↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
282/394

事実報告

「客人、待たせたようだな。」


領主というものに会うのはこれが3回目だ。一度目はウェイル、二度目はヴォーマにいたガリオン、そして目の前にいる人物だ。今までの領主は元冒険者、そして軍の最高司令官だったためその体は屈強で分厚い鎧に包まれていたが目の前の相手は違う。文人のような華奢な体つきで身長もそこまで高くなく、服装も民族衣装のようだった。赤く大きなバスローブのような構造の服のようで腰にある帯でそれを留めているようだ。遠目では分からないが金属糸で刺繍がしてあり煌びやかだ。


「いえ。突然の訪問お許しください。」


「よい。座ってくれ。」


落ち着いているが少し不機嫌を孕んだような声で悠仁達に座ることを促してくる。その声に従って悠仁達は椅子に腰を下ろした。領主は長方形をしたテーブルの短辺側に座り静かに溜息を吐いていた。


「ふぅ…。」


「お疲れのようですね。」


ひとまず当たり障りのない言葉で会話を繋げていく。相手の動向を見るにはこの方法しかないだろう。


「失敬。近頃忙しくてな。本当は冒険者に会う時間などないのだが、なんでもウェイル殿の身分証明があると聞く、それでは無下に追い返すわけにはいかんだろう。それで其方たちは何者だ?」


殿、ここでもウェイルはそう呼ばれている。如何に近隣領主への影響力があるかがわかる。


「私はYujiと申します。クラン『パーチ』のクランマスターを務めています。」


「名は聞いている。それで、今回は何の用だ?」


早速本題に入ろうとしている辺りこういった話し合いには疲れているのだろう。悠仁もそれはよくわかるので言葉に甘えて本題に入らせてもらうことにした。


「はい、実はここカースゼス領で起こっていた水害のことでお話に上がりました。」


「水害か…。噂ではウンディーネの暴走と聞いている。村は飲み込まれ、水質は著しく悪化し水産物は大打撃を受けている。我が領地では山脈からの川をそのまま引いているのでな、いくつか対応の間に合わなかった田では農作物が悪臭と共に溶けてしまった。…そんな忌々しい水害の話か?」


「…恐らくその水害の話で間違っていないと思います。水害の話ですが少し改善されたという話は来ていますか?」


「いや、そのような話は聞いていない。…おい。」


領主は後ろに控えていた悠仁達をここまで案内してくれた兵士に話しかける。恐らくウェイルとウィリアムのような関係なのだろう。


「はっ。まだ未確認の情報なのでお伝えはしていませんでしたが、確かにヒュルテの森を流れている川の水質が改善されたという話と、その下流の氾濫が収まったという知らせが届いています。」


「なるほど。わかった。それで、何故我が軍が完全に把握しきれていない情報を一介の冒険者が…。いや、冒険者というものはそうだったな。公的な機関よりも早く情報を察知して行動を起こす。我々のような人間が知るのは事態が悪化した後だ…。どこでその話を知った。」


「まずはこれをご覧ください。」


悠仁の口から真実を伝えても信憑性は怪しいところだろう。悠仁はウェイルから預かったハーダリアが行っている人体実験の情報が書かれている紙を領主へ渡した。眼球は左から右へ何度も往復しており、時間が経つにつれてその顔には困惑と絶望の表情が浮かんでくる。


「…なんということだ…。まさかハーダリアがこのような非道な行いをしていたとは…。魔法の触媒に人間を使うだと…?そんなことが許されていいのか…。いや…最近のハーダリアの攻勢はそれが……。それで、これが何の関係があるのだ。」


「実はその人体実験が領主様の領地であるヒュルテの森で行われていたのです。」


悠仁がヒュルテの森で確認したことを口にすると場の空気が凍り付く。誰も何も発言をしていない。先ほどまで文書を読んでいた領主も何も口にしないし表情一つ変えていないがそれが分かった。


「………発言には気をつけたまえ。その発言は新たな戦争の開始を意味するものだ。」


確かに他国が自身の領地内でそのような実験を行っていたとなれば外交的な問題だ。それこそ即時戦争に発展してもおかしくはない。悠仁の発言は事実ではあるがそれだけの威力を持っていた。


「我々は水害を解決しようとしたわけでなくウンディーネがいるかもしれないという情報を聞いてヒュルテの森を訪れました。そしてそれは事実で、我々はウンディーネと対面することができました。」


「水の精霊ウンディーネか、私も話は聞いたことがあるがそのようなものが我が領地にいたのか?」


「はい、そして水害を起こしたのもウンディーネ自身であることを本人から聞きました。」


「なんと忌々しい…。精霊とは自然を守り調和を重んじるものではなかったのか。その水害で沈んだ村では病弱で動くことができなかった村民が死んだのだぞ。」


領主は怒りをあらわにして机の上に置いている拳を強く握りしめている。ギリギリと音がしてきそうなほど震えており爪は皮膚に食い込んでいた。


「ちょ、ちょっとお待ちください。実はこれには理由が…。」


「何が理由だっ!!我が領民が得体のしれない精霊に命を奪われたのだぞっ!!これはハーダリアの前に駆逐しなくてはならない敵ができたようだ。ゾーグ、今すぐ軍を編成して…。」


領主は立ち上がり、後ろにいた兵に軍を動かす指示を出している。疲労と激務で余裕がないのか頭へ血が上るのが早すぎる。このままでは不要な戦闘を起こさせてしまう。話す順序と内容をしっかりと考えていなかった悠仁は「しまった」という考えが頭を埋め尽くし、上手く言葉を出すことができていないでいたその時。


「お待ちください領主様。」


喧々諤々と話を進めて、狭い室内に漂っていた緊迫した空気の中、それを優しくなでるような声が響く。いい意味で場にそぐわない声が聞こえた領主はその口を止めてしまう。


「突然申し訳ありません。私はサブマスターを務めているAliceと申します。少し話をお聞きいただけないでしょうか?」


「…よい、話せ。」


アリスの静かで落ち着いた声で少し冷静になったのか領主はアリスに話す機会を与えてきた。アリスは上げた腰をゆっくり下ろして話を始めた。


「マスターの言葉が足らず申し訳ございません。実はウンディーネは確かに水害自体を引き起こしたのですが、それは周りの人間や動物、自然を守るためにした仕方のないことだったのです。」


「どういうことだ。」


領主はアリスの言葉に興味を示したのか、話を聞くようだった。


「実はハーダリアが行っていたという人体実験では副産物として非常に毒性の強い液体を排出してしまうということがわかりました。そしてそれが近くの土壌を汚染し、且つこのカースゼスを流れる多くの川へ流れれば再起不能にも等しい甚大な被害が起こることは簡単に想像ができました。我々は上級職の冒険者ですが、我々がそれを含んだ土壌に触れただけで悪影響が出るレベルです。これがただの人間や動物が触れようものならそれこそ死んでもおかしくありません。」


「それで、何が言いたいのだ。」


「ウンディーネは人間を、ひいては環境全体を守るためにその毒性物質の中和及び希釈を行っていたようです。おかげで森は速やかに環境を取り戻しつつあるようで、周りの土壌も清浄化されているようです。」


領主はその話を聞いて顎に手を当てしばらく思案していた。


「…つまり、ウンディーネの行いは必要だったと。」


「はい、我々はそう考えています。命を落としてしまった方がいたのは大変心苦しいですが、あれがなければ森は再起不能なダメージを受けていたでしょう。加えて川が全滅すれば水産業が盛んなカースゼスは致命的な損害を被ったはずです。」


「…ふむ…。」


アリスの話を聞いて領主は何やら考え込んでいる。悠仁はその堂々たるアリスの振る舞いに圧倒されてしまっていた。しかし悠仁がその視線を移すとアリスの手は細かく震えていた。


(…そうだよな、緊張しないはずがないよな…。)


アリスの言うように悠仁の言葉が足りず誤解を与えるような発言になってしまったことの尻拭いを行ったアリスだが、そのアリスの発言も注意深くしなければウンディーネ討伐の流れを助長してしまう物だった。緊張するのも無理はないだろう。力を万全にした精霊に少々の軍勢が押し寄せたところで歯牙にもかけないだろうが、それでも無用な戦闘は避けたい。


「なるほど。…ゾーグ、今の話はなかったことにする。控えていてくれ。」


「はっ。」


ゾーグと呼ばれる兵士と話すために立ち上がっていた領主は再度椅子に座り込む。


「具申をお聞き入れくださりありがとうございます。」


「よい。意見は常に歓迎だ。領主たるもの様々な情報と意見を勘案して行動する必要がある。我も疲れていてつい戦闘に走ってしまった。見苦しいところを見せた。」


初めは冷たく淡白な印象を受けたが、どうやらそれは仕事最優先ならではの態度だったようだ。


「いえそんなことは。続きはマスターから。」


そうしてアリスは悠仁にバトンタッチしてきた。悠仁はそれを受け取って話を続ける。


バトンを受け取りながら、悠仁は胸の内で頭を下げていた。自分の言葉の足りなさを、震える手で補ってくれた。サブマスターという肩書きに、今日ほど実が詰まって見えた日はない。

トラング(地名)

カースゼス領の主都。領地の割には大きくないが、街全体に川が流れておりその周りや上で生活をしている。川で物資の運送などを行い、川のまわりで取れた水産物の露店が多く開かれている。大陸へ行く際の道上にはないので冒険者は少ないが人口が多く、NPCの割合が非常に高い為土地の特徴がよく出ている街でもある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。