中央都市カシュカント
――トラングを出発して1日後 セダ領 カシュカント
ようやく船が到着し、港に停泊をした。色々事務手続きがあるのかそのまま1時間ほど待たされた後、乗組員から下船許可が下りたので乗客はどんどんと立ち上がって下船を始めた。馬車という大荷物があるので悠仁達の下船は最後の方に回されている。1人、また1人と下船をしていき、残っているのは大荷物がある人物たちのようだった。
「お待たせしました。Yuji様。馬車は既に下ろしてありますのであちらでご確認ください。」
「ありがとうございます。」
どうやら馬車は既に下ろしてくれていたようだった。船に乗ることなど現実世界でも片手で数える程しかないのでこういったことの勝手がわからない。こういったことはよく知っている人間が済ませてくれていると助かる。悠仁は親切な乗組員に礼を言って船を降りた。
「よっ……。おぉ……。」
悠仁の目の前に広がるのは堅牢な石材でできた高層建築物。ここが建築技術で今までの領を凌駕しているのは一目でわかった。甲板から見た街並みは確かにすごかったのだが、船から降りることで更に大きく見える。まるで壁を超えたかのように濃霧が晴れている。少し後ろを振り向くと船上で見ていたような濃霧が壁を作っている。どのような原理でぱっと晴れているのかは分からないが、いまはそれはどうでもいい。大通りには所狭しと露店が並べられており、冒険者もNPCも多くの人間が足を運んでいる。どこからか聞こえてくる音楽がまるでBGMのようにすらりと耳を抜けていく。
――旅の先でうちの音が聞こえたら、そこはいい街だってことさ。
ふと、あの赤毛の団長の言葉が耳の奥で蘇った。それが常春の楽団の音かどうかは分からない。ただ、そう思い出せる街に着いたということなのだろう。
活気が溢れている、人というのは集まってそこにいるだけで力を持っていると改めて認識できる。
「…いけないいけない、早く下りないと邪魔だな。っと。」
街並みに見惚れてしまっていた悠仁の背中にドッと子どもが激突してきたかのような衝撃が走る。転びそうにはならないが少し前のめりになり、体を支えるために右足を前に出した。
「おっと、すまねぇな兄ちゃん。」
「いえ、大丈夫です。おっと。」
衝撃の主はどうやら持ち物を船から下ろす人物だったようだ。体格から見てドワーフのようだった。ガチャガチャと音を鳴らしている荷物には仕事道具だと思われる金槌や鑿などがたくさん積まれていたが、悠仁とぶつかったことによってバランスを崩しているのが見えた。悠仁はすかさず手を伸ばして荷物が崩れるのを防ぐ。
「おぉいい反応だな兄ちゃん。助かった、ここで荷物を崩しちまったら白い目で見られちまうからよ。」
「いえ、それならよかったです。」
悠仁は受け止めた荷物を軽々と元の位置に戻すともう一度男性が歓声を上げる。
「そうだ、ここで会ったのも何かの縁だ。俺はギッシュ、街の東側で店を開く予定なんだ。名前は『星片の滓』だ。よかったら来てくれ、サービスするぜ。」
セダに来て店を開くというのはかなりの覚悟だ。街の規模が大きく人口も多いとなるとそれに比例して専門的なスキルを身に着けた人物は多い。ここは大陸中央の入り口であり戦争地帯、それなりの腕前がないとすぐに廃業することになるだろう。
「ありがとうございます。機会があったら。」
「おうよ。おっと、こんな荷物でここに止まってたら邪魔だな。じゃあな。」
男性は荷物を台車に載せて街の方へ消えていった。
台車の音が人混みへ紛れて消えるまで、案外長くかかった。あの荷物の量で一人。この大きな街で新しく店を張るというのは、きっと腕と同じだけ根気のいる仕事なのだろう。
「良い反応だったぜ。」
「…さすがにあれくらいはな。別に大したことは…。」
後ろから声がかけられる。声からしてカインだろう。どうやら今の一連の流れを見ていたようだ。確かに先程の反応は現実世界ではできないだろう。どう考えてもステータス補正のおかげだ。テーブルからコップが落ちるその瞬間、目の前の光景がスローになったかのように見えるが体は動かない、そんな経験をしたことはないだろうか。悠仁は特別反応速度がいい人間ではない。きっとカインであれば集中するだけで同じことが3個同時に起きていても余裕で対応できるはずだ。
「ま、謙遜すんな。人助けをしたってことが一番大事だ。」
言葉の意味をしっかり拾ってフォローしてくる。いつもは少し鈍感なことがあるように見えるのにこういった時だけは敏感だ。そうこうしていると女性陣も降りてくる。
「お待たせしました。」
「いや、俺達もいま降りたところだから大丈夫だ。」
「…ふっ…ふふっ。」
アリスと悠仁のやり取りを見てフルールが噴き出している。何事かと思ったが特に心当たりもなかったのでそのまま放っておく。
「それでまずどうするんだ?」
カインが悠仁に聞いてくる。各々何をするかは分かっているだろうが具体的な指示がないと動けないのは事実だろう。悠仁は馬車の横で少し考え込む仕草をする。
(ええと…。まずは馬車を停めるところを探して…。あぁ、組合でクランハウスの手続きも済ませる必要があるな…。それにエディオル村から送ってもらってる肉製品も届いている頃だろうし…。っていうか領主ってどこにいて…、そもそもこんな大きな街を統べている領主に簡単に会えるのか…?いや、その為の身分証明か…あー…。)
やらなくてはならないことが次々と頭の中を駆け抜けていく。それをじっと待っているメンバー。10秒、20秒と時間が経っていき、待っているカインが軸足を変えようとする頃悠仁は顔を上げる。
「まずは組合だ。この街は広すぎる。組合に行ってクランハウスの手続きを済ませた後に街についての情報を集めよう。…それでいいか?」
「私は大丈夫ですよ。…そういえばこの街に来たことがある人は?」
アリスが皆に確認をする。来たことがあるメンバーがいれば案内役になってくれるだろう。アリスがこの街に来たことがあるということは知っているが手を挙げないところを見るとそんなに詳しくは知らないようだ。アリスがメンバーを見渡し、待っているとステラが手を挙げる。
「……来たことは、あるけど。通過しただけ、というか。」
「なるほど、私も似たようなものなんですよね。」
どうやらステラもアリスと同様この街には来たことがあるようだが、長く滞在したり、何かをこなしたりはしたことはなかったようだ。
「そうなると…。やっぱり組合で聞くしかないな…。とりあえず行こうか。」
悠仁のその言葉を聞いてメンバーは荷台に乗り込む。悠仁も御者の台に乗って馬に手綱をこすって出発の合図を出す。大通りに入ろうとしたその時。
「はい、ちょっと止まってー。」
男性に止められた。しっかりとした制服に身を包み、武器を携帯しているところを見ると衛兵だろうか。
「はい、どうかしましたか?」
「いえ、通行証の確認です。ここは商業目的以外での馬車の乗り込み禁止の区域になっています。」
「あ、あぁ…。なるほど。」
街独自のルールがあるようだった。確かに大通りでかなり道幅が大きいとしても全員が全員馬車を乗り回していては事故が起きかねない。
「すみません。そのようなものは持っていないのですが…。」
「そうですか。それですとここから北向きに…。あっちですね、あっちへ行っていただくと馬車の通行許可の看板が出ている道がありますのでそこまで行ってから街中への移動をお願いします。」
「わかりました。通行証というのはどこでもらえますか?」
「通行証は商会へ行って発行してもらうことができます。発行手数料がかかりますし、それでも商業目的以外で通ることはできませんが行って手続きさえ済ませれば即時発行してもらえますよ。」
どうやらこの街では商会もかなりの力を持っているようだ。
「わかりました。ご丁寧にありがとうございます。…あ、ついでで申し訳ないんですが組合はどこになりますか?」
「組合ですと、先ほどお教えした看板の大通りに入ってもらって10ブロック程行くと右手に見えてきますよ。ここの組合は他の領に比べて大きいですし、周りにいる冒険者さんも多いですからきっとすぐにわかります。」
「そうなんですか。ありがとうございます。初めての訪問だったので助かりました。」
「いえ、良い滞在を。」
衛兵はにこりと笑顔を向けてくる。ただの冒険者にここまで丁寧に案内ができるということはそれだけ余裕があるということだろう。
(俺達にこれだけの時間を割けるだけの余裕…。街にいる兵の数もかなりの数だろうな…。)
誰かが作業している時には、他の要員がそれを埋めなくてはならない。悠仁のようなミスをする人間は多いのだろうが、それでも穴埋めがスムーズだった。兵の数もさることながら統率も良く取れているようだ。
(治安は…まだわからないが、これだけ衛兵がしっかりしていれば好んでこの街に滞在する人間も多いだろう…。冒険者も、NPCも。)
悠仁はそんなことを思いながら案内してもらった看板のある場所まで行き、指示通りに組合を目指した。
道々、悠仁は街の音の多さに気付いた。荷を下ろす音、値切る声、石畳を叩く蹄。ヴァリエスタの喧騒が祭りだとしたら、ここのそれは巨大な機械の稼働音に近い。この街は、休むことなく回り続けている。
カシュカント(地名)
セダ領の主都に当たる街。海峡に面しており、領全体を見て東に存在している。大陸全土で1位2位を争う程の大きな街で、この街にいればヴァリエスタ同様大抵のことを済ませることができる。NPCの数、冒険者の数共に非常に多く、脱初心者がアリーシャ、リアッツォの次に拠点にする街である。中級者や大手のクランも多く籍を置いているため新しいクランメンバーのスカウトや、パーティーメンバーの募集、集団向けの依頼の発行などが多く為されている。街は高い壁で囲まれており、外敵からの侵入を防いでいる。街独自のルールも多く存在しているため知らず知らずのうちに破ってしまうことも多いが、悪意があるわけではないのであれば厳重注意のみで済まされることも多く、冒険者にも優しい街である。大陸の東西を繋ぐ街でもあるのでカースゼス領のトラング同様【懸橋の街】と呼ばれることもある。




