懸橋の街トラング
――4日後 カースゼス領 トラング
悠仁の見立て通りカースゼスには4日で到着することができた。途中の村でログアウトができたため実際には3日しかかかっていない計算だ。これもアリスのルート取りと、馬車の性能のおかげだろう。悠仁達は街の関所を超えて街中に入り少しした場所に馬車を止めて辺りの確認をしていた。
「さて、着いたわけだが…。」
「素朴な感じですねぇ…。」
トラングは決して小さな街ではない。カースゼス領自体ウェイル領と同じくらいの大きさを誇っていて、その中心部ということがあって人口はそれなりだし街の規模も大きい、だが。
「なんか、高い建物がないわね。」
ミーナの言う通り高い建物がないのだ。高い建造物を作るというのは建築技術が優れていることの証である。ウェイル領ではそれなりに立派な城があったのだが、ここにはそれがなく辺りを見渡しても大きな建物という物が存在しない。加えて歩いている住人の服装もその辺の村人が着ている服を少し改良したようなものだった。
「冒険者が歩いていたらすぐに冒険者ってわかっちゃいますね。」
「……この街はね、川から広がった街。街の中央を、大きな川が通ってるの。セダ領との陸続きの領境にはヒュルテの森があったでしょ。あそこから西に行くと、ちょっとした海がある。対岸が見えるくらいの、小さな海だけど。カースゼスは山脈が多いから、そこから流れてきた川が、その海へ流れ込んでいってる、というわけ。」
ステラが丁寧に街の様子を話してくれた。こういう話になると、ステラの声から気だるさが抜ける。
「へぇー、詳しいんだな。」
「この辺りまでは、来たことがあるから。この先の、ゼットフォードのスウェリオムまでだけど。中級の冒険者パーティーについて行かせてもらって、ここで露店を開いてたこともある。この辺りからかなり危険になるから、回復系のスクロールが、よく売れたの。」
「なるほど、商売でここまできたのか。それじゃ街の案内とかも任せて大丈夫か?」
「……ん、それくらいなら。HOPEの街は、大きく変わることがないから。大丈夫だと思う。」
「よし、それじゃあ馬車を馬車置き場に置いたら宿を探したり主要施設への案内をしてもらおうかな。」
「……わかった。」
案内役が決まったところで悠仁達は馬車置き場へと向かった。
先頭を行くステラの歩幅は、いつもより少しだけ大きかった。知っている街を仲間に見せる時の歩き方だ。案内役という肩書きより、その歩幅のほうが雄弁だった。
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――トラング 中央広場
「ここが中央広場と呼ばれてる場所。」
「ほぉー…。これはまた。」
煌びやかな飾り付けがしてあるわけではない。しかしカースゼス領は山脈や川が多いせいか橋を架ける技術が進んでいるようで川の上を自由に行き来できるくらい橋が張り巡らされており、中央広場と言われているここは川の上に立てられた円状の大きな橋の上のような場所だ。
「下の川には船がゆっくり流れていて、橋の上では釣りをしている人がいて…。なんだかのんびりしていますねー。」
アリスも辺りを見ながら和んでいた。街全体がせかせかしているわけではなく、他よりもゆっくりと時間が流れているような空気は確かに目的に追われている悠仁達の心中を穏やかにしてくれるようだった。
「アリスが言ってたように、ここでは個人で釣りをして、それを露店で売ってる人が多いの。農作物はないけど、魚類の販売が盛ん。ちょっと見た目がいただけない魚も多いけど、それを使った料理は結構おいしいよ。料理人スキルのある人が作れば、それなりの効果があるみたい。」
「へぇー、そうなんだ。じゃあちょっと調べてみようかな。大聖堂もあるみたいだし、情報収集は困らないでしょ。」
フルールが街の中央の方を見て呟く。ここはカースゼス領の主都である為ただの聖堂ではなく大聖堂が存在しているが、そのビジュアルは辺りの環境に合わせるものではないようで高い建物の無い街の中でひときわ目立つ外観をしている。遠くからでも場所が把握できるので助かるのだがもう少しやりようはなかったのだろうか。
「そうだな。それでステラ、領主はどこにいるんだ?」
「領主の家は、ここから見るとちょうど大聖堂の裏手。そんなに大きいわけではないけど、ヴォーマの時みたいに周りに兵舎があったり、警備の兵がいたりするから、すぐにわかると思う。のんびりしてるといっても、横は常に戦争をしているセダ領なのだから。」
あまりにのんびりしているので忘れかけていたが確かにここから少し西に向かったところはセダ領だ。ヒュルテの森まで戻ればすぐについてしまうのだから確かに警戒するのも無理はない。
「なるほどな。じゃあ宿を見つけたら行ってみるか。みんな時間は大丈夫か?」
最近は長期間のログインが増えてきてしまっているので忘れかけているが皆現実世界で生きているのだ。外せない用事などもあるだろう。幸い悠仁やミーナ、カインは職がない為問題はないが問題はステラやアリスだ。アリスは学生だと聞いているので何かと用事があるだろう。
「私は問題ないかなー。アリスは?」
「私も大丈夫です。2日前に出たときに用事は全部済ませてきちゃいましたし。家には急いで帰らなくても問題ないですね。」
「俺は特に用事なんてねぇからなぁ。」
ミーナ、アリス、カインは特に用事はないようだ。
「……私も、大丈夫。というか、前からこっちの収入で生計を立ててるから、こっちで活動する時間のほうが長いの。用事があるというと、むしろこっちでの用事のことを指すことが多いくらい。」
「そういえばそんなことを聞いたな。俺も特に用事はないし、じゃあ全員問題なさそうだし…ステラ、宿まで案内してもらっていいか?お勧めでいいから。」
「……わかった。じゃあ、こっち。この街は観光に来るNPCも多いから、宿屋はたくさんあるの。」
悠仁達はステラ主導の下、宿屋へ向かい、領主の家を訪ねる準備を進めた。
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――トラング 西の橋
宿へ向かう道すがら、一行は川に架かる橋の一つを渡っていた。欄干にもたれて川面を見ている男がいた。黒い外套。欄干の上に、帳面を開いている。
「……あれ、あの人。」
アリスが小さく声を上げた。悠仁にも見覚えがあった。カプランドで、襲撃された冒険者の治療費を立て替えていた男。祝賀会の夜、隅の席で帳面と葡萄酒一杯だけを連れにしていた男。
ヴェルは悠仁達に気付くと、軽く頭を下げた。それだけだった。勧誘も、商談もない。ただ、開いた帳面の一行に、静かに横線を引いた。
「……こちらにも、お仕事ですか。」
悠仁が声をかけると、ヴェルは川下の、霧のかかった西の方角へ目をやった。セダへ続く方角だ。
「ええ。……いえ、仕事にならなかった、が正しいですね。お金を貸していた相手が、川向こうの戦場へ、荷運びの仕事で行きまして。実入りがいいそうですよ、戦場は。……帰ってこないそうです。」
線を引かれた一行が、風でめくれた頁の中へ消えた。
「戦争は、嫌いですよ。」
ヴェルは帳面を閉じた。いつもの、感情の読めない声だった。
「……あれは商売じゃない。回収の予定がない取り立てだ。」
それだけ言うと、ヴェルは一礼して橋を渡っていった。行き先は聞かなかった。ただその背中は、悠仁達がこれから向かうのと同じ方角――西へ向かっていた。
「…なんつーか、あの人らしい戦争の嫌い方だな。」
カインがぼそりと言った。誰も笑わなかったが、誰も否定しなかった。
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――トラング 領主の家
「随分と厳重だな…。」
「ま、前はこんなじゃなかったんだけど…。」
荷物を宿に置いてきた悠仁達は早速領主の家へ足を運んだのだが、領主の家は確かに城とまではいかず映画に出て来る洋館のようなものだった。3階建てに見えるシンプルな構造だがそれよりも、まず門には4人の重装備の兵が置かれており、門から見える中では重装備の兵士が2~3人の分隊で歩いているのが見えた。どうみても普通ではない。
「ここで見てても仕方ないから行くか…。こっちの姿も気付かれてるみたいだしな…。」
「なんか武器を構えて訝しげにこっちを見てますもんね…。」
一応クランの代表であり、相手は領主である為悠仁とアリスが先頭になって家を眺めていたのだがすっかり不審者として認識されてしまっているようだ。誤解を解くためにも悠仁達はゆっくりと門へ向かっていく。
「止まれ。」
当然門の前で止められる。もしこれで止められなかったら相当な緩い警備なのでこれで問題ないだろう。
「何者だ。」
「私は冒険者のYujiと申します。領主様に用があって参りました。」
「本日冒険者が尋ねてくるという話は聞いていない。…貴様、もしや領主様の命を狙う…。」
「ああいえいえ、そうではなく…。これを見ていただければ。」
悠仁が収納に手を伸ばそうとすると話しかけてきた兵士以外の3人の兵士も槍を構えて攻撃の体勢に入る。それを見てこっちのカインも武器に手を伸ばしそうになったが悠仁はそれを制止して笑顔で収納へゆっくりと手を伸ばして中から書類を取り出す。
「これをお読みください。それから決めていただいても問題ないかと思います。」
「…いいだろう。見せてみろ。」
リーダーなのだろうか、悠仁に話しかけてきた兵士は武器を自分の仲間に渡して悠仁から封筒に入った書類を受け取って封を切る。中からこの世界では珍しい白い紙が出てきてそれだけで後ろの兵士は少しざわついている。
「…なるほど、これは確かにウェイル領領主の物で間違いないようだ。…これは失礼した。我々も仕事なのでな。」
兵士は敵対する意思がないことを言葉で示してくる。やはりウェイルの力は相当なようだ。
「いえ、仕事というのはよくわかります。そうでなくては衛兵は務まりませんから。」
「そういってくれると助かる。…だが、領主様は多忙の身。今から確認してくるからここで待っていてくれ。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
そういって兵士は武器を仲間に手渡したまま中へ走り去っていった。目の前には初対面の兵士3人がおりお互い話す仲でもない上に他人がいる前で仲間同士で話すのも気が引けて兵士が帰ってくるまでの10分程度無言の時間が流れていた。門の内側から砂を蹴る音が聞こえた後、先ほど領主に確認をしに行った兵士が帰ってきた。
「少し時間はかかるが領主様がお会いになるそうだ。中で待っていてほしいとのことだ。」
「わかりました。では中で待たせていただきます。」
悠仁は身分証明書を返してもらって兵士の促しの下門をくぐった。門の中は広く、ただそんなに物が置かれているわけではなかった。この領もそこまで財政的に余裕がないのがわかる。門の中にも兵士の詰め所があるようで周りには兵士が溢れているのと、訓練用の人型などが設置されている。
(ヴォーマの時も思ったけど、やっぱり戦地が近いと自然とこうなるのか。)
隣のセダでは戦争が行われている。ヴォーマでも北のゼットフォードで戦争が行われており戦火が飛んできてもおかしくない状況だった。こういった状況では自然と兵の維持や確保に予算が割かれるのだろうか。兵士の身に着けている装備はどれも上質であることからもそれが予想できる。洋館の入り口について中へ入るとそれなりに装飾が施されていた。銀をあしらった装飾が多く、玄関口は落ち着いた雰囲気だ。
「わぁ、外から見るのと違いますねぇ。」
アリスがそれをみて呟く。確かに外壁はあまり手入れがされていなかったのかボロが出ている場所が散見されたが、中はそうでもなかった。
「少々問題があってな。元から財政的には恵まれていないのだが更に困窮している状態だ…。」
「す、すみません…。」
「気にしなくていい。事実だ。よくわからん輩に教えるわけにはいかないがあなた達はウェイル殿の身分保証があるのだ。問題はないだろう。」
その後誰も口を開くことなく応接室らしき場所のドアまで案内される。
「ここだ。中で待っていてくれ。しばらくしたら領主様がやってくる。」
「わかりました。」
兵士が開いたドアをくぐり、悠仁達は中にあるテーブルに備え付けてある椅子に腰かける。ウェイルの城の応接室よりも少し広く周りにある物も高級感が溢れている。これらのアイテムとしての価値は分からないがきっと換金アイテム扱いで売ったら高いのだろう。悠仁が周りを見ているとカインが口を開く。
「それでよ悠仁、領主に何を話すんだ?」
「まずは領内で行われていた人体実験のことについて話す必要があるだろうな。領境のことだからもしかしたら認知していないかもしれない。」
領の事情はわからないが、ヒュルテの森という領境の森の奥で結界を張られているとなると知らないのも無理はない。
「自分の領内でそんなことが行われてると知ったら…激怒でしょうね…。水が大切な街なのにあの辺の水が汚染されていたら大変だったでしょうに…。」
フルールがヒュルテの森でのことを思い出して顔を顰める。確かに色もそうだが何よりも毒性と悪臭が酷かった。あの水だけで武器になりそうな勢いだった。
「それらも含めて一回報告だな。このウェイルさんの報告書もあれば信憑性も増すだろうしそれに…。」
コンコンコン。
ドアのノックされる音が聞こえ、その数瞬後ゆっくりとドアが開かれた。




