最初の要請
「先ほどのサブマスターからの話のようにウンディーネが水害を引き起こしたことは事実だが、それは理由があっての必要に迫られた行動であったことは分かっていただけたと思います。しかも結界によってウンディーネはその実験施設に近づけなかったうえに長期間の力の行使で酷く疲弊していました。」
「そうか。それは申し訳ない誤解をしたな。つまり、我の敵はハーダリアだと。」
「その通りです。そして私たちの敵でもあります。」
「ほう、それはどうしてだ。」
「私達は実際にその現場を目撃しました…。女性や子どもの死体が積み上げられていて、どう見てもその人体実験のために捕まったもので…中には赤子もいました。どの領に所属する人間かはわかりませんが、あのようなことに無実の人間を使うなど言語道断。とても同じ人間が行っていいものではありません。あのような行いをする者は冒険者共通の敵として認知されるべきであり、罰せられるべきです。」
領主は悠仁の話を静かに聞いている。悠仁もその時の光景を思い出しながら話していたのでつい言葉が暗くなってしまった。
「なるほど。」
領主は悠仁の話を遮らず最後まで聞いていた。
「それで、そなたはそれを我に話して何がしたいのだ?」
「我々はハーダリアを糾弾、必要があれば領主の座から引きずり降ろすことも考えております。」
「ほー、大きく出たな。」
大国の領主を引きずり下ろす。確かにそれだけ聞けば愚者の戯言だろう。
「我々の後ろについているウェイル領領主はそのことを了承し、今回の報告書を我々に持たせてくれました。我々は各領に協力を求めてハーダリアを止めるつもりです。」
「ハーダリアを引きずり下ろす…、か。」
領主は腕を組んで黙り込む。何やら思案をしているようだが、悠仁には何を考えているか分からない。
(だめか…。)
カースゼスは直接の被害を受けたとはいえハーダリア領に対してかなりの小国である。場所もセダ領を挟んでいるためかなり遠い。引き込むには無理があったかもしれない。
「はっはっはっはっ!!!」
「!?!?」
突然の高笑いに悠仁達は体をびくりと震わせる。その声の主は領主だった。
「はーっ!実に愉快、あの憎たらしい顔が屈辱に塗れる光景を想像したら笑いが抑えられんかったわ。いいだろう。我々はウェイル領と同じく其方たちに力を貸そう。」
「ほ、本当ですかっ!?」
まさかここまでスムーズに事が進むと思っていなかった。しかしいい方向へ進んでいるのは確かである。
「といっても直接的には難しいのだ。我々は御覧の通り小国。セダの属領になっているに過ぎない。周りから襲われないのもセダの庇護があってこそなのだ。」
「そ、そうなのですか。」
「色々あるんだがな。まぁセダと敵対しているわけではないし、属領と言っても一般的な税を納めるだけで済んでいるのだから随分と良心的だろう。我が領民もセダのことを嫌っている者は少ない。」
「なるほど、そういった関係なのですね。」
あまり外交関係には明るくないが、裏で色々な取引や駆け引きが行われているのだろう。正直なところ悠仁の領分ではないのであまり触れないでおく。
それでも、小国が小国のまま生き延びるための知恵の厚みは、話の端々から伝わってきた。強い隣人と、どう付き合うか。この世界の領主たちは皆、その一問を解き続けている。
「ということで正確には我の一存ではこの件は決めかねるのだが、私が一言セダ領の領主に言えば悪い顔はしないだろう。むしろいざというときにはウェイル殿が手を貸してくれるとなれば心強い。」
「ありがとうございます。」
「良い。我が決めたことだ。さて、では一筆書くか。ゾーグ、紙と筆を。客人たちには別室に移ってもらい食事をふるまえ。」
「はっ!ではYuji様こちらへ。」
ゾーグが悠仁達を室外へ促したのでそのまま素直に従って立ち上がり部屋を出ようとした時、後ろから声がかかる。
「おっと、客人…。いや、冒険者Yuji。自己紹介がまだだったな。」
そう言えば自己紹介もなしに話がトントンと進んでいった。悠仁はそれを聞くために部屋から出た体を一歩室内に戻した。
「私はカースゼス領領主の……カースゼス4世だ。よろしく頼む。」
悠仁はそれを聞いて少しの間に違和感を覚えながらもゆっくりとお辞儀をして部屋を出た。
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――トラング 宿屋「小魚の集会所」
「さて、これももらったことだ。ここにはもう長居しなくても大丈夫だな。」
「…それ聞くと泥棒みたいよ?」
悠仁の言葉にミーナがツッコミを入れる。確かに必要なものだけ手に入れてすぐに立ち去る姿は泥棒のようだろう。
「一番泥棒っぽいのはお前だろ…。」
「怒りはしないわよ、自覚はあるから。」
「それで、急ぐ理由があるんですか?いえ、急いだほうがいいのは分かるんですけど。」
フルールが疑問をぶつけてくる。確かにもう少し余裕を持った旅程でもいいはずなのだが、ここの滞在期間は1日2日しか取ってない。
「あぁ。一つはアルマーディアの関係だ。そもそもあれは報酬代わりに貰ったものだから換金用に使うんだが、それの送り先がセダなんだ。保存食だから多少は大丈夫だが、向こうの環境がわからないのに放置されるのもまずいだろ?だから荷物が届く前に俺たちが向こうについている必要があるんだ。」
「なるほど、そういえば荷物は中央へ送ってもらう予定でしたね。」
「そうだ。それに後5日でセダの首都に着く予定で組合に申請してある。その時間までにクランハウス移動の申請を現地で行わないと遅延金が取られる…。」
「大した金額じゃないだろうけど、それは地味に嫌だな…。」
カインがそれを聞いて如何にも嫌そうな顔をする。どれだけ小さな金額でも無駄な出費というのは嫌なものだ。悠仁達は他の冒険者に比べて潤沢な資金があるとはいえこの世界の経済からすればちっぽけなものだ。気を抜けばあっという間に底を突く。
「というわけだ。これをもらったからな。」
悠仁はカースゼスからもらった書類を机の上に出す。ウェイルに貰った時と同じように白い紙で封筒に収められており、カースゼスの紋章らしきシーリングスタンプで蝋封が施されている。
「……3通も、あるの?それに、一枚はスクロール?」
ステラが不思議そうにその3通を見つめる。
「あぁ、1つはセダ領主へ向けての手紙、もう1つはカースゼスによる身分証明だ。どうにもこっちのほうが話がスムーズに進むらしくてな。属領だから一応ウェイルさんの物と比べて信頼度が高いらしい。そんなことはないと分かっていても他国の身分証明じゃ疑義が出ることもあるんだろう。」
ウェイル領とセダ領は戦争状態にあるわけではない。しかしハーダリアと戦争中であるのにウェイルという怪物がいるウェイル領が背中から刺されてはひとたまりもないだろう。領主であれば少ないとはいえそのような可能性を考慮するのは当然なのだろう。
「なるほど、それでもう一枚…、そのスクロールは?」
「これはカースゼスが協力するという署名だ。もともとウェイルさんの署名がされていたんだけどそこに連名でカースゼスさんの署名が書き込まれた。血判状みたいな物みたいで実際に血で印を押してあるらしい。」
「それは、プライタススクロールのことね。……ウェイルさんも、かなり本気みたい。」
「そうみたいだ。ひとまずはこれを持ってセダに向かうのが目標だな。……ってどうした?」
悠仁がこれからの予定を話している時にフルールが不思議そうな顔でドアや窓の外を見ている。
「……いえ…。なんでも。」
「?、それならいいんだが…。」
何だったのだろうか。エレメンタリストであるフルールでしか感じ取れないことがあるので悠仁達は本人に確認するしかない。
「気のせいならいいけど…。」
そのフルールの呟きが誰かに聞こえることはなかった。
プライタススクロール(貴重品)
日本でいう血判状に近いものであるが、自身の血液をインクとして署名を行うもので自身のマナを書き込むものである。よってこれによる契約を破ると自身のマナが崩壊、即ち死に至る。これを破ることはたとえ精霊であってもできない。




