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胸当ての所在/水害の真相①

――3日後 ウェイル領 リアッツォ 大聖堂


「ふぅ…。」


「どうですか?」


治療を終えたフルールにアリスが声をかける。フルールは靴の調子を確かめるようにつま先でトントンと地面を叩いたり、傷があった場所を手でたたいたりして確認をしていたが「うん」と小さな声を上げてアリスの方を向いた。


「大丈夫。痛みもないし、動きにも問題ないわ。」


「よかったぁ…。」


アリスは心底安心したように胸を撫でおろした。他のメンバーもそこまでの行動はとらなかったものの心配だったのは同じである。悠仁も重い息を吐きだした。


「まったく、心配かけさせるなっての。」


「あら?心配してたの?」


ここに来るまでおんぶに抱っこだったフルール。一番世話になったカインにニヤニヤと近寄っている。


「あ?当たり前だろ。」


「う…そ、そう。ありがと。」


思いのほか素直に返事が返ってきてフルールは黙り込んでしまう。カインはその様子をみて不思議そうにしている。カインからすればメンバーの誰が怪我をしても同じような対応をしただろう。フルールのニヤニヤしていた顔は少し赤く染まっている。


「本当に良かった。治療までの時間が空いたから後遺症なんかが残るかと思ったけどな。」


「Aliceさんがずっと治療してくれていたおかげみたい。確かに怪我は完全には治っていなかったんだけど、今さっき怪我したみたいって言ってたから多分そのおかげだと思う。ありがとね。」


「いえいえ、それが私の仕事ですからっ。」


それを聞いたフルールはゆっくりとアリスに近づいて何かを耳打ちしている。


「…?……そっ!それはいいですからっ!!」


「あはは!まぁ考えてみてっ。」


何やらアリスが手をぶんぶん振って顔を赤くしている。何を話していたのか気にはなるがここで触れるのは野暮というものだろう。それよりも悠仁は次の用事に意識を向ける。


(この街にある聖堂くらい大きい場所に来たかったのは確かだが、それよりも…。)


リアッツォに戻ってきたのはフルールの怪我を治すだけが目的ではない。悠仁は馬車の方へ視線を向ける。その荷台に乗っているのは布に包まれた胸当て。ヒュルテの森で魔法陣を発見した際に一緒に見つけたものだ。胸当てがどこの物なのか、エディオル村で聞こうとも思ったのだが急いでいたので後回しにしてしまっていた。そしてこういうことに詳しいのが。


(ウェイルさんは空いているだろうか。)


一行は料金を支払って馬車へと戻った。


聖堂を出ると、リアッツォの街は相変わらず穏やかだった。この空の下の世界のどこかで、あの魔法陣のようなものが今も動いている。そう思うと、穏やかさそのものが少しだけ薄い膜に見えた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

――リアッツォ 領主の住まう城 応接室


「……い…、こ……が……。て……。」


ドアの向こうで声が聞こえる。ウェイルの物であることは確かだ。相手は恐らくウィリアムだろう。何かを言いつけているようだが、その内容までは分からない。段々と声が大きくなってきてドアの前まで来るとその声ははっきりと聞こえるようになった。


「今から30分は誰も立ち入らせないように。」


「…承知しました。」


不服そうなウィリアムの声が聞こえてきた。どうにもウェイルは悠仁達がやってくると公務を放り出してしまう傾向にあるようだ。それだけ会うことを楽しみにしてくれているということで嬉しくはあるのだが、そこまでされてしまうと周りの目が痛いのもある。


「やぁやぁ、待たせたね。」


ガチャリと音を鳴らしてドアを開けたウェイルの後ろではウィリアムが控えていた。「よろしくお願いします」といわんばかりの困った顔でお辞儀をしてきたので悠仁もお辞儀を返しておく。


「ほら、座ってくれたまえ。」


ウェイルが着席を促してくるのでウェイルを迎えるために立っていた一行は席に着く。ウェイルも部屋の上座にある自分の席に座って息をついた。


「ふぅ…。いや、失礼。会議に次ぐ会議でね、会議というものは成果がはっきりと見えないからどうにも好きではなくてね。喧々諤々と話をするのはいいが最終的には奇抜なアイデアなど出ずに最初の頃に出ていた無難で陳腐な案に落ち着く……っと、愚痴が過ぎたな。」


「いえ、心中お察しします。」


ウェイルは領主だ。色々と考えなくてはいけないことややらなくてはいけないことがあるのだろう。一流の冒険者だったウェイルがずっと1か所に留まっているのはきっと大変な思いだろう。


「いやいや、せっかくの時間が台無しだ。…それで、今回はどういった用件かな?」


話が早い。ここに寄るのは用件があってのことだとウェイルも分かっている。こういった話のメスをすぱっと入れる辺りが冒険者なのだろう。


「はい、これを見ていただきたいのです。」


悠仁は小脇に抱えていた胸当てを取り出してその布を取る。ウェイルは立ち上がって悠仁に近づいてその胸当てをまじまじと見ている。


「ふむ…。どうやらただの胸当てのようだが…。いや、これは軍用だね。ただこれは汎用的なものだ。一般の兵がつけるようなね。…ってことはどこかに…。…なるほどこれは…。」


ウェイルは胸当てに刻まれている紋章を見つけて更に息を吐き、席に戻る。


「…何かご存じで?」


「そうだな。それは現在大陸中央で戦争を行っているハーダリア領の紋章だ。大陸の中で2番目に大きい領土で魔法に詳しく、その歴史は戦争に塗れているといってもいい。」


どうやら大陸中央の兵士の物のようだった。


「戦争をしているのは聞いていましたが…。」


「それを、どこで、どんな状況で発見した?」


どこで、どんな状況で。そんなことを聞いてくるのはこの胸当ての発見の裏に何か問題があることを予感させている。ウェイルもそれを見越しての質問だろう。


「実は…。」


悠仁は胸当てを発見した時のことをなるべく詳細に話した。ウンディーネとの契約のこと、水害と水質汚染のこと、そして魔法陣と大量の死体のこと。


「……。」


一通り話を聞いたウェイルは黙っている。


「これが私どもの知る全てです。…私としてはこのような蛮行は許しておけないと思っているので何か情報があれば是非ウェイルさんにお聞きしたいと思ってここまで来ました。」


「…情報提供することはできるが…、手を貸すことはできない…。」


ウェイルは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「それはどうして…。」


「これは領土が相手の問題だ。私がここで軍を動かしたり、私自身が手伝いをしてしまっては戦争行為とみなされてしまうかもしれない。私一人ならどうとでもなるが、領地には領民がいる。戦争になれば必ず被害が出るだろう。それに相手は腐っても大国。物量で攻められてしまってはこちらは大きな被害を被ることになる…。」


確かに領主が別の領土の問題に手を出してしまっては大きな領土間問題に発展することは想像に難くない。しかも相手は年がら年中戦争をしている血の気の多い領だ。下手なことをすると面倒なことになる。


「…そういうことでしたら仕方がありません。では、情報だけでもいただけますか?」


「いいだろう。ただしこの情報は私から聞いたということは内密にしてほしい。」


「それはお約束します。ここにいる全員、今回お聞きしたことは誰にもどこにも漏らしはしません。」


ウェイルはその言葉を聞いて満足したように口を開く。


「ハーダリア領は大陸の中央に位置する大国だ。領主のハーダリア12世は由緒正しき貴族の血筋で、その地位は戦争によって勝ち取ってきた。つまりハーダリアの歴史は戦争の歴史でもあるのだ。」


「戦争…。」


この世界の戦争はまだ見た事がない。中世ヨーロッパをイメージして作られているはずのこのゲームだが、魔法が存在している以上どのようなものになるかなど想像はつかない。


「そうだ。セダ、ゼットフォード、そしてコレスタニアの3正面戦争を行ってもまだ力があるほどの軍事国家だ。」


「どれも大国の名前…。」


ステラがその名前を聞いて呟く。確かに今聞いた領名は全て大国として話されるものばかりだった。未開のダンジョンで不本意ながらヴォーマに行った時にも聞いた名前だ。


「君たちは私と同じ冒険者だ。つまり現実世界の…、おっとフルールさんは気を悪くしないでくれ。悪気はないんだ。」


「いえ、大丈夫です続けてください。」


フルールの言葉を聞いてウェイルは話を続ける。


「我々の世界は戦争の歴史だったことは分かるだろう。地球上、住んでるところは違っても人間がいれば必ず戦争は起きた。今でこそ国際的な機関があるから人権の尊重などと言われているが、昔はそんなものはなかった。敗戦国にいる人間は問答無用で奴隷、国の元首は処刑だった。そしてこのHOPEにそんな国際的な機関は存在しない。つまり戦争で負ければそれはもう死を意味しているといっても過言ではないのだ。」


皆黙ってその話を聞いている。確かに日本での教育の中でそう言ったことは学んできたが、それらは全て机上の知識であって自分たちがその戦争を経験したわけでもなく、実感など湧かなかったがそれがついに目の前にあるとなると途端に空気が重くなる。


「そして我々が日常生活で使っている便利なものの大半は軍用の技術が民間に降りてきたものだ。それはみんな知っての通りだが、つまりそれらが民間に降りてくるということは、それらを開発するための実験が軍内部では行われているということでもある。」


段々とウェイルの言っていることの意味が分かってくる。フルールはまだきょとんとしているが、他のメンバーは皆この後の話の流れが予想できてきた。


「そしてハーダリアはそういった軍用技術の開発に熱心な国でね…。過去の私達が犯したような禁忌…、人体実験を頻繁に行っていると聞く。私が潜り込ませているスパイからもそのような情報が入っているから間違いない。」


「人体…実験…。」


アリスがその言葉を復唱するように呟く。人体実験、これを聞いていいものをイメージするのはマッドサイエンティストくらいだろう。これらが行われた結果今の医療に活かされている知識はたくさんあるのだが、それらは人道的問題のある行為として戦後厳しく糾弾された。

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