をつけるものになったようだ。職人というのはどういったことがやる気の動機になるのかわからない。


「んじゃ早速採寸だな。後は、使う素材と予算の相談だ。兄ちゃんたちの実力になるとほぼオーダーメイドになるからちょっと値が張っちまうけど大丈夫か?」


「あぁ、はいそれなりに資金は用意していますので大丈夫です。むしろこれからの戦闘と冒険に耐えられるように良いものをお願いしようと思っていましたから。」


「そうこなくっちゃな!靴だけで大丈夫か?兄ちゃんたちが初めての客だからまだオーダーは入ってねぇし他の物も見られるが…。」


「あ、それじゃあ!」


そのセリフに反応してフルールが手を挙げる。


「私の鎧も作っていただきたいんです。ちょっと精霊との調和がズレる時があって…。」


「精霊…ってことはお嬢さんはエレメンタリストか?」


「え?あ、はい。」


「おぉ!こりゃたまげたな!エレメンタリストに実際に会うのは初めてだ!」


どうやらギッシュは今までエレメンタリストにあったことがなかったようだ。それも無理はないだろう、エレメンタリストといえばカーディナルの次に人口が少ない職業だ。ずっと冒険をしていれば会うこともあるかもしれないが、生産スキルを使って職人をしていれば会うことは滅多にないだろう。


「任せとけ、エレメンタリスト向けの装備を作るのは初めてだが満足のいくやつを作ってやるよ。」


「はいっ!よろしくお願いします!」


その溢れんばかりの自信を見てフルールは嬉しそうだ。


「んじゃそこのお嬢さんの鎧も含めて革の装備で困ってるものがあったら教えてくれ。出来るだけ対応してやるし、他の分野でもこの街にいる知り合いで紹介できる奴がいるかもしれねぇ。」


こうして悠仁達はギッシュへどんどんと要望を伝えていった。


要望を伝えるたび、ギッシュの手元の帳面には太い字が増えていく。書き方は荒いのに、数字の桁だけは異様に丁寧だった。職人の帳面には、商売への姿勢がそのまま出るものらしい。

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