水害の真相②/戦地へ
「そうだ。その人体実験が行われていた可能性がある。我々は人間であり自然と相対するものと考えられることがあるが、それは間違いであり我々も含めて自然であるのだ。それはエレメンタリストであるフルールさんがよくわかっているだろう。」
「はい。それはもう。」
「つまり人間は自然の一部であることから、魔法の触媒に使うことができる。」
「しょ、触媒……。」
ミーナとステラがおぞましい言葉を聞いたような表情になる。
「そうだ。我々が使用する魔法は空間中にマナを使って自分のイメージを具現化させるものだ。ゲームだからある程度固定された形はあるがね。実はその魔法の発動に人の命を使うという禁忌的な魔法があることが、確認されている。しかもその開発を行ったのが」
「ハーダリア…、ということですね。」
「そうだ。…この情報を流した私の側近はその情報を掴んだ直後に連絡が取れなくなっている。既に命を奪われているだろう。」
まさか水害の原因となったあの惨状に大国が絡んできているとなるといよいよ厄介だ。
「さて、君たちはこれを聞いてどうするんだい?」
「私達は…。」
ウェイルに尋ねられて悠仁は言葉に詰まる。相手は大国、個人が真正面から盾突いて敵う相手ではないのは分かっている。ただこのような実験が行われていることや、それらを見て何もしないということが自分達にできるのか。悠仁は森の中での光景を思い出す。女性や子どもを中心とした死体。恐らく戦争で男手は駆り出されており、各地の村には女性と子どもしか残っていない状態だったのだろう。そのような状況であることを狙って村を襲い、連れ去ったことは火を見るよりも明らかだ。そして大量の死体を使うことで汚染物質が垂れ流されることも知っていて結界を張ってまで他の領土で実験を行うなどことが表沙汰になったらただでは済まない。
「もちろんこの話は聞かなかったことにしてもいいんだ。個人が動いてどうにかなる相手ではないのは私でも分かっている。誰も責めないし誰もこの件は知らないでいいんだ。」
「……。」
どう返せばいいのか。ここでこの状況を放って置くことが悠仁に本当にできるのか。きっとここで「では忘れます」といっても心の中では燻り続ける物があるだろう。
「なぁに悩んでんだ。」
悠仁の肩に重い手が載せられる。振り向くとそこには立ち上がったカインがいた。
「あんなん見せられて気にしないって方が無理だぜ。それに許せる行為でもないだろ。少なくとも俺はそうだぜ。」
「カイン…。」
「誰か知らねぇけどな、あんなことするやつの顔面を殴りつけるまで終われねぇよ。」
そのまま悠仁の肩をぎゅっと掴む。その手は震えている。理由は簡単だ。
「…そうだな。そうだよな…。お前はそういうやつだ…。そして…」
「お前もそういうやつだろ?」
カインは全てわかっているといった顔をした。さすがに長年パーティーを組んでいるだけはある。
「…ってことだ。俺とカインはちょっとしなくちゃいけない用事ができた。…済まないがフルール、北西へ行くのは少し遅くなるが、それでもいいか?」
「大丈夫ですよ。何年寝ていたと思ってるんですか?」
「言うようになったじゃねぇかこいつ。」
カインがフルールの肩を肘で押す。
「まだ手段も考えてない。だが長く、大変なことになることは簡単に予想がつく。今回の事件は思ったよりも根が深そうだ。危険も伴うだろう。だからここで言っておく。」
悠仁は改まって全員の方を見る。
「今回は降りてもらって構わない。正直俺とカインの個人的な感情を整理するために行くようなもんだ。この街に残って待っていてもらってもいい。強制はしない。」
皆、悠仁の話を黙って聞いていたが、ミーナが溜息を吐いてそれに返事をする。
「あーもう。こんなこと前にも話さなかったっけ?私たちの旅で危険じゃないことなんてあった?フルールを見つける時にはまだレベルも大したことないのにダンジョンを8階層も落とされるし、その後には元魔術師のリッチとも戦ったし…。」
「その後には簡単な討伐依頼を受けたと思ったらエリアボスと戦ったこともありましたねぇ。」
アリスも過去を思い出すように上を見上げる。フェリスも同じように上を見上げているが同じものをみているのだろうか。
「この領ではよくわからないダンジョンに行かされて、最後まで死にそうになってましたよねぇ。」
「……ヴァリエスタでは、悠仁、死んだしね。」
ステラとフルールもその話に加わる。確かにそんなこともあった。どれも忘れられない、忘れてはいけない思い出だ。
「ま、こいつが危険なことするなんて今に始まったことじゃないからな。」
「お、お前まで…。」
カインまでその話に加わり始めた。カインは自分側の人間だと思っていたのにとんでもない裏切りだ。
「…ってことですよ悠仁さん。私達の旅に危険なんて今さらじゃないですか。何があってもついて行きます。ここはこういえばいいんです。」
そういってアリスは立ち上がる。
「『マスター命令だ。これからハーダリアの領主の顔を殴りに行く。黙って俺についてこい!』ってね。」
そういってアリスは悠仁に笑いかける。
「そ、そんなことは言えないさ。命がかかってるからな…。」
「もー、ここまで来てうじうじしちゃって。アリスを押し倒した時の勢いはどうしたのよ。」
「お、押し倒したんじゃなくて突き飛ばしたんだって!」
ミーナがレッドキャップとの戦闘のことを持ち出してくる。あの時は突き飛ばしただけで本当に押し倒したわけではない。変に脚色されてはたまったものじゃない。
「さ、ここまで来てるんだ。頼むぜマスター。」
カインが悠仁の指示を待つ。命を失うかもしれないことを強制するのは気が引ける。だがこういったことを選択しなくてはいけないのもマスターの役目なのだろう。これからもこういったことを決断しなくてはいけないのかと少しうんざりしながらも悠仁は顔を上げて全員に宣言する。
「…ヒュルテの森で見たあんなことは許されるべき行為ではない。俺達が何か行動を起こしたくらいじゃことは解決しないかもしれない。だが…。見たことがないハーダリアの顔をぶん殴ってやらないと気が済まないのも確かだ。」
悠仁は一呼吸置く。今まで自分が言いたくなかったことを言うのだ。このくらいの間は許してほしい。
「我々パーチはハーダリアの顔に一撃を加えるために大陸中央へ行く。…だが慎重にだ。正面から行ってもどうせ返り討ちにされるだけだろう。周辺領土を回りながら情報収集をして確実に行く。だから…。」
悠仁は息を短く吐く。
「だから俺についてきてくれ。報酬はハーダリアの顔に一撃を入れる権利だ。」
それを聞いた皆は少し笑っていた。
「最後まで頼むっていうのが悠仁さんらしいですね。…いいですよ、私はどこまでもついて行きます。悠仁さんのことも守るって決めてますから。それにサブマスターがお留守番っていうのはクラン運営上よくないですからね。」
「盾がいなかったら困るだろ?ローブ職の二人だけでどうするってんだよ。俺もついてくぜ。」
「ちょっとちょっと、あんたが先頭だったらつっこんでそれで終わりでしょ。私が先頭で索敵しないと危なっかしいんだから。」
「そうねぇ、カインのことを放って置くとすぐに暴走するから…。それに旅の途中の料理係がいないと困るでしょ?」
「……ん。私は……楽しそうだから、ついて行く。」
最後のステラの理由に場の空気が緩まる。結局みんな一緒。だがこれが。
(これが俺たちのクランだよな。)
だから一緒になったのだ。悠仁は自分の環境に感謝しながら目を閉じた。
「ふむ、いい仲間を持ったね悠仁君。…そんな君にいいものをあげよう。」
そういってウェイルは貴重な白い紙を取り出して何かをサラサラと書き、封筒へしまって蝋封をした。どうやら3通あるようだ。そのままそれを手にもって立ち上がり悠仁の前に置いた。
「これは?」
「これは私の署名の入った身分証明書だ。何かあった時には私が後ろ盾になることと、全面的に信用ができるということが書かれている。これを各地の領主に渡せばある程度の協力を取り付けることができるだろう。あと…。」
ウェイルが自分の収納から羊皮紙を3巻取り出した。
「これは私のスパイが調べたことが書かれた報告書だ。これも合わせて持っていけば説得力が増すだろう。これらをどう使うかは君次第だ。」
「何から何まで…。ありがとうございます。」
「いや、私も一冒険者だったら何かしらしているんだが、さすがにこの身ではできないからね…。お詫びも兼ねて、ということだ。気にせず受け取ってほしい。」
これらには全てウェイルの署名が入っている。何かの拍子にこれが明るみに出たらウェイルの責任も問われるだろう。そういった危険性があるにも関わらず、ウェイルはこれを悠仁に持たせてくれたのだ。これを断るのは失礼にあたるだろう。
「有効活用させてもらいます。」
「そうしてくれ。まぁ、こっちに何があっても私が全力で当たるから大丈夫だ。それで、すぐに発つのかい?」
「はい、エディオル村で依頼していたものもありますし…。あ、そうだ。下にエディオル村でもらったアルマーディアの肉製品があるんです。よかったら。」
「おーっ!エディオル村の鹿肉か!あそこの村の鹿肉は美味いんだ!私も冒険者だった頃にはあそこを通るたびに2泊くらいして食べたものだよ。最近は口にしてなかったからそれは楽しみだ。村長のグルカル氏は元気だったかい?」
どうやらウェイルが冒険者だったころから村長は変わっていないようだ。
階下の厨房から、短い詠唱がひとつ聞こえた。≪爆ぜよ、赤の初芽≫——イグナロート。竈に火を入れる、どこの街でも聞ける台所の合図だ。続いて≪湧け、円き雫≫と水甕の鳴る音。アクエルジェで水を張って、さっそく肉を茹でる支度らしい。
(魔法ってのは、こういう時がいちばん偉いよなぁ)
「ええ、元気でした。戻ったらウェイルさんのことを伝えておきますね。」
「そうしてくれ。今度顔を出すとも伝えてほしい。」
「わかりました。それでは鹿肉の方は…。」
「それだったらウィリアムに渡してくれ、今から送らせるつもりだったんだ。…ウィリアム!悠仁さん達がお帰りだ!送って差し上げろ!」
そういうとガチャリとドアが開いてウィリアムが部屋へ入ってくる。
「かしこまりました。」
「それと私へ持ってきてくれたものがあるらしい。何人か連れて行って一緒に馬車から下ろしておいてくれ。」
「かしこまりました、そのように。ではYuji様。こちらへ。」
そういって悠仁達はウェイルに見送られて城外へ出た。馬車に着くとウィリアムとメイド達が手早く荷物を下ろしていく。
「…立ち寄っていただきありがとうございました。ウェイル様は貴方方がいらっしゃるととても楽しそうです。是非またお立ち寄りください。絶対に。」
ウィリアムの語気が強かった。何を言いたいのかは自然とわかった。
「はい、無事帰ってきます。どのくらいかかるかはわかりませんが。」
「いつでもいいのです。無事なら、命があれば何でもできます。手伝えることがあったら何でも仰ってください。ウェイル様は領主という立場上動けないかもしれませんが、私が出来る限りのサポートをさせていただきます。」
「それは心強いです。…では、行ってきます。」
「お気をつけて。パーチの皆様に女神サラのご加護があらんことを…。」
こうして悠仁達はウェイルの手紙を持ってリアッツォを離れ、大陸中央への旅を始めたのだった。
馬車の車輪が石畳から土の道へ変わる音を、悠仁は御者台で聞いていた。懐には署名入りの手紙が三通。背中には五人と一匹の気配。向かう先は大陸でいちばん硬い壁だが、装備は悪くない、と思うことにした。




