ウィンドウショッピング/鑑定
――カシュカント 工業地区
この街では無音になることがないようで、工業地区も人の数が少なくなっているのに喧騒は鳴りやまない。特に馬車が通る音や工房からの金属音などが響いている。住居の前では露店を開いている冒険者も多く、固定された店では客引きなどが行われているようだ。
「選り取り見取りですねぇ。」
アリスがきょろきょろしながら呟く。金属製の防具を扱っている店、革、布製の物、それと同じだけの武具を扱っている店が所狭しと並んでいることに加えてそれぞれの専門性があるのか、グローブの専門店などかなり限定された商品のみを扱っている店も多い。
「うわっ…。あそこブーツの紐を専門に扱ってる店みたいよ…。しかもかなり繁盛してるっていう…。」
ミーナが指差した先には確かに紐ばかりを並べてある店があった。ブーツの紐だけを変えたところで何も変わらないと思うのだが不思議なことにその店には客が大挙して訪れていることに加え店構えも立派だった。
「装備品に関してはまだ俺達の知らないことがたくさんありそうだな…。」
「そうだね。生産スキルを持ってるから、色々なものを作ってきたけど、自分の得意なものに偏ってくるし、自分が装備するものってなると、もっと手を出さなくなる。私も色々作るようになったけど、ローブに関しては、これを改良改良と続けてるだけだから。」
「そうですよね、私もこの神官服可愛くて気に入っているのでデザインを変えないように修繕と改良を繰り返してるだけですもん。」
確かに大きくビジュアルが変わったのは悠仁とカインだけだった。女性陣は今装着している装備に愛着があるのかデザインを変えずに性能だけを向上させているようだ。
「……ただ、高いのよね。」
「そうなんですよねぇ…。」
「ん?高いのか?」
アリスとステラが一緒のタイミングで溜息をついていた。改良だけなのにそんなにかかるのだろうか。むしろデザインが決まっているのだから安上がりになるような気がする悠仁が疑問を投げかけてみる。
「実はこの神官服を仕立てるのって意外とかかっちゃって…。能力を向上させるには素材を変えなくちゃいけないじゃないですか。」
「そうだな。」
装備品は素材のレベルとそれを仕立てる職人の生産スキルと技術に比例するため、極論を言ってしまえばものすごく良い素材を、ものすごく技術があって生産スキルも高い職人が使って装備品を仕立てれば良いものができるのだが大抵そのような素材は特殊な工程を踏まないと加工できなかったり特殊な設備が必要になったりするので目が飛び出る程高価になる。
「それで、素材を変えると同じデザインにするには細工が得意な他の職人さんを挟まなくちゃいけなかったり、追加の薬品などが必要になったりするのでかなり費用がかさむんです…。」
「はー、なるほどなぁ…。」
悠仁はローブの性能がずば抜けてしまっているので今まで防具に気を使ってきたことはなかった。デザインを気にしながら装備品をしっかりと整えるには並々ならぬ努力が必要なようだ。
(まぁ確かにカインの鎧一式を作る時にも親父さんにお願いしてかなり苦労して作ってもらったっけ…。)
短期間でカインの鎧を作ってもらった時にはその時間も相まってほぼ監禁状態だった。それだけ大変なのだろう。
「あっ。」
どんな店があるのか、どの店にしようか悩みながら歩いているとミーナが驚いたような声を上げる。
「どうした?」
「ちょ、ちょっと待っててくれる?」
「別にいいけど、一人で大丈夫か?」
「ちょっと確認して帰ってくるだけだからっ。」
ミーナは大通りに面している店に入ろうと…したと思ったら路地に入っていった。商品展示用のガラスなどは全て大通りに向けてあることに加えて商売自体も大通りを歩いている人間に対して行っている。わざわざ路地に入っていく必要は何だったのか。
(何か見つけたんだろうけど…。)
それが何か悠仁には分からなかったが、ミーナは本当に言った通りすぐに帰ってきた。
「何があったんだ?」
「そこの路地にくノ一専用の店があって!」
「は?あんな路地の先に?」
「うん、なんかポツンと一軒だけ…。」
何が目的なのか分からないが、そこに置くということは意味があるのだろう。しかも固定されている店なのに潰れていないということはそれなりの稼ぎがあるということだ。金が複雑に動きすぎていてどのような効果があるのか想像もつかない。
「ま、あったなら後で行ってみるか。くノ一の装備を専門に扱ってる店なんて珍しいからな。」
「そうねぇ。それにしても久しぶりの買い物で楽しみっ。装備の新調なんて何時振りかしら。」
久しぶりのプライベートな買い物を楽しみにしている姿は現実世界で休日前これからくるであろう休日を楽しみにしている後輩だった。
「おい悠仁、お前あそこなんかいいんじゃないか?」
「ん?なんだ?」
ミーナと話している悠仁にカインが声をかけてきて店が建ち並ぶ道の一角を指差す。そこには決して大きくはないが綺麗な店構えをしている商店があった。
「お、あそこは?」
「なんか革製品、特に防具関係を扱ってるみたいだぜ?なんかあいつも気になって見に行ってる…ほら。」
確かに、店の前には金色と銀色がゆらゆらとしていた。この世界ではブロンドは珍しくないが銀髪は珍しい部類だ。その二つのうち銀色の女性がこちらを振りむいて手招きをしているのが見えた。
「ああ、あそこまで行ってたのか。ちょっと見てみるか。」
このパーティーは魔法を使うメンバーが半分以上を占めているので革製品は重宝される。悠仁は戻ってきたミーナも連れてその店の前まで足を運んでみた。
「どれどれ……。おー、これは…。」
店頭はよくある服屋のようにドアの横にガラスのショーケースがあり、中には職人が作ったであろう革装備が並べられていた。華美な装飾などどこにもない、しかし丁寧に作ってある。解れなどどこにもなく、使用者のことを良く考えられているのが良く分かった。下にある木版には「既製品を貴方にあったものに仕立て直します!特殊なオーダーもできる限り対応します!」と大きな文字で書いてある。どうやら店に並んでいるものをその人物に合わせて仕立て直してくれるようだ。なかなかにサービスの行き届いている店だと感心したがやけに静かだ。
(静かだな…。これだけしっかりとしている店なら誰かしら訪れていてもおかしくないと思うんだが…。)
悠仁が不思議に思って視線をずらすとドアに掛札がしてありそこには「開店準備中」と書かれていた。
(なんだ、開店前だったのか。……ん?)
悠仁は立ち上がって少し体を店から離して上を見る。そこには店の壁にある経年劣化などが見られない新しい看板が掛けられており、そこには見覚えのある名前が書かれていた。
「星片の……滓…?」
どこかで見た事のある名前だ。どこで見たか、聞いたかを思い出そうとして頭を回しているとドアがガチャリという音を立てて開いた。
「すいませんねぇお客さん、ちょっと開店準備中でして…。明日には…っておいおい。」
ドアから出てきたのは見覚えのある男性。少し恰幅の良いお腹、低い身長、そしてジマルのように少ししわ枯れた声。それらの情報が頭に入ってきた瞬間に全てが繋がって記憶が蘇る。
「あ、あぁ!あなたは!」
「兄ちゃんじゃねぇか!もう来てくれたのか!」
船を降りる時に荷物が傾いていたので倒れないように悠仁が助けた男性。名前をギッシュといっただろうか。男性は驚いている悠仁の顔を見て嬉しそうに笑った。
「確か、ギッシュさん、でしたよね。」
「おうよ!いやぁまさかこんな早くに来てくれると思わなかったぜ!嬉しいねぇ!」
ギッシュは紹介した自分の店に早速足を運んでくれた悠仁を見てとても嬉しそうだ。それがたまたまだとしてもその商品に目を引かれたのだからきっと縁があったのだろう。
「いやぁ、いい作品が並んでいたので見ていたんですけど、まさかギッシュさんのお店だったとは。」
「おっ、よせやい。っと、すまねぇな。せっかく来てもらったんだけどまだ道具すら出し終わってない状態でよ。一番早くても今日の夜になっちまうんだけどそれでもいいかい?」
とりあえず店を眺めていて何を買うか決めてなかった悠仁からすればしっかりと考える時間ができるのは助かる。
「はいもちろん。今日一緒に来たことは知っていますしね。」
「よっしゃ!じゃあ準備しとくぜ、兄ちゃんたちが最初の客だ!」
「ありがとうございます。じゃあ夜にまた伺いますね。」
「おう!待ってるぜ!」
ギッシュは悠仁が来てくれたのがとても嬉しかったようで早く店を開こうと中へ戻っていってしまった。
「悠仁さん、お知り合いだったんですね。」
その様子を見ていたアリスが立ち上がって悠仁の傍に寄ってくる。
「あぁ、意図はしてなかったんだけどな。広いようで、この街は狭いのかもしれないな。」
ひとまず良い店を発見した一行はもう一度通りに戻って他の店も物色しながら組合へと戻っていった。
帰り道の一行の歩みは、来た時よりも遅かった。目当ての店に印を付け、夜の買い物の算段を語り合う。装備を新調するという実務が、いつの間にか小さな祭りの支度に変わっていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
――組合 馬車置き場
「…なるほど、確認が終わりました。」
組合には緑色の制服を着た商会の職員が2人と、鑑定士と見られる女性がやってきており、悠仁達が帰ってき次第その対応を行った。マスターである悠仁とステラのみを残して他のメンバーはクランハウスに帰っている。鑑定士の女性は律儀に14台分の馬車全ての中身を確認していた。それぞれの馬車には現実世界なら警察から指導が入りそうなレベルで木箱が積まれており荷台のサスペンションが限界まで縮まっていた。馬車を引く馬も2頭でかなり大変そうだ。
「私どもの鑑定士が確認したところ等級には2ほどの差があれど大体の物は9等級に収まっています。保存食の中では高品質な部類ですね。失礼ながら分かりやすいように木箱には等級の数字を振っておきました。参考にしてください。」
「それは助かります。等級の指定がしやすいですしね。」
「失礼でなければよかったです。では鑑定手数料の支払いをお願いします。…貴女が承認登録をされていた方ですね。」
職員はステラの方を見て話を進めようとする。
「はい、そうです。鑑定料の報告と支払いは、私が行います。」
「助かります。登録していない方だとプレイヤーカードの控えなどを取ったりする必要があるので…。っと愚痴はダメですね。では商人番号を控えさせていただきますので、商人証書を見せていただけますか。」
「はい、これです。」
ステラは収納からスクロールを取り出して職員に手渡す。
「あ、ステラこれ。」
悠仁はパーティーの共用資金の革袋をステラに手渡す。手数料はパーティー全体の問題なのでここから出すのが当然だろう。
「……ん、ありがとう。じゃあ、支払ってくる。」
ステラは職員が固まっている場所に行き、談笑をしながら手数料の支払いを済ませる。その後も少し話していたが話し合いが終わったようで悠仁の場所まで帰ってきた。
「……戻った。」
「長かったみたいだけど大丈夫か?」
「ん。なんでも、木箱に商会の焼印を押してくれるみたい。これで木箱も含めて、商会公認品質。」
「ほー、それは意味があるのか?」
「んー……掲示板に貼る時には現物を見せるわけじゃないから、なんともだけど。対面で取引したり、いざ渡したりする時の印象は段違いにいいの。もし品質に問題があった時には、商会が補填するという意味もあるから。」
どうやら商会の印というのは悠仁が思っているよりも重要なもののようだ。
「ほー、それはすごいな。」
一応すべての手順が終わるまで悠仁も待っていたが20分ほどするとすべての木箱に焼印を押し終わったようで職員たちは帰っていった。
「よし、それじゃあ受付で領主への手紙を出して休憩したら目星をつけていた店に行ってみるか。」
「……私も、少し装備を変えるのと、スクロール作りの素材を揃えたかったから。楽しみ。」
「あー、確かになんかステラの入る店ってものがたくさん、よくわからない物も含めて整然と並んでいて楽しいよな。」
ステラに限った話ではないが、生産スキルを持っている人間はその素材を自分で取りに行ったり素材屋に買いに行ったりするがいい素材屋だと物凄い品目のアイテムを扱っているので店の中が迷宮のようになっていることがある。それだけのアイテムを目の前にしているとなんだかワクワクしてくるのはゲーム好きの性なのか。
「……わかる。見ているだけで、1日が終わっちゃいそうになるの。」
「ははは、気持ちはわかるけどそれだと他の店を回れないからほどほどにな。」
「……むぅ。その位、わかってる。」
そんな話をしながら対人の用事が終わった二人は組合の中へ戻っていった。




