返信
――カシュカント 組合5F クランハウス
コンコンコン。
丁寧なノックが3回、部屋の中に響いた。大聖堂から帰ってきたばかりでまだ腰すら落ち着けてない状況だったので恐らく悠仁達が帰ってくるのを見ていたのだろう。
「あれ、誰ですかね。」
「職員だろうな。ちょっと出てくる。」
悠仁が持っている荷物をテーブルにおいてドアへと向かい、音を発していたドアを開けるとそこには臙脂色の制服を着た組合の職員がいた。
「失礼します。手紙が届いておりますのでお届けに参りました。」
「あー、はい、ありがとうございます。」
「では。」
役目だけをこなして職員は帰っていった、職務に忠実なのだろう。悠仁はドアを閉めて部屋の中央へと戻りながら差出人の確認をする。
「えーっと?一つは商会からだな。もう一つは…、お。」
「その反応だと、領主さんからですか?」
悠仁の反応を見たアリスが悠仁の傍に近寄ってきて手紙の差出人を覗き込んでくる。悠仁よりも身長が低い為背伸びをするように踵をあげている姿が可愛らしい。
「ああ、差出人は違う名前だろうけどセダ領の公印っぽいのが押してあるから恐らく間違いないだろうな。そもそも印を押してある手紙自体がそう多くないからな。それにしても随分早かったな。」
領主に手紙と身分証明が届くように手配をしたのは組合に着いたばかりの時だ。そんなに時間は経っていないのに随分と早い、もしかしたら門前払いかもしれないと思いながらも、領主からの手紙は皆で見ることにして悠仁は商会から届いた手紙に目を通し始める。
(次に連絡が来るのって買い手がついた時だったよな…。)
ステラが商会で掲示板での取引募集を出してくれていたので恐らくそれの話だろう。しかし、先ほど掲示の手配をしたばかりだったのでこれに関しても早すぎると思いつつ手紙を読み進めていく。
「んー。あぁもう買い手がついたみたいだな。えー……ん?」
「どうかしましたか?」
横で見ているアリスが聞いてくる。どうやら覗き込んでいるだけで手紙は読み進めていないようだった。驚いている悠仁の顔を見て何があったかを聞いてきた。
「いや…一括であの量を購入したって…。」
「ええっ!馬車14台分ですよ!?」
用意していたアルマーディアの保存食は馬車14台分、品目としては3種類くらいしかなかったがかなりの量だ。等級もそれなりにあるのでかなりの値段になるはずだった。そもそもその後のフルールの怪我の治療にかなりの金額を使ったのでそれの補填をしたうえで更に利益が出る金額になるはずだ。
「あぁ…。多分…、ステラ!ちょっといいか!?」
「……ん、なに?」
荷物の整理をしていたステラが悠仁の方へとことこと走ってくる。
「アルマーディアの肉なんだけど、馬車1台でどのくらいの値段になるんだ?」
「……そうね。等級はまちまちだったから、全部中間の等級で計算すると……。」
頭の中でそろばんをはじいているというのは古い表現なのだろうがステラは視線を上へ向けて指を折りながら計算をしている。
「一箱で銀貨80枚弱……。それが一つの馬車に30箱、それが14台だから……。」
10秒20秒と計算をして、よしっと口を動かして視線を戻してきた。
「金貨300枚を超えるね。等級が高い物もあるから、もう少しあると思うけど。」
「金貨300か…。」
金貨300枚といったら個人で出すには多すぎる金額だ。その証拠にそれで買えるのは馬車14台分の保存食。とてもじゃないが食べきることはできないだろう。アルマーディアの肉で作られた保存食には追加効果が付与されるのでそれを加味したとしても多すぎる。
「って金貨300枚も出して同じような保存食を買いたい人物ってどんな…。」
フルールの治療費と装備品の新調のことも考えると助かったと胸を撫でおろしながらもさすがに不自然だと思いながらそのまま手紙に目を移して下まで読み進めていく。
「あった、えーっと買い手は…。」
さすがに個人でこの量はないのでこの戦時に乗じて利益を出したいと思っている商店だろうと思いながら読み進めるとそこには驚きの名前が書かれていた。
「セダ領軍司令部…。」
「え?」
アリスが聞き直してくる。
「いや、セダの領軍が保存食を全部買ったみたいだ…。」
「なるほど、確かに…。軍であれば食料が欲しいですもんね…。特に商会の保証がされているものとなれば尚更…。」
「ん?ってことは…。」
軍の司令部、基本的に現場に任されている軍の行動だがこのような軍の最高司令官は領主であることが多い。あらゆる考察などは軍の官僚が行うとしても最終的な決定は責任者に求める。悠仁は皆で見ようとしていた領主からの手紙を開いた。
「………。」
「何が書いてありましたか?」
書いてある内容が気になるようでアリスが悠仁に内容を尋ねてくる。悠仁は傍にいるアリスとフルールに聞こえるように手紙の内容を読み上げ始めた。
「ええと…。『クラン パーチ代表者』ってこんなところはいいんだよ…。『手紙、拝見させていただいた。確かに我が領の属領であるカースゼス領主の物で間違いないことを確認した。身分の証明まで行うところを見ると重大な案件であることが予想できるので是非招かせていただきたい。あぁちなみに、諸君が売りに出していた保存食は兵の行軍食として買い取らせてもらった。では、我が城でお待ちしている。いつでも門を叩きたまえ。』って…。」
要点のみをかいつまんだ内容がこうだった。実際にはもっと口語で書かれている部分もあり文面からはかなりフランクな人物であることが伺える。手紙の最後にしっかりと公印が押されていることからも本物であることがわかった。
「何か…全部計算されていたようなタイミングですね…。領主さんに用事がある時に私達が出品した商品を領主が買い上げるなんて…。」
この広大な大陸で、これだけの人間がいて色々なことが起きているのにこんなタイミングでこのようなことが起きることに何か第3者の手が加えられているのではないかと思ってしまう。
「まぁ何であれ滅多に会うことができないはずの領主に会えるんだから今回のこの取引も価値があったってことだな。それで肝心の売り上げは…。」
「……あぁ、売り上げは商会へ行けばもらえるよ。品物も、お金も、全て商会を通すから信用がある。だからこそ商会の力は絶大なの。基本的に組合はかなりの力を持っているはずだけど、この街に関しては、商会の方が力を持っているかもしれない。」
金の力は絶大だ。日本では過去に士農工商という身分の区分があったようだが、実際には金を持っている商人の力は武士よりも高かったといわれることもある。身分制度を超えてしまう程、金の力は強いのだ。冒険者を纏めるはずの組合も確かに商会の本部が置かれているここでは大きな顔はできないのかもしれない。
「なるほどなぁ…。商会は閉まることがないって聞いたからこれは時間がある時に行けばいいな。」
「そうですね。というか『いつでも来たまえ』って書いてありますけどこう書いてあるだけで実際にはなるべく早くに行く必要がありますよね…。」
もしかしたら本当にいつ行ってもいいのかもしれないが、こういった文章は基本的に建前だ。実際には向こうにこちらが訪ねることは既に認知されているので早めに行くに越したことはないだろう。
「そうだな…。明日の日中にでも訪ねた方がよさそうだな。まぁ、こっちとしてもその方が助かるし。」
これから物凄い距離の移動が待っている。それこそその場所その場所の状況によっては1ヵ月単位での移動を覚悟しなくてはならないのだ。何事も早く済むに越したことはない。
「そうですね…。じゃあ装備のことに関しては今日中に回っておくのがよさそうですね。」
アリスもこれからの予定について頭の中で色々組み立てたようだ。
「あぁそうしたほうがよさそうだな。じゃあステラ、みんなを集めてくれ。」
装備の修繕や新調にどれくらいの時間がかかるかは聞いてみるまで分からない。この街にいると忘れてしまいそうになるが今は戦時だ。冒険者が扱う装備の需要も高いことが予想され、それだけ準備に時間がかかることも想像に難くない。悠仁はこれからの行動がスムーズに進むよう、メンバーの招集をした。
手紙を二通、テーブルの上に並べて置く。片方は金の話で、片方は権力の話だ。旅の装いは変わらないのに、悠仁達が動かしているものは少しずつ大きくなっている。その自覚が、招集の声をほんの少しだけ引き締めさせた。




