休憩
――セダ領 カシュカント 組合5F クランハウス
「あぁ……。」
カインがドサリという音と共にソファに腰掛ける。悠仁はその前に立って彼にカップに入った紅茶を差し出した。
「お疲れ、助かった。」
別に今まで休憩なしでここまで来た訳ではなく、所々で宿屋へ行き休息を摂っていた。冒険者が休める場所といえば宿屋なのだが、いくら慣れているとはいえそこは『宿屋』なのだ。いつも違う光景で違うベッドでとなると本当に心から休むということは難しい。
それに比べてクランハウスはどこでも同じであり、どちらかというと家という認識に近い。変化を好む人間もいるが、落ち着ける場所というのは大抵決まった場所だ。移動続きだったことに加え、道中での戦闘では必ずカインが参加することになる。ローブ職が得意な戦闘、近接職の得意な戦闘、それぞれがあるのだが防御担当のカインはどちらにも参加する必要があったため、疲労は他のメンバーよりも多い。特に大きな戦闘がないとはいえ中央に行くにつれモンスターの数も多くなり、比例して戦闘も多くなる。こういった時にしっかり休ませておかないといつか倒れてしまうだろう。気合でカバーできることには限界がある。
「お、さんきゅー。」
カインはそれを受け取ってまずは舌先で温度を確認した後一気に飲み干す。味わいもくそもないがカインらしくて安心ができる。
「あぁっ、もう…。」
後ろではフェリスが走り出してしまったのでアリスが声を上げていた。どうやらフェリスもここは落ち着くようで暖炉の前はフェリスの専用席になっている。既に暖炉の前へ移動して丸くなっている姿はネコのようだった。
「やっぱり落ち着くわねぇ…。」
ミーナも椅子に座ってくつろいでいる。
「……もう、こっちが家みたいなものだから。私なんて、前に家に帰った時、電化製品の使い方を忘れてて困った。」
「あー、わかる。なんで暗いの?蝋燭は?って思ったけどそもそも電気が通ってるんだって気付くのに時間がかかったことがあったわ。」
「……わかる。つい、収納に手を伸ばしそうになったりする。」
「あーあるある!カンテラ取り出そうとして自分で笑っちゃったわよ。」
ミーナとステラが紅茶を片手に談笑している。聞き耳を立てていたがかくいう悠仁もそんなことはよくある。特にカンテラを取り出す下りなど施設から家に帰る時にはよくあることだ。収納がないことで現実世界だと認識するところまで来てしまっているのは既に末期なのだろうか。
「……怪我した時の、ポーションもよくある。家族が怪我した時に、杖を取り出したこともあった。」
「ここまでくるともう廃人よね…。なんか聞いてて悲しくなってきたわ…。」
長年の習慣は中々消えないという。しかしここまでこの世界に入るようになったのはここ最近のことだ。どういった原理でこの世界と現実世界の体を繋げているのかは分からないが、脳が常時稼働しているのでそれが強く影響しているのではないかと思われる。
「ま、まぁまぁ…。私はむしろこっちで生活することしかできないので別の世界があるっていうのは羨ましいですよ。」
フルールが苦笑しながらフォローしてくるが廃人になっているのは間違いないメンバーはそれに対して引きつった笑いで応えるしかなかった。
笑いの後に、ほんの少しだけ静かな間が落ちた。フルールにとってはこの世界だけが世界で、悠仁達には帰る場所がもう一つある。その差を誰も口にしなかったのは、優しさというより、まだ答えを持っていないからだった。
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「それで、今から領主のとこへ行くのか?」
しばらく休憩した後にカインが悠仁にこれからの予定を聞いてくる。
「いや、ここの領主は急に行くのはまずそうだ。下の受付で聞いてきたが良くも悪くも『領主』みたいな人物だそうだ。しっかりアポを取らないとまずいだろう。」
「そんなもんか…。っていうか今までの領主が特殊だったってことか、特にウェイルさん。」
「そうだろうな。普通領主っていうのは重要なことがないと中々領民の前に姿を現すことがないらしいし、俺達もリットリア領の領主見たことないだろ?」
リットリア、大陸の最も東に位置する領。始まりの街と呼ばれるヴァリエスタがある領だ。リットリア領では領主はヴァリエスタに住んでおり、悠仁達はそのヴァリエスタに2年近くもいたが一度も領主を見た事はなかった。話によるとそれが普通なのだという。ウェイルのことを話したら組合の職員は驚いていたが『よく考えたらウェイル様ならやりそう』ということに落ち着いたのだった。
「そういやそうだな。リットリア領の領主ってどんな奴なんだ?」
「……私も、ちらりとしか見たことないけど。リットリア領の領主は、結構なご老人だよ。」
「へー、1回くらい見てみたかったけどな。」
どうやらステラはリットリア領の領主を見たことがあるようだ。別に価値のある物ではないが見た事のない者は一度見ておきたいと思うのが人間だろう。
「ってことで組合を通して領主に話が行くようにしてもらった。身分証明書も渡しておいたから返答は早いだろうよ。」
「お、さすが話がはえーじゃんか。さすがマスター。」
「それくらいはな。なんでこれから商会に行って通行証とか通商権とかをもらうのが一番かな。肉製品いつまでも持ってるわけにいかないし…。ただ、通商権の申請とかしたことないから時間かかりそうだな。」
「それなら、私がやる。多分、アリーシャで発行してもらった通商権が使えると思うから。」
「お、そうなのか?それなら助かるけど。」
「通商権は街ごとの発行だけど、商会自体は一つだから。私が持ってる商人証書を出せば臨時許可書が発行されて、アリーシャへの確認ができ次第、正式な許可書が出るはず。私名義になっちゃうけど。」
なにやら難しい単語がぽろぽろと並んでいてミーナは少しパンク状態のようだが、ステラに任せておけばとりあえずの問題はないようだ。
「いや、それで構わない。かかった費用はあとで言ってくれれば出すから任せて大丈夫か?」
「……ん、任せて。」
「それじゃ早速行くか。時間は有限だからな。」
悠仁が出発の号令を出したのでメンバーは装備品の確認をして商会へ向かうことにした。
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――カシュカント 商会通り
「おーおー、組合に行くまでも思ってたけどすげぇな。」
「だなぁ…。こりゃすごい。」
人、人、人。とにかく人がすごい。昼になったら街に住んでいる人間は外に出ることが決まっているかのような数だ。そして通りが広いのでそれがあっても余裕がある。体感としてはヴァリエスタの2倍以上の広さだ。簡易的な地図を組合で購入したが縮尺的にヴァリエスタの4倍以上の大きさがあるといっても過言ではないだろう。その証拠に街中での移動は徒歩ではなく馬車が推奨されており、人員輸送用の馬車がそこらへんに停車している。悠仁達は街並みを味わうためと、土地勘を鍛えるためにあえて徒歩を選択しているが既に組合を出てから30分は歩いている。街の主要施設が集まっている場所でそれだけ歩いても商会には辿り着くことができないことから相当な広さであることがわかる。
「あ、あそこ帰りに寄っていい?」
「ん?あぁいいぞ。」
どうやらミーナが行きたい店があったようだ。やることは多いが今すぐにやらなくてはいけないという物はそう多くないので店を回る時間くらいはいくらでもあるだろう。
「私も行きたいお店があったんです。いいですか悠仁さん。」
アリスも行きたかった店があるようだ。これは商会へ行った後買い物の時間になりそうだ。かくいう悠仁も面白そうな露店や店があったから行ってみたいと思っていたので丁度良いともいえる。
「あぁ、大丈夫だ。商会へ行って手続きが終わったらみんなで色々回ってみるか。領主も今日突然会うというのは無理だろうし、消耗品の買い足しなんかも必要だろうからな。」
「そうだな。俺も鎧の修繕をしてぇし。」
どうやらメンバーの総意なようだった。買い物の時間が確保されたことで皆少しワクワクしているようで少し足取りが軽くなったように思える。
「それじゃさっさと済ませようか。商会通りって名前だしこの先にあるだろう、馬車も増えてきたし。」
商会通りと呼ばれているここは馬車の通行が許可されているようでかなり多くの馬車が通行している。衛兵の数も多い為治安もよさそうだ。並んでいる店も高級感のあるものが多い。悠仁達はそんな風景を横目に商会へと急いだ。
通商権 (システム)
その街で商売を行ってもいいという権利。商会が一括で管理しており、無断で商業活動を行うことはできず、無断で行ったことが発覚した場合厳罰がある。個人での申請と団体での申請があり手数料などが大きく異なる。通商権には2種類あり『街限定』と『大陸』の2種類だ。前者は街ごとに発行している権利でその発行された街でしか活動ができないが、後者は大陸全土の街で商業活動が可能になる。便利だがそれだけ対価も多いので本当に必要な人物や団体のみが申請することが推奨されている。
商人証書 (貴重品)
商会で通商権を付与された時に貰える証書。スクロール上になっており貴重品として分類されている。現実世界の免許証のように商業活動をする際には常に携帯するように定められている。紛失した場合再発行も可能だが、手数料は高めである。




